01-03-05 空の目
「もう一度」
カリネラの抑揚の無い声。
既に十回を越えた、邪魔な巻き藁人形の先にある的を狙う教習。
毎回的の位置も変わるため場所を覚えることも出来ず、一瞬見た的の位置と視界に浮かんだ光の線を意識して矢を放つが、それが的に当たることはない。
「もう一度」
二十回を越えた頃に、疲れにより意識が朦朧としたのか、サツカの上半身が円を描くように揺れた。
それを見たカリネラは、既に弓を引いた状態ではあったが教習を中断しようと口を開きかけたが、揺れたのは一瞬だけですぐ体勢を立て直した為この一本は見守ろうと口を閉ざす。
そしてその時サツカの視界には、いや脳内には、普段では考えられない情報量が急激に押し寄せていた。
「……っ」
サツカは大きく息を飲む。
目の前には邪魔な巻き藁人形群。
記憶の中には一瞬見た的の位置と、そこに向かう光の線。
その中に押し寄せるおそらくは上空からの映像。
「……」
息を吐き出し、深呼吸を繰り返す。
消えない映像は、空から見た自分。自分を中心に、半径五十メートルほどの円上の映像が頭に浮かぶ。
サツカはそれが技能[空の目]の効果だと知識と感覚で分かってはいるが、想像では視界の中に作った小窓やウィンドウで空からの映像を確認できる技能だと思っていた為軽く混乱していた。
更に言うならば自分を中心に五十メートルの円ではお邪魔巻き藁人形群すら[空の目]では確認できていない。
「……使えない」
思わずサツカが呟いたのは仕方がないことだろう。
そして思う。得ている技能を使いこなせない自分のふがいなさを。
「俺が見たいのは、俺じゃない。俺が射るべき、的だ」
小さな声で、けれど強く吐き捨てるように呟いた。
「!」
[空の目]の視界が、ゆっくりと的に向かって変わっていく。自分を真上から見ていた円形の視界が、自分の真上から扇状に前方に向いたのを感じた。
「まだ、まだだ……」
まだ巻き藁人形群しか見えていない。これでは普通の視界となんら変わりはない。
サツカがそんな風に心で強く思うと同時に、頭の上にあった目が更に情報に移動するのを感じた。
そして[空の目]の視界に的が映った瞬間、消えていた光の線が再び見えるようになった。
「……よし」
サツカが仰角を更に上げた時、斜め後方で見ていたカリネラは正直落胆した。
サツカが自分が予想していたよりも早く[射手の目]を得たと感じた彼女は、おそらくは既に[弓術]を得ている彼ならば[弓術]の武技を覚えることが出来るかもしれないと思っていたのだ。
視界の邪魔をする巻き藁人形群はそのための障害物として追加していた。
そしてサツカが矢を放った瞬間休憩にしようと声をかけようとしたが、それよりも早く彼女の耳には的が射抜かれた命中音が聞こえた。
「!」
慌てて巻き藁人形群を消すと、確かに的の中心が射抜かれていた。
「……次」
心中は穏やかではないがとにかく的を出し、先程よりも早く巻き藁人形群も配置する。
偶然か、必然か。
目の前で迷うことなく、今度は深呼吸もせずに矢を放つサツカ。
「……見事。次」
射抜かれた的を見て彼女は確信した。
目の前の『あらひと』が、いや、 新人冒険者が、[射手の目]だけでなく何か目の技能を手に入れたことを。
タブレットを持たない右手で自分の体を抱きしめるカリネラ
恐怖か、興奮か。何故自分が身震いをしたのか、彼女自身分からなかった。
「疲れました」
「……だろうな」
装備をインベトリに入れてから地面に座り込んだサツカ。
カリネラはその姿を複雑そうな表情で見ている。
「どうしました?」
「いや、予想の斜め上をいかれてどうしようか悩んでいるところだ」
「それは、どういう?」
サツカの問いかけに、カリネラは肩をすくめながら答えた。
