01-02-08 サツカ・シジョー 8
「そうは言っても、箸にも棒にも引っかからないクズや生きてる価値のないカス、存在が迷惑なバカや酸素を吸わせるのが勿体ないアホ。つまりどうしようもない愚者も存在しますが」
うっわー。
それも概ね同意だけれども。だけれども、さっきのセリフにちょっとジンとした俺の心が泣くぞ!
「前から思っていたのですが、『愚者』を『ぐしゃ』っとしても良い法律って出来ないでしょうか」
こえーよ!
なんだよ『愚者をぐしゃ』って!
おやじギャグとしても怖いわ!
「いやいや怖いから止めなさい!っていうかやっぱりAIじゃないよね?!中の人いるよね!?運営の人!?バイトさんとかじゃないよね!?」
「ワタクシハ、チュートリアルセンヨウAI、ナンバー『AI009』、コユウメイショウ『アイク』、デス 。アイク、デス、ワタシノナハ、アイク、ワタシノナハ、アイク、ワタシノナハ、アイク。チュートリアルセンヨウAIノアイク!」
「それもやめい!」
うつろな目で表情を消してしゃべるな!
「全てプログラムの結果です」
元に戻って、でも無表情気味に答えやがる。
「とりあえずプログラムしたやつ呼ぼうか」
「申し訳ありません。私と同じで内気な人見知りの方ですので」
「誰が内気で人見知りだっ!」
「私です」
少しだけ微笑みながらしれっと答えるアイクに呆れるが、既にこんな会話を楽しんでいる自分がいる。
「はぁ……って、これはため息じゃなく深呼吸しただけだからな!」
「ちっ」
「はい舌打ちきましたー!」
「どうされました?そんな大声を出して」
「お前のせいだよ!」
「私の名前は」
「アイクだったな!すまんな!」
名前を呼ばれてにっこりと微笑むアイク。
なんなんだこいつは本当に。
「『はらへど』では、技能がすべてといっても過言ではありません」
そしてそのままの微笑みを浮かべながら話し始めた。
「どのような技能を得て育てるか。自分がどんな技能を身に付けてどう生きるか。目指す生き方のためにどんな技能を身に付けるか。是非様々な選択肢を取捨選択して『はらへど』をお過ごし下さいませ」
「……ん。分かったよ」
「サツカ様のご活躍を、信じております」
祈るじゃなく、信じる、か。
俺をやる気にさせるのがうまいね。
「さて、他に何かございますか?」
「……今俺が聞かなかったことで、アイクが答えられることで、『はらへど』内で知るのが困難な話ってある?」
満面の笑みを浮かべるアイク。
「いえ、ございません。どちらかというと、私は少し話しすぎたくらいです」
「へー」
「はい」
本当に嬉しそうに俺を見ているアイク。
思わず俺も笑みを返した。
「それでは、チュートリアルを終了させていただいて宜しいでしょうか」
「ああ。ありがとう」
「それでは、チュートリアルを終了致します」
お腹の辺りで手を重ねて深々とお辞儀をするアイク。
そして少しの間そのままでいた後、ゆっくりと上半身をあげた。
「続きまして」
「続くのかよ!」
笑いながらつっこみを入れる俺。
なんとなくそんな気がしたんだよな。
「いくつかございますのでもう少しお付き合い下さいませ」
穏やかな微笑みを見せるアイク。
「まずはチュートリアル終了の特典です。お受け取り下さい」
そう言いながら俺に向かって右手を差し出す。
握手を求めるような仕草だが、少し掌が上を向いていた。
するとその掌から光が生まれ、俺に向かって飛んでくる。
「ん?」
そしてその光は俺の中に入っていった。
「これは?」
「技能をお確かめ下さい」
「了解」
ふと思いつき、心の中で『メニュー』と強く思った。
目の前に浮かぶメニュー画面。
「そうですね。基本的にメニュー画面は自分しか見えませんので、心の中で操作することによって他者に気付かれず操作することが可能です」
おお。出来たよ。
そのまま視界の中にある技能の文字を少しだけ意識して『技能』と思ってみる。
おお!出た!
「流石ですね。もうそこまで出来るようになるとは。それに有用性があるかは分かりませんが、流石です。心の中で全て完結させるとはむっつりですね!」
「うるさいよ!良いだろ!」
「ほめてますのに」
「『むっつり』はほめ言葉に聞こえないんだよ!」
「見解の相違ですね。残念なことです」
頬に手を当てて首を傾げるその姿が様になっているのが悔しい。
「で?!技能のなに?」
「下の方にありませんか?」
下?
