00-00-01 プロローグ インタビュー 1
「本日は日本初フルダイブVRMMO『はらへど』の企画・開発室室長である株式会社『HUGE Tree』の『石神 真』さんにお越しいただきまして、『はらへど』についてお話を伺いたいと思います」
スタジオには幅五十センチ長さ五メートルほどのテーブルがあり、中央には大きなモニターが置かれている。そこには『はらへど』のロゴが中心に映し出され、周囲や背景には販促素材のゲーム画面や販売用のパッケージが映し出されていた。
向かって右側には今放送をしているテレビ局のアナウンサーである壮年の男性が真剣な表情で座っており、その右側には普段はバラエティーでよく見る女子アナが座っていつもの笑顔を振りまいていた。
「石神さん、本日はよろしくお願いいたします」
そしてモニターの向かって左側に一人座っている男に向かって笑顔で軽く会釈をした。
「それではまずは」
「まずは!」
女子アナが話し始めようとした瞬間に、被せるように石神が大声を出した。
「え?い、石神さん」
「まずは、間違えを訂正しましょう」
「え?ま、間違え?」
「まず、『はらへど』は、日本初フルダイブではなく、世界初フルダイブで行けるもう一つの世界です」
「あ、そ、それは」
「合衆国、ロシア、欧州、中国、韓国などでもフルダイブVRの技術は研究されいるのは周知のことですが、少なくとも現在民間レベルで『フルダイブ』を行えるのは当団体が開発した『カタシロ』のみであり、『はらへど』はその能力を存分に楽しめる現在唯一の世界です」
「そ、それは後ほどのコーナーで詳しく」
「御社が、我が社や日本の技術や文化を軽んじて扱っていることは視聴者の方は皆知っていますので今この番組を見ている方の大半は分かっているとは思いますが、それでも『カタシロ』と『はらへど』の開発者として今の発言を許容するわけにはまいりませんので、訂正させていただきます。宜しいですか?」
「そ、それは」
女子アナが口ごもると、視線と手振りで女子アナを制し、壮年の男性アナウンサーが口を開く。
「石神さん、それは『フルダイブ』の考え方の違いでして」
「なるほど!私共は『フルダイブ』とは五感、運動感覚、体性感覚などといった、人の意識と感覚そのものを電子空間に完全転移させる技術の総称として話しておりましたが、御社では視覚と聴覚だけで良いのですね。なるほど。なるほど。それは存じませんでした。私が無知でしたね。申し訳ありません。しかし、その二つのみをもって『フル』と呼ぶのは御社以外の常識が邪魔をいたしますので、ここでの『フル』とは視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚と大きく分類している五感、運動感覚、体性感覚といった人の持つ感覚の全てをもって『フル』ダイブとさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「そ、それは……」
「そういえば、先日合衆国では触覚に関して成功したと報道がされていましたね。その前にはロシアと欧州でも特殊条件下での視覚・聴覚・触覚の電子空間への転移が成功したと報告があったのは、視聴者のみなさんの方が詳しいでしょう」
「……」
顔をひきつらせる壮年の男。画面では見えないが、テーブルの下では拳が力強く握られている。それでもそれをを押し殺してまだ話そうとするのはプロであるというプライドかもしれない。
「い、石神さん。その辺で」
「それでは『世界初』を認めていただけるということで宜しいですね」
「……」
「あと、VRMMOというのも止めていただきたいです」
「え?」
「と言いますか、今こちらに映し出されている『はらへど』のパッケージにも正式名称が書かれているんですが、この程度の注意力もこの局のアナウンサーさんはお持ちではないんですかねぇ」
「え?あ?!」
「確か普通に『はらへど』で各検索サイトで検索してもVRMMOとは出てこないはずなんですが」
壮年の男は唇をかみしめ黙ったまま俯きつつも石神を睨んだ。
「まぁ凝り固まった知識でとりあえず書いたような記事ではVRMMOと紹介されたりしてますが。そういえば御社の系列の新聞や出版社の雑誌にも何回か訂正依頼を送ってるんですが、直されたのはゲームやアニメ系雑誌位でしたか。あ、いやファッション紙はちゃんとなってたってうちのスタッフが驚いていましたね。やはりブランド名にこだわりのある業界を相手にしていると、そこら辺はちゃんとしているんですかね。上から目線で見当違いな事を書かれている情報誌や経済誌よりも」
顔を赤くする壮年の男と女子アナ。
その表情から何故赤くなったかの理由は違うようだが、まだ自らを恥じて顔を赤くした女子アナの方がまともかもしれない。
などと言うことを石神は心の奥で思っていた。
「だがしかし、この場を設けていただいたことは感謝いたします。『生放送、CM無し、放送時間一時間以上、二次使用不可』というこちらの要望を全て受け入れていただいた訳ですから」
