00-00-02 プロローグ インタビュー 2
「お見苦しいものをお見せした点、画面が乱れました点、失礼いたしました。重ねておわび申し上げます」
突然『はらへど』の紹介VTRが流れた後に画面に映し出されたのは、大きなモニターに対して向かって右側に一人座った矢田木が、座ったままではあるが深々と頭を下げる姿だった。
その反対側、向かって左側では石神が俯いている。
「……石神さん。失礼いたしました」
石神のその様を見て少し呆れてはいるが表には出さず、神妙な面もちで石神に身体を向けて頭を下げる矢田木。
しかし矢田木のそんな態度も石神の行動で台無しだった。
「くっくっくっくっくっ」
俯いたまま肩を振るわせている、いや、細かく上下させている石神。
「石神さん……」
矢田木の声が少しだけ冷たくなる。
「悪い、無理だ」
満面の笑みを見せながら顔を上げると、そうつぶやいて勢いよく吹き出した。
「石神さん……」
「ご め ん で、も、 む り」
出来るだけ声を殺してはいるが、引きつけを起こすかのように身体を震わせて笑っている石神。
カメラの後ろにいる重役は顔を赤くして隣に立つ石神の同僚に勢いよく、けれど小声で唾を飛ばしながら詰め寄っていた。
「あー笑った笑った」
時間にしては一分程度だが、思いっ切り笑った石神が涙を拭きながら矢田木を見た。そしてその顔を見て少し驚いたような顔をした。
「おや。怒ってないんだね」
「上司の失態に対して不機嫌になられるよりは、笑っていただけた方が何十倍もありがたいですので」
「いやいや、そう言い切れるのは強いね」
「石神さんほどではございません。それに」
「それに?」
「折角の時間が過ぎてしまいますので」
そう言ってにっこりと微笑んだ矢田木に石神も少しだけ驚いたように目を見開くが、すぐに面白そうに笑顔を見せ、そして表情を引き締めた。
「まずは先程も話にでました、ゲームのタイトルである『はらへど』に冠として付いている『VARMMO』についてお聞きしたいと思います」
その後画面上には二度目の『はらへど』の紹介VTRが流れ、終わったときはまるでそれが最初からの状態のように平常になった二人が画面に映り、今度は特に挨拶も無いまま矢田木が話し始めた。
「正式名称である『VARMMO』ですが、これはVirtual Another Real Massively Multiplayer Online の略だと説明されていました。これは既存の『VRMMO』、Virtual Reality Massively Multiplayer Onlineとどういった点で異なっているのでしょうか 」
「そうですね。まずは共通点であるMMOですが、こちらはご存知ですか?」
「はい。大規模多人数同時参加型オンラインと解釈しておりますが、宜しいですか?」
「そうですね。その通りです。自分以外はAIもしくは運営側しか出て来ない世界ではなく、自分の隣や周囲に『他人』がいる世界。しかもそれが一人や二人ではなく、『はらへど』では日本全国から集まってきているわけです」
「なるほど。それではその前、『VAR』というのは?」
「ARに関しては直訳ですね。アナザー・リアル、つまり別の現実、もう一つの現実です」
「現実……。ですが、Virtualなわけですよね?」
「わざとですか?」
「流して下さい」
「はいはい。Virtual Realityを『仮想現実』と訳しているせいで『Virtual』を仮想と訳してしまいがちですが、本来の意味は本質上のとか実質上のと訳すのが正式です」
「ということは?」
「こちらも直訳ですね。『本質的にもう一つの現実』と、とっていただきたい」
「つまり『VARMMO』とは、『本質的にもう一つの現実での大規模多人数同時参加型オンライン 』と、思えばよろしいでしょうか?」
「そういう風に受け取っていただいて問題ないです。ぶっちゃけ本当は『AR』だけにしたかったんですが、既に認知されている『AR』、Augmented Realityと混同されて分かりにくくなるのを避けるため、泣く泣く『VAR』とさせてもらいました」
「更に分かりにくくなった気もしますが」
「私もそう思います」
「そ、そうですか」
「本当は『MMO』の方も変えたかったんですが、なかなか良い言葉が思い付きませんで。これを見ている方で良いのを思いついた方がいたらSNSででも呟いて下さい」
「え、募集とかは」
「面倒臭いんで。適当に目に付いたのがいい感じだったらこちらから接触させていただきますよ」
「なるほど。わかりました」
「わかるんかい!」
「時間がありませんので進めます」
似合わない関西弁でツッコミを入れた石神を軽くいなす矢田木。そして話を進める。
「つまり『はらへど』とはプレイヤーにとってはもう一つの現実であるということですね」
「はい。ゲームと思わず、それこそ一つのジャンルとして確立した『異世界転生小説』よろしく、異世界を旅行している、住んでいると思って活動していただきたいですね」
「それではさしずめ『カタシロ』は異世界への門、交通手段といったところですか?」
