01-03-04 弓術
カリネラの独り言は続く。
「同じ弓系技能である[弓術]と[射術]の両方を得ることは難しい。当てることに重点を置いている[射術]はともかく、弓の成り立ちやその特性を理解し矢を放つ事に重点を置いている[弓術]は取得が難しく、修練度も上がりにくい」
「……」
独り言に熱の入り始めたカリネラを少しだけ冷めた目で見ているサツカ。
「ああ、どうしよう。こんなこと、言えない」
「はい?」
「これから技能を覚えようとしている前途ある若者に、せっかく弓を使おうとしている若者に、弓は技能の[射術]か[弓術]を覚えるまでは当てることが難しい武器だなんて」
「んー」
更に熱の上がる独り言。
逆に更に冷たくなるサツカの視線。
「そうか!もしかしたら、若者は[弓術]を、いや[射術]を既に持っているのかもしれない!」
既に独り言というよりも一人芝居の域に達してきたカリネラの独演会。
最初は背中を向けて空を見上げている程度であったのが、いつの間にやら身振り手振りは勿論、自身を抱きしめたりターンをしたりとやりたい放題になっている。
それをとりあえず見ていたサツカだったが、正直今話された内容を独り言という形で聞かなければならないのかを不思議に思っていた。だがその疑問は、次の台詞で氷解した。
「だがしかし!」
「!」
「冒険者にとって技能は生命線。自身の修得した技能を他人に話すなど出来るわけがない!ましてや今日初めてあった者に聞くなどマナー違反も甚だしい!」
「ああ、なるほど。先生は弓の持つ可能性を示唆して下さった上で、弓を使って戦うことの難しさ、技能を得ることが難しいことを教えて下さっているわけ……下さったのか!……で、いいのかな?」
一人納得したようにサツカが頷きながら独り言を言うと、カリネラは我が意を得たりといったようなしたり顔をしつつも独り舞台を続けた。
「そうだ!まずは大弓と短弓を試射させよう。さすれば弓のなんたるかを知っている我ならば、技能を得ているかが分かるはず!」
「んー。そうですね。自分も取り合えずば試射をしてみたいですね。短弓は借りないといけませんが」
「そうだ!そうしよう!ああ、だが彼は大弓を習いに来ている冒険者。短弓なぞ使えるかと怒りだしたらどうしよう」
両手で頭を抱えてうずくまる。
「いや、そんなことで怒りませんよ」
「若い冒険者など性欲の権化。そういえば私を嘗め回すような目で見ていたような……。もしかしたら怒りに身を委ねて私を……」
ゆっくりと立ち上がったかと思ったら、自分の体を抱きしめて見もだえるようにくねる。
「見ていません!そんなこともしません!」
「いや、彼は大丈夫だ。そんなことはしない。多分、きっと、おそらく、希望をもとう」
「しませんから!」
「うん、よし、では、彼にそれを言うぞ……」
大げさな身振り手振りを止め、再びサツカに背を向けて立つカリネラ。
そしてゆっくりと振り返った。
「すまなかったな。少し修練の方法を考えていた」
「……いえ、問題ありません」
振り返ったカリネラは最初に挨拶した時の凛とした雰囲気を持った冒険者に戻っていた。そのためサツカは呆れながらも教習を受ける者としての振る舞いを意識していた。
「大弓の教習とのことだが、大弓は持っているかい?持っているのなら射る準備をしてみようか」
「はい」
左手を降ってインベントリを出すサツカ。
そして矢筒を装備した後ゆがけを右手に装備し、最後に大弓を取り出した。
黙って見ていたカリネラであったが、サツカがゆがけを装備したときに感嘆の吐息をもらしていた。
「準備はできたか?」
「はい」
左手に弓を持ったサツカが、カリネラに向かって礼をした。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しく頼む」
サツカの佇まいと綺麗に腰から曲げた礼を見て、思わずカリネラも自分の姿勢を正していた。
「それじゃあ、まずはあれを狙って見ろ」
タブレットを操作すると、三十メートルほど先に人型の巻き藁が現れた。顔の部分と身体の中央には円形の的が付いている。
「はい」