そんなことを思いつつ、石神は局アナ二人の表情を見ながらにこやかに続ける。
「それはもちろん!」
「もちろん今まで地上波での取材をすべて断ってきた私を引っ張り出す事によって視聴率で高い数字を出し、御社に対する注目度を上げようという打算は勿論あると思いますが」
「そ、それはその……」
「それに当社がCM枠という形でこの一時間半という放送枠を買ったから出来ているわけですが」
「そ、それだけではなく、やはりテレビという媒体を使った生の声で、今話題の『カタシロ』と『はらへど』を説明していただく場を」
「説明?」
石神が自分の言葉に反応したのを見て、壮年の男がいやらしい笑みを隠しつつまくし立てるように話し始めた。
「そうです!説明です。石神さんのおっしゃる『世界初の技術』がどんなものなのか、テレビで、生の声で、しっかりとした説明をしていただきたいのです!」
「『説明』、ねぇ」
今まで口調や話す内容では二人に笑顔で接していた石神だったが、ここであきらかに二人をバカにしたような表情を見せ、目の前のテーブルに肘を付いた。
「テレビや雑誌といった、切り貼りされて世に放たれる媒体以外では、『カタシロ』についても『はらへど』についてもしっかりと説明をしてきたつもりですけどね。それらは確認していただきましたか?」
「それは……」
壮年の男が口ごもり下を向く。
「……」
女子アナは隣に座る自分の上司でもある壮年の男を横目で見たあと石神に視線を戻し、口を開いた。
「もちろん拝見させていただきました。ですが基本的に石神さんのお言葉を載せるばかりで、質疑応答形式のものを私は確認できませんでした」
「ほぅ」
石神が女子アナの言葉に今日初めて感心したかのような声を漏らす。
「私の調査不足でしたら申し訳ありませんが、本日は事前に視聴者の方から質問も預からせておりますので、それも含めた質疑応答形式で、『カタシロ』や『はらへど』、そして先程ご指摘をいただいた、VRMMOではなく『VARMMO』であるということなどに関しましても、生の声でご説明をいただければと考えている次第です」
「なるほどなるほど」
石神は嬉しそうに女子アナを見たあと、壮年の男と自分達を見守る職員達を冷めた目で見た。
そしてカメラの後ろで立っている、自分が無理矢理連れてきた同僚が見るからにえらそうな年寄りに詰め寄られているのを確認したあと口を開いた。
「いえいえ、あなたのご指摘通りですよ。基本的にこちらが用意した内容を載せたものばかりでしたから。多少会話形式で進めた記事もあるはずですが、質疑応答とはいえないものでしたからね。よく調べていただいているようですね」
「いえ、当然のことですから。名称に関しましてはまことに申し訳ありません。完全にこちらのミスです」
「しっかりと認めていただけるのならば問題ありません」
「恐れ入ります」
「しかし」
「はい。何でしょう」
「大丈夫ですか?」
「はい。問題ございません。決めましたので」
「なるほど。まぁ、まだまだ本当にできる人間は嫌われますからね」
出だしとは違って打てば響くような会話をする女子アナに対し、ニヤリと笑う石神。
「そういえばお名前をお聞きしても宜しいですか?失礼ながらあまりテレビを観ないもので」
「これは失礼いたしました。楽屋にてご挨拶をさせていただいたのでこちらではしておりませんでした。申し訳ございません。アナウンサーをしております、『矢田木 紗良』と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。申し訳ありません。基本的に興味の無い相手の顔や名前は覚えないので」
「『石神真の真実に迫る』陳腐なタイトルでしたが先々月のゲーム情報誌に載せられていた中にも書かれていらっしゃいましたね」
「ええ。昔からの悪い性分ですね」
「けれど、一度興味を持って覚えたらその方のパーソナルデータはもちろん、会話もすべて覚えていらっしゃるとか」
「ちゃんと調べていらっしゃいますね」
「今日の会話はどうなりますでしょう?」
「先程までの流れなら、忘れたでしょうね。でも今は」
「今は?」
「爪を見せた矢田木さんとの会話なら、覚えているかもしれませんね」
石神は再びニヤリと、先に見せたのとはまた違った意味を含んだ笑みを見せる。
その笑みを受けた矢田木は、そこに含まれている意味をほぼ正確に受け取り、彼女もテレビでは見せたことのない理知的なら笑みで返した。
「もちろん私の名前は覚えておいででしょうな!」
石神はおろか自分の部下にまでほとんど相手にされていない壮年の男が声をあげた。
「こんな芸人に媚びを売るしか出来ない女よりも」
「あなたは」
男の言葉を遮るように石神が口を挟む。
それに対して満面の笑みを浮かべる男。
「あなたは、誰ですか?駄目ですよ、いま、番組をしていますから」
にっこりと、心のない笑みを浮かべる石神。
無理矢理連れてこられた石神の同僚は、自分にえらそうに話しかけるおそらくはこの局の重役の男の声を完全に意識からシャットダウンしつつ、カメラの後ろから同僚を見て、眉間にしわを寄せた。