「いいですねー。そういう感じです。飛行機や船で外国に行くように、『カタシロ』を使ってもう一つの世界へ旅する。もう一つの現実を生きていただきたい。実際私は『カタシロ』ではなく『テガタ』という名前にしたかったんですよ」
「『テガタ』?もしかして『交通手形』からですか?」
「そうです、そうです。もう一つの現実への交通手形という意味合いで」
「これは特に明言されていらっしゃられなかったようですが、それではやはり『カタシロ』も日本語で、もしや形に代わりと書く『形代』でよろしいのでしょうか?」
矢田木の質問を聞いた瞬間、一瞬だけ石神の瞼が痙攣したようにひきつったが、矢田木をはじめ気付いた者は、テレビ局の人間や視聴者にはいなかった。
「ええその通りです。『カタシロ』は『形代』です。『形代』とは人や神様をおろす、依り憑かせる『形』のことですね。『はらへど』へは残念ながらこちらの肉体をもって行くことはできないので精神のみで行くわけですが、やはり向こう側に依代がないと居続けることができません。そこで『カタシロ』という『形代』に精神を依り憑かせる事によって『はらへど』に向かうというかたちをとっているわけですね」
「それは……」
「なかなか中二病設定で良いですよね」
「も、もしかしてこの設定はどなたかスタッフの方の発案で?」
「いいえ?私が考えましたけど?」
矢田木のこめかみに太い血管が浮き出ていたのをカメラマンと照明はうまく隠し、メイク担当は駆け寄るチャンスを狙っていた。
「こ、このように日本語、あるいは古語といったような言葉が『カタシロ』や『はらへど』にはふんだんに使われておりますが、やはりこれが『日本人限定』である理由でしょうか?」
こめかみがヒクヒク動くのを隠しながら矢田木が問いかける。
「お、やはりきましたね。この質問」
「もう少しうまく誘導したかったのですが、時間もありませんので」
面白そうに矢田木を見る石神と、営業用の、といってもバラエティーで見せるものとはまた違った微笑みで質問する矢田木。
「この質問には明確に答えられているものを発見できませんでしたので。是非お答えいただきたいと思っております」
「これですかー」
「今まで明朗に答えていらっしゃった石神さんが口ごもるほどの何かがあるということですか?」
「いや、んー」
「この日本限定というのは、日本人には何の問題もなく受けいられましたが、海外では、特に先程石神さんもおっしゃっていた合衆国をはじめとする『VR先進国』とされている各国とは既に国際問題発展するのではないかと言われている程に問題となっております。是非、何故日本限定なのか、その理由をお答えいただけませんでしょうか」
「んー」
「石神さん!」
腕を組んで口をヘの字歪めた石神と、それに詰め寄る矢田木。
初めて石神を困らせていると思っている矢田木の表情が声に似合わず明るいのは仕方のないことだろう。
「石神さん!何故『日本人限定』なんですか!?」
「とりあえず、多分勘違いされている点から攻めましょうか」
「……え?」
「まぁ世界初フルダイブ型システムである『カタシロ』で行けるのが『はらへど』だけなので仕方ないといけば仕方ないですけど」
「勘違いといいますと?」
「確かに『はらへど』はシステムというかプログラムの都合上日本語しか使えませんし、諸々の事情で日本国に住む日本人限定とさせていただいています。しかし、『カタシロ』自体は基本的には誰でも使えます。実際名前は変えてありますが『カタシロ』と同じシステムを使った高度医療用システムは臨床実験を進めていて、老若男女、様々な人種の方に使用させていただいています。これは医療ジャーナルなどで既に発表されているはずです」
「え?」
カメラの前にしゃがんでいる男のスタッフを見る矢田木。しかし彼は首を横に振るばかりだった。その後方でタブレットで検索しているスーツの男が見えた。
「このシステムは……」
カメラの後ろで自分を見ている同僚に視線を向ける石神。
彼が頷いているのを確認して話を続ける。
「『UTUSEMI』という名前なんですが、『カタシロ』とほぼ同じシステムを利用し、様々な障害、特に五感に不自由を感じている方に対してサポートするシステムとして臨床実験を進めさせていただいています」
「『うつせみ』……ですか?」
「もう一つの現実の世界にフルダイブする『カタシロ』、この世界にもう一度フルダイブする『UTUSEMI』です」
「!……『空蝉』ではなく『現人』」
「蝉の抜け殻でも良いですけど、意味として違いますよ?『現人』ですよ?」
ニヤリと笑った石神に、矢田木が悔しそうに唇を噛んだ。
「つ、つまり、同じシステムを利用している『UTUSEMI』が全ての方に使えるはずだから、『カタシロ』も全ての方に使えるはずだと」
「はずではなく、使えます」
「そうですか。ですが、実際には『カタシロ』を使って遊べるゲームは『はらへど』のみであり、『はらへど』は日本人限定であるということですよね」
「『カタシロ』を使用して行ける世界は今のところ『はらへど』のみですからね」
「それは何故でしょう?それこそ『カタシロ』が全世界で使えるのなら、全世界で楽しめるゲームにするべきではないでしょうか?」