「あっ」
「[書状]と[文箱]、そして[仮面]が増えているはずです」
「仮面も技能なのか」
「[書状]は『はらへど』で他者と文章のやりとりをするときに使います。[文箱]は、もとの世界と文章をやり取りするときに使用します」
「なるほど」
「仮面は[仮面]です。この技能で設定を変えられます」
そういえば忘れてたよ。迂闊だった。
「そして」
とりあえず説明を読もうかと書状に手を伸ばした俺を制するようにアイクが続けて話しかけてきた。
「ん?」
「こちらが、ちゃんとチュートリアルを終了させていただいた方への特典です」
右手はそのままに、左手も同じようにこちらに向けて差し出した。
左手から零れ出した光が俺の中に入る。
「!」
すると開いたままだった技能のウインドウに新たに一つの文字が出た。
「[念話]!」
「はい。[念話]です。これで離れた相手と心の中で会話が出来ます。ですが、相手も得ていないと使えません」
「それは……」
「ですが、既に[念話]を得ている方が訓練してあげれば、闇雲に得ようと努力するよりは各段に早く覚えることが出来るはずですので、念話したいむっつり仲間との会話にご活用下さい」
「むっつり言うな!」
楽しそうに微笑むアイクに、こちらも少しだけ笑顔で文句を言ってあげた。
「さて次ですが、気付いておいでですか?」
アイクの表情から笑みが消える。
といっても無表情や冷たくなったわけではなく、なんだろう。心配しているように見える。
「ん?何を?」
「ご自身のしゃべり方です」
「!」
ああ、うん。途中から諦めたというか、なんというか。でもそれはアイクのせいでもあるかと。
「冷静に丁寧にあろうと努力なさっておいでのようでしたが」
「……うん。まあね」
いつも、そうしているから。
「この世界では、『かたしろ』に心を入れた状態のようなものです。おそらくは、そちらの世界よりも心の動きが身体の動きや表情、言葉遣いに直結します」
!
「もしも、『はらへど』でも冷静に丁寧にあろうとするのならば、普段よりも強く律する心が必要でしょう」
確かに。ある意味今俺は、身体から心を解き放ったような状態なのかもしれないな。
「……気をつける」
「私の立場からは、どちらが良いとは言えません。ですが、『はらへど』での生活がより良いものとしていただけるよう、チュートリアルを勤めさせていただいたつもりです」
……じゃあ、今までの言動は……。
「ご自身の心を騙すような事がないよう、お気をつけ下さい。いくつかの言動、失礼いたしました」
「いや、うん。いいよ。こちらこそ、ありがとう」
「いえ、私も途中から楽しくなってしまってましたので」
「だと思ったよ!」
安定の上げて落とすで安心したわ!
「そこで最後にもう一つお告げしなければならないことと、注意していただきたいことがあります」
「はい。なんでしょう」
もう何を聞いても大丈夫だ。
その容姿にもだまされない!
「それでは、私の姿を見ていて下さい」
ん?
微笑みながらそんなことを言うと、両手をお腹の前で重ねたお辞儀の前のような立ち姿をしていたアイクが、ボケた。
いや、アイクの輪郭がぼやけて、いつの間にかそこには別人の、女性がいた。
アイクよりも少し身長が高く、少し赤みを帯びた長い黒髪で、アイクよりも美人だけど可愛らしさは少なくなった感じがする。
アイクと同じ服装だけど……。
「サツカ様、これが私、チュートリアル専用AI009、アイクの本当の姿です」
はい?
「私共チュートリアル専用AIは、『はらへど』にある特殊技能の一つである『化粧』を使い、チュートリアル中は違う姿をしております」
えっと、何故?
凄くいやな予感がするけど聞いてみるか、どうしようか。
「えっと、何故?」
「[化粧]は仮面とは違う形で自身の姿を飾る技能です。今回は、最初の検査で行ったアンケートからサツカ様の好みの姿を予想し、それに沿った[化粧]をさせていただきました」
うん。今俺凄い顔してると思う。
っていうか、は?何言ってるのこいつ。へ?
「い、いやだからさ、何でそんなことを?え?ん、好みのタイプ?なに言ってるの?はい?」
「サツカ様の好きなタイプを予想して、[化粧]をしました」
大事な事だから二回言ってるのかな?
いやいやいやいや。え?ん?はい?
「これは、会話を選んだすべての皆様にさせていただいております。その方が好意的にチュートリアルを受けていただけますので」
あー。うん。そうだね。
うん。そうだね。
わかるよ。うん。
好みのタイプだと、いっぱい話したいしね。
でも緊張しちゃう相手もいるんじゃないかな?
あ、いや、心の対話だから大丈夫なのか?
違う!今大事なのはそこじゃない!
「いかがでしたでしょうか。私の[化粧]は」
「……」
「ありがとうございます」
何もいってねーよ!