的を自分の左側に来るようにして立つサツカ。左手に弓、右手に矢を一本持ち、そして足を開き的と両足のつま先が一直線になるように立った。
「……」
呼吸を整え、弓を顔の正面まで上げる。弦が右側になるように整え、右手に持っていた矢を弦につがえた。左手の人差し指と中指で矢を挟む。
「……」
左手で弓を持ちながら矢を挟み、右手で弦につがえた矢を支え、それはまるで弓と矢が一つの物であるかのように見えた。そして弦に矢をつがえた箇所を見た後、そのまま矢にそって視線と首を動かして矢の先端まで確認し、更にそのまま動かして的を見る。
視線を前に戻し、そのまま弓を降ろす。弓の下端を左膝頭に付けて形にはめ、そっと右手を離す。弓と矢は微動だにしない。
「……」
静寂。
自身の呼吸音すら意識の外に排除して、ただ弓と矢に向き合うサツカ。
そして右手を再びはめたゆがけの親指の付け根、内側の固くなっている部分に弦を引っ掛ける。
一見すると矢を掴んでいるようだが、矢はおろか弦すらも掴んではいない。
サツカの首が動き、的を見る。
「……」
両腕があがり、弓矢が頭より高い位置になった場所で止まった。
「……」
左腕が動き、的に向かって腕を伸ばす。
右腕はその動きにあわせて肘を折り畳みながら反対側に降ろしていく。
弓を強く握らない
弦は引かない。
弓を押さない。
サツカはそれらを意識しながら、胸を開くように腕を広げた。
左手、左腕、左肩から右肩、そして右肘までがほぼ一直線になる。
結果、大弓はしなり、弦は強く引かれた。
「……」
そして矢は放たれた。
「……見事。次はここだ」
放たれた矢は頭の的の中心を射抜いていた。
カリネラはそれを賞賛しつつもすぐに次の的を用意した。
「え?」
「早くしろ」
「……はい」
戸惑いの声を出したサツカに対して答えではなく指示を出すカリネラ。
サツカもそれに対して足を閉じつつ矢筒から矢を出した。
「次」
「はい」
その後もカリネラは次々に的を出しサツカに弓を引くよう指示を出した。
距離は徐々に遠くなり、位置も右に左に上に下に振り回される。
だが三十本も矢を放った頃からサツカの動きに変化が現れた。
「!」
サツカは自分の動きに驚きを隠せない。
けれど指示はそれこそ矢継ぎ早に出され、それに食らいつくように構え、矢を放つ。
そして矢を放つ度に精練される動き。
決して型を外しているわけではない。けれど次の矢を放つまでの時間は確実に上がっている。無駄な動きが消え、考えなくても体が動くようになっていた。
「次」
的までの距離は百メートルを超えた。
そしてサツカは気付いていないが、的の大きさも小さくなっている。
「!」
何度矢を放っても、当たらない。
決して目が悪いわけではないが、疲れも溜まり的がぼやける。
「ここまでか?」
カリネラの言葉がサツカの闘争心に火がともる。
その瞬間、的が大きく見えた気がした。
「!?」
それだけではなく、どれくらい角度をつければ的に当たるかが細い光のラインのように分かった気がした。
「……」
考えることなくその光を信じて角度をつけて矢を放つ。
「!」
「見事。次」
弧を描いた矢が的を射ると、カリネラは二度目の賞賛をしつつも更に遠くに小さくなった的を出現させた。
「っ!」
弓を構えるサツカ。
矢を射る動作は身体に任せ、自分は目に集中して的と矢を放つ仰角を合わせる。
「次」
再び矢継ぎ早に飛ぶ指示。
しかし距離が三百メートルを越えようとも放つ矢は的を射る。
「次」
カリネラは口元に笑みを浮かべつつ指示を出した。
今までで一番遠く、柵のすぐ手前に巻き藁人形と的が立つ。
サツカの身体が矢を構えた瞬間、的と自分の間二百メートルほどの場所に乱立する巻き藁人形。
「!」
的は見えなくなり、見えていた光の線も消えた。
「くっ」
サツカは一瞬見えた光の線を思い出し矢を放つ。
「もう一度」
邪魔をしていた巻き藁人形が消え、的が見える。
慌てて矢を持つが構えると同時に再び現れる巻き藁人形群。
「っ!」
放たれた矢は的の上を通り越した。
「……」
「もう一度」
カリネラの冷静な声が、サツカを追い詰めていく。