「いや、うまく行けば[弓術]で武技を覚えるかと思ったが、それ以上のものを得たようなのでな」
「[弓術]の武技?ですか」
「ああ」
腰のポーチから短弓と矢筒を取り出すカリネラ。
「目標としていた武技は[射術]でも覚えられるが、[弓術]持ちの方が威力は強いようだ」
話しながらタブレットを操作し、二百メートルほどの場所に的を出す。そしてその的を守るように巻き藁人形群が出た。
「これが武技の一つ」
気負い無く弓を引くカリネラ。
サツカの行ったような手順など何もない、けれど研ぎ澄まされた美しさのある姿。
「〝充矢〟」
放たれた矢は地面と平行に飛び出し、飛び出した時と遜色ない速さで巻き藁人形群を突き抜けた
「え?」
巻き藁人形群を突き抜けた矢は一直線に的に向かって飛び、頭の的を射抜いた。
「〝充矢〟は強い矢を一直線に飛ばす武技だ」
巻き藁人形群が下がり、的だけが残った。
「ついでにこれも見せてやろう」
喋りながら弓を引くカリネラ。
「〝充矢〟が[弓術]よりな武技だとしたら、こちらは[射術]よりの武技だ。〝弧矢〟」
解き放たれた矢は空に向かって飛び、大きく弧を描きながら巻き藁人形の身体の的を射抜いた。
「……おお」
「〝充矢〟が威力を上げた技なら、〝弧矢〟は当てることに注視した技。[弓術]を持つのなら〝充矢〟の方が得意なはずだが」
的から視線をはずしたカリネラがサツカを見る。
「あの状態で一度も正面から矢を射ることなく、何とかして邪魔な人形を越えて的を射ようとした君には〝弧矢〟の方が向いているかもしれんな」
自分を見ながら微笑んで話す彼女を見て、何故かサツカは背筋に冷たいものを感じた。
「さて、休憩は終わりだ。次はこれだ」
「は、はい!」
立ち上がったサツカに差し出された短弓と矢筒。
「[射術]は短弓を使っているときの方が覚えやすい」
「……はい」
矢と矢筒を受け取り矢筒を腰に付けようとすると注意された。
「背中に背負う方が良い」
「はい?はぁ」
短弓なら矢も短いため背中に背負っても矢筒から矢を抜くことが出来るが、サツカは背負う事に慣れていないため腰に付けるつもりだった。
「腰にあると邪魔だからな」
「背負うのとそれほど違いがあるとは思わないですけど」
「走るのに」
「……はい?」
カリネラが笑顔でタブレットを操作すると、修練場の中心に的が立つ。
今度の的は人形ではなくただの巻き藁で手足はないが、逆に頭の部分が丸く膨らんでいるため、こけしのように見えた。
「柵の内側を走りながら、あの的を射抜け」
「走り、なが、……ら?」
「ああ。走りながらだ」
「い、いや、いや、いや、いやいやいやいやいや、せめて最初に弓矢の扱い方とかを」
「大弓をあれだけ扱う君に今更?」
「いや、大弓と短弓ではなにもかもが違うでしょう!」
「ああ。違うな」
「なら」
「違うことを知っている君なら、大丈夫だ」
「なっ」
「それに」
「それに?」
「一応一人にかけられる時間は決まっている。弓矢の教習希望者は確かに少ないが、君以外にいないわけではないのでな」
ちらっとタブレットを見るカリネラ。
「残りの時間で[射術]を覚えたいのなら、これくらいの特訓でないと」
「べ、別にそう急いで覚えなくても」
「おや、君はスタートダッシュ?とやらはしなくていいのか?」
「!ど、どこでそんなことを」
「いや、仲間の冒険者が剣や槍で教習しているんだが、早くにやってきたあらひとの冒険者はだいたいそんな事を言いながら技術や知識を貪っていったと聞いているのでな」
「う……」
「どうする?次回いつ教習出来るか分からないが、今日は止めておくか?」
「…… …… ……お願い、します」
「じゃ、走ろうか」
そう言って笑ったカリネラ。
その笑顔は今日一番の笑顔だった。




