01-01-10 カイタ・シートーン 10
「カイタ殿」
一段落して立ち上がった俺とラズロア。
ラズロアは頭を押さえているが、グームさんからまた冷たいタオルをもらっているから大丈夫だろう。
そして俺の目の前にはラギロダ爺さんがいて、俺の名を呼んだ。
「あ、はい」
「孫を助けていただいて、本当に感謝する」
そういって腰を折る、つまり爺さんが頭を下げた。
「い、いや別に」
「爺ちゃん!」
「ラギロダ様!」
ちょっと動揺した俺よりも、何故か二人の方が驚いている。
お?そんなに動揺すること?
「おやめください!」
「孫を助けてくれた恩人に頭を下げて何が悪い」
腰を折ったまま顔だけ上げてグームさんを見る爺さん。
「そのために私がおります!」
「おぬしは錬金術師としての儂を守るためにおる。これはラズロアの祖父としての感謝の気持ちじゃ。おぬしにさせるものではない」
「ラズロアは私の弟子でもあります!私が変わりに!」
「ならばおぬしはおぬしで感謝すればよい。儂の思いとそれは別物じゃ」
「爺ちゃん!ダメだ!爺ちゃんがそんなことしちゃ!」
「孫の不始末じゃ。お前を助けてくれた方に対して謝辞を述べて何が悪い」
「で、でも……」
「教えたはずじゃ。どんな相手であろうと『ありがとう』と『ごめんなさい』はちゃんと言える者になれと。教えた儂が出来んでどうする。おぬし達は儂を口だけ爺にするつもりか?」
「でも!」
「ですが!」
「あ、あの……」
俺を除け者にしてなんか盛り上がる三人。
なんとなく爺さんがお偉いさんで、頭を下げるとかしちゃまずいところにいるのかななんて考える。お付きの者であるグームさんはともかく、孫であるラズロアまでそんな風に言うんだから、なかなかな立場な人なんだろう。
「ラギロダさん、まずは顔を上げてもらえますか?」
「いやしかし」
「俺の来た世界では、人とちゃんと話すときは目を見て話せと教わりました。ですので上げてほしいのですが、いかがでしょう」
「う、うむ……」
分かり易く渋々身体を上げるラギロダさん。
さっきから爺さん爺さん思ってたけど、見た目八十歳位なのはそうなんだけど、基本若いよな。動きとか。
「顔を上げてくださりありがとうございます」
俺だってこれくらいのことは言えるのだよ。
そして何か言おうとしたラギロダさんを制するように口を開く。
「俺は自分が助かるために戦っただけで、ラズロアを助けるために戦ったわけではないので、そこは分かってください。逆に一緒に戦ってくれたラズロアに、俺が感謝し、危ない目に遭わせてしまった事をラギロダさんに謝らなければいけないくらいだと考えています」
「そんなことはない!」
「ですが!」
再び遮るように大声を出す。
お、爺さんもびっくりした顔してる。
お偉いさんになると、こんな風に言葉を遮られることも無いんだろうな。
「それでは気が済まないと思いますので、ラズロアのお爺ちゃんからの感謝の言葉は今いただきましたので、それで良しとしてください。『ラギロダ様』からの感謝はなんか重そうなのでごめんなさいってことで、お願いします」
お、三人の顔が凄い驚いた顔になった。
なんか間違えたかな?
ま、良いか。色々今更だし。
「良いのか?」
「何がですか?」
「自分で言うのもなんじゃが、『ラギロダ』に恩を売る機会なぞそれほどないぞ?」
「おー。良いんじゃないでしょうか」
「何故そう思う?」
「そんな『恩』で終わらせるより、ラズロアやラギロダさん、そしてグームさんとも良い関係で、次会えたときに色々話すことかを出来た方が楽しそうなので。『恩』だと一方的に終わっちゃいそうなので嫌です」
「!」
「!」
「!」
お、また三人の顔が驚いた。
でもこれは成功だったみたいだ。ラズロアは照れくさそうに笑い、グームさんは少し警戒はしてるみたいだけどそれでもホッとしたように見える。
そして爺さんはまた「ひょっひょっひょ」と笑った。
「カイタ殿!いやカイタ!面白いの!おぬし!」
「そうですか?実際のところまだよく分かってないだけかもですよ?『ラギロダ様』の凄さを」
「ひょっひょっひょ。おぬしにそんな風に呼ばれるとこそばゆくなったわい!『ラギロダ』と呼ぶがよい!いや、呼んでくれ!ただの好好爺としてな!」
「自分で自分のことを好好爺とか言うし」
「ひゃっひゃっひゃ」
「さっきから思ってたんですが、さっきよりも笑い方が変ですよ」
思わず眉を顰めた俺に、ラズロアは俺の肩を叩いて笑い出し、グームさんはしわの寄った眉間を親指と人差し指でほぐしつつため息をついている。
地味に叩かれてる肩が痛いのでひょいっと手をかわすと、ラズロアはむきになって肩をたたこうとしてきた。ラギロダさんはそれを見ながら更に変な風に大きな声で笑った。
その後四人で領都に向かって歩いていくと、行列が見えた。
その先に大きな門が見えるから、どうやら領都への入場待ち列みたいだ。
「さて、ここでおぬしともお別れじゃな」
「はい?」
「え?」
あれ?列ばないの?
ああ、お偉いさんみたいだからショートカット出来るのかな。出来れば俺も一緒にそっちに行きたいけど無理かな?
「お主達『あらひと』ならば先ずは領都に行く必要があろう」
「はあ」
「だが、ラズロアを領都に連れて行く訳には行かんのでな。ひとまずここで別れる事となる」
「爺ちゃん!」
「成人するまでは領都には行かない。約束は約束じゃ」
「そんなぁ……」
ハッキリと断言したラギロダさんに、意気消沈するラズロア。分かり易く俯いている。
そしてオレの方を向くラギロダさん。
「儂がついて行くと、恐らく『ラギロダと一緒に来たあらひと』と言うことで注目を浴びてしまうのでな。儂がこれでも有名人なのじゃよ」
「注目されるのは止めときたいですね」
「じゃろうな」
とりあえず爺さんのセリフは流すことにした。なんか聞いてもちゃんと答えてくれなさそうだし。
あとやっぱり注目されるのは勘弁だな。他のプレイヤーに何か言われたりしそうだし。どう考えても今の状況は普通の流れっぽくないから色々面倒そう。
「せめて街に入るまでグームをつけたいところじゃが」
「一度村に戻ってからならともかく、今ここでラギロダ様と離れることなど出来ません」
「と、言う訳なのでな」
少し困り顔のラギロダさんと、キリッとした顔のグームさん。ぶれないなー、グームさん。
「カイタが『はらへど』に来続ければ、また会えるであろう」
ラギロダさんがニヤリと笑いながら話す。
「それに、我らが住む『ヤガ村』まで来られる程にちゃんと力をつけていれば、ラズロアと