01-03-03 独り言の多い女冒険者
三十七窓口にいた受付嬢は普通のおとなしめな女性であったことに少しほっとしながら手続きを済ますと、サツカは指示された修練場に向かっていた。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
そのおとなしそうな彼女が自分のギルドカードで名前を確認したときに、その表情が少し歪んだ。ような気がした彼は、ぶつぶつと呟きながら歩いていた。
広めの廊下を歩くその姿はかなり不審者だが、アイクの言ったとおりそれほどプレイヤーが修練場にはいないため通報されることはなかった。
「……ヨシ」
気持ちを切り替えるように頬を両手で叩く。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
そう簡単には切り替わらないようだ。
そんなことをしつつも足は指示された修練場に向かっており、目の前には弓の絵が描かれた札が見えた。
「ここか」
ノックは不要と受付で言われていたためそのまま扉を開けると、そこは外だった。
「へ?」
「来たか」
扉を開けた状態で固まったサツカにかかる声。
「あ、は、はい!」
扉を閉めて声のした方に向くと、そこには彼と同じくらいの身長をした女性がいた。
「悪いがまずは駒札を見せてもらえるか?」
「あ、はい」
「いや、そのままでいい」
駒札を首から外そうとするサツカを制した彼女は、近寄っていまだサツカの胸元にぶら下がっている駒札を掴み、顔を近付けた。
「あ、わっ」
「サツカ・シジョーだな」
「はい!」
「良い返事だ」
駒札を読みサツカの名を呼んだ彼女は、その返事を聞いたあとに駒札から手を離して一歩後ろに下がった。
「私の名はカリネラ。冒険者だ。そしてギルドからの依頼で弓の教習を担当している」
じっとサツカを見るカリネラ。
「サツカ・シジョーです。宜しくお願いします」
お辞儀をして顔を上げるサツカ。その間も自分を見るカリネラの視線に少し困惑していた。
「あの……」
「あ、ああ。すまん。不躾だったな」
「いえ、そんなことはないんですが、何か?」
「いや、『あらひと』に会うのは初めてなのでな。少し戸惑っている」
「あらひと?戸惑っている?」
「いやすまん。こちらの問題だ。気にしないでくれ」
少し表情を和らげ、照れくさそうに首もとに手をやるカリネラ。
サツカの目に映る彼女は、年の頃は二十代中頃で少しきつめの美人に見えていた。今までは表情もあいまって厳しい人のように見えていたが、今しているような仕草をされるとかわいらしくも見えた。
密かに年齢が気になったサツカだったが、その衝動のまま女性に年齢を聞くほど愚かではなかった。
「あの、『あらひと』というのは?」
「知らないのか?」
「はい」
「そうか」
口の端を曲げて少し悩んだ様子を見せたが、そのままカリネラは話を続けた。
「『あらひと』というのは君達の事だ」
「俺達ですか?」
「ああ。君達のような他の世界から『はらへど』にやってきた者をそう呼んでいる」
「……あらひと……」
「そして私達のようなはらへどで産まれて生きる者達を『つしおみ』と呼んでいる」
「つしおみですか」
「ああ、そう呼んでいるな」
その意味について考え込んでしまったサツカを見て、カリネラが口を開いた。
「もしかして、君達にとってか『あらひと』や『つしおみ』はひどい言葉だったりするのかな?」
「あ、いえ、そういうことはありません。聞き覚えが有りそうでなかったので、少し考えてしまいました。申し訳ありません」
「いや、気にすることはないよ。自分達が呼ばれている言葉だからね、気にして当然だ」
「はい。少し気になりました」
「だが、今は言葉の考察よりも弓の訓練を始めようか」
「はい!宜しくお願いします!」
姿勢正しくお辞儀をしたサツカに、カリネラは微笑んだ。
カリネラに連れられてサツカは五百メートルほど歩いて的の用意された射場にやってきていた。
「あの、カリネラさん。一つ宜しいですか?」
「なんだ?」
「ここはどこですか?街の中にこんなスペースがあるとは思えないんですが」
目の前には的を中心に半径二百メートルほどの円形広場。ぐるりと柵で囲まれており、二人は出入り口用の切れ間に立っていた。
柵の端には弓矢の絵が付いた札がかけられている。
「……すまん。知らない」
「え?」
「いや、ここが冒険者ギルドの敷地内なのは事実だし知っている。だが、何故こんなスペースがあるのかは知らない」
視線と身振り手振りで促され、柵の中に入るサツカ。
「外ではないのですか?」
「ああ。これが使えるからな」
カリネラが腰の鞄から鞄よりも大きな板を取り出す。
「それは?」
「これで修練場を操作する。受付では『タブレット』と呼んでいるが、私達は『操作盤』と呼んでいるな」
カリネラが操作盤を触ると、中央の的が上下左右に動いた。
「この操作盤はギルド内でしか使用できないから、ここはギルドの敷地内ってことだろう」
「はぁ……」
「気にしてもしょうがないことは気にするな。ここは弓の練習に適した場所なことに変わりない」
「はい」
肩をすくめたカリネラに追従するように返事をするサツカ。
その返事を受けて、カリネラは微笑みながら頷いた。
「さて、習いたいのは大弓との事だが、何か大弓にこだわりでもあるのか?」
「えっと、ちょっと習ったことがあるので、選びました」
「そうか」
「何か問題でもありますか?」
「いや、正直大弓自体は威力はあってちゃんとした武器だが、獣や魔物の狩りには向いてはいないからな」
「それは、小回りが難しいからですか?」
「ああ。分かっているのか」
「まあ、その辺は。でもそれは大弓以外の弓でも同じではありませんか?」
「短弓ならやり方はある」
大きく目を見開くサツカ。
「動きながらですか?」
「練習は必要だがな」
「……さすがファンタジー」
「ん?何か?」
「いえ何でもありません」
サツカの思わず口に出た呟きはカリネラには聞こえなかったようで、慌てたサツカが口を開いた。
「では、大弓は止めた方がよいとお考えですか?」
「いや、そういうわけではない」
口をゆがめて続きを話すのを悩むカリネラ。
「えっと……」
「いや、すまない。そうだな……話は変わるが、私は長い独り言を言う癖があるんだが、気にしないでくれ」
「はぁ」
自分に背を向けた彼女を、困惑したように見るサツカ。
「大弓は、魔法職と共に後方職と呼ばれている。後方職は遠方より長距離での攻撃や広範囲の攻撃を求められる。だが、基本的には弓ではそこまでの攻撃は難しい。それに矢は有限だ。攻撃手段がなくなる可能性もある」
一息つくカリネラ。
ちらりと後ろを気にしたが、そのままの向きで話を続けた。
「と、いうことで、弓は、いや大弓は敬遠されている傾向がある」
「そうですか……」
「けれども、実は一つ勘違いされている点がある」
「え?」
「広く知られてはいないが、大弓の持つ固有武技と魔法を使えるようになれば、遠方、広範囲、矢の問題、すべて解決出来る」
「え?」
「と、言われている」
「はい?」
「その理由は、その極みにたどり着くには弓系の技能である[弓術]と[射術]を両方覚えること。魔法系技能である[魔力操作]を中級までは鍛えること。そして更に視野系の技能から[空の目]そこまでいかなくてもせめて[射手の目]を覚えていること。これだけの技能がないと厳しいからと言われているからだ」
「……」
カリネラの言う技能の数々。
そのほとんどに聞き覚え、いや見覚えのあるサツカは、密かに目標を定めていた。




