01-02-09 サツカ・シジョー 9
それにしてもあのアンケートでそんなことが分かるのか!?
脳波の測定のためにVR空間で小一時間くらい質疑応答したあれだよな?あとは質問する人が何人も出てきてその人の服装とか容姿を確認したり、声の音程を感覚で表現したり……その時なのか?
「……個人情報」
「勿論すべての情報は厳重に管理されています。というよりは、全ての個人情報は『カタシロ』本体に差し込む記憶媒体に入っている状態で、こちらで保管している情報だけでは個人まで辿り着かないような設定となっておりますのでご安心下さい」
安心できるか!
「脳波と『カタシロ』を使用する事による変化などはデータとして蓄積させていただいておりますが、それらと個人情報を直結させるのもお渡ししている記憶媒体だけですので、万が一当社の情報が盗まれてもサツカ様には辿り着かない仕組みとなっております」
脳波はいい!
身体データだって別によい!
俺の好みとか!
タイプとか!
性癖とか!って別に性癖はバレて……ないよな?まぁばれるような性癖はもってないつもりだけど。
「サツカ様の好みに合わせることが出来たのはチュートリアル専用AIたる私だからですが、[化粧]技能は女性はもちろん男性でも得ることの出来る技能ですので、充分お気をつけ下さい」
「[化粧]は技能……」
そうだった。
まじか……。
「もしかして、男が女に化けることも可能だったりする?」
「さすがに異性に[化粧]することは出来ませんが、男性が美しい女性のような男に、女性が凛々しい男性のような女に[化粧]する事は可能です」
「何でそんな設定を」
何故そんな設定を作るかな……。
「『はらへど』へは、心を『かたしろ』に入れて生活します。『かたしろ』は自分とは違う自分ですが、元の世界との違和感を少なくするために基本的にはほぼ同じ姿をしています」
「アバターで楽しみたい人にはいやな設定だよな……って、そういうことか。自己責任で色々な姿の自分を楽しむため……」
「その面も確かにあります。後もう一つ」
「もう一つ?」
「普段の自分の姿に違和感を感じている方のためでもあります」
普段の自分の姿に違和感?
それって……。
「ん、あ、ああ、そういう……」
「はい。また、適合手術をご希望される方には、手術の前に『UTUSEMI』での違和感を感じないであろう姿を実体験することをおすすめしております。また病気や体質の関係で適合手術を受けられない方などに対しては、『はらへど』ではその姿で生活が出来るよう対策をとっております」
……ただのゲームなんだけど、中で生活をするのならば、より良い形でより良い生活を。
ただのゲームだけど、正直甘く見ていたかもしれない。
VRだけの技術ゲームかと思いきや、そんな事も考えていたとはね……。
「個人の思想や考えを変える必要はありませんが、そういった点で争いや人を拒絶する事がないよう、お願い申しあげます」
「うん。わかった。大丈夫だよ」
「またサツカ様は見た目もそれなりですので、腐女子の妄想の餌食とならないようご注意下さい」
「うるさいよ!」
どうしてこのAIは一言も二言も多いかな!
「ほんの老婆心でございます」
「ほんとに余計だから!そういうのはいいから!」
「そして[化粧]には、充分お気をつけ下さい。[看破]や[鑑定]などの技能がお勧めです」
「絶対取る!」
「頑張って下さい」
笑うアイク。
顔の造形は変わったけれど、笑い方は一緒だな。
「それではこれで本当にチュートリアルを終了致します。ありがとうございました」
深々とお辞儀をするアイク。
そして上半身を上げると、微笑みながら俺を見て、そして横を向いた。
俺から見て左を向いたその仕草に俺も横を向くと、そこにはいつの間にできたのか、扉があった。
「こちらの扉を出ると、各始まりの街や大きめの街に設置されている『大志館』につながっております」
「『大使館』?」
「外国のからの大使が住む治外法権の『大使館』ではなく、「少年よ大志を抱け」の『大志館』でございます」
「『大志館』?」
「はい。『かたしろ』を使用されて『はらへど』に来られている方のお手伝いをさせていただきます。と言っても出来ることは限られますが」
そう言いながら、自嘲するように、少し困ったような笑みを浮かべた。
「また『大志館』は『冒険者ギルド』でもございますので、冒険者として生活をするのであればご利用いただく事も多いかと思われます」
「じゃあ冒険者ギルドは運営が動かしているわけだ」
「『大志館』は『冒険者ギルド』ですが、『冒険者ギルド』は『大志館』ではありません。冒険者ギルドの設立は私共ですが、運営は半々、あ、いえ、今はもう現地の方の比重が高くなっております」
ん?
「ん?それはどういう……」
こちらを見て微笑んでいるアイク。
「自分で調べます」
「是非そうなさって下さい」
中身は変わらないよな。そりゃあ。
「それでは」
扉に向かって手を向けるアイク。
アイクは進まず、俺が自分の手で扉を開け、外に出るようだ。
「ん。ああ」
扉に向かって歩く。
と言っても数歩で扉にたどり着き、引き寄せられるようにドアノブを掴んだ。
そして、何も考えずにドアノブを捻り、扉を押した。
「サツカ様」
開いた先には、白い空間。いや、広めの廊下だった。
アイクが俺に話しかけたのは、一歩踏み出す前だった。
「ん?」
そういえば、これでもうアイクとは会えないのか。
彼女はチュートリアル専用だから。
なんとなく、ログインする度に会えるような気分だった。
振り返ると、そこにいたのはアイクかっこ始め[化粧]モード。かっこ閉じる、だった。
「なっ!何で!」
つまり改めて俺のタイプの美少女に姿を変えたアイク。分かっているはずなのに、やっぱりドキドキする。
考えてみれば、「この姿はあなたの好みの姿です」と言われているわけで。
「何でまたその姿になってるんだよ!」
「サツカ様」
穏やかな微笑みを見せた後、アイクはゆっくりとお辞儀をした。
「『はらへど』を、お楽しみ下さい」
「あ、ああ」
俺の問いには答えず、深々とお辞儀をしたまま喋るアイク。
「そしてできるなら、お救い下さいませ」
「ん?なに?」
そして体を上げながら最後に言った言葉がよく聞こえず問いかけるけど、微笑むばかりで無いも言ってはくれない。
この顔の時は何を言っても無駄だと会ってからの経験で知っているから、もう聞くのは止めよう。
「アイク」
「はい」
「チュートリアル、ありがとう」
柔らかな笑みを浮かべたアイク。
その姿に思わず足をもつれさせながら扉の外に出てしまう。
「あ、アイク」
身体が全部外に出ると、目の前には扉が現れた。
「え?」
思わずドアノブ掴んで回そうとするけど動かない。
「何だよ……それ」
アイクの笑みが、脳裏に焼き付いている。
分かってはいるけど、あれが計算された姿だと知っているけれど、もう一度……と思ってしまう自分もいて。けれど外に出た自分はもう戻れない。あとは、外の世界に出て前に進むだけ。
「……」
正面にある扉に額を当ててもたれ掛かるように少しだけ体重を預けつつ、ため息をはこうとして思いとどまった。
「行く……か……」
額を扉から離してから呟いて横を向くと、長い廊下の扉の前には俺と似たような状態にいる何人かの男女と、そんな彼ら彼女らを見ないように奥に進む何人かの男女。
きっとその姿を見て自分もさっきまでこんな姿だったのだろうと思い恥ずかしくなっているのだろう。
俺もそうだから分かる。
すると俺の横の扉の前でうずくまっていた男が立ち上がった。
そして俺の方を向いた。
「……」
「……」
恥ずかしそうに顔を赤くした男。
俺はそんな彼に黙って頷き、少し照れくさくなりながら頬を人差し指でかいた。
「!」
俺の気持ちは伝わったようで、彼はまだ少し顔を赤くしながらも会釈した。
「あっち、みたい、ですよ」
何故かカタコトで通路の先、廊下の奥を人差し指で小さく指す。
「あ、ありがとう、ございます」
彼もカタコトでまた会釈すると、気恥ずかしくなってお互いに少し笑顔を見せてから、通路の先に進んだ。
この程度で友達になるわけじゃないし、この先会うこともないと思うけど、このチュートリアルをクリアした俺達は同士だ。
なんて事を思っていた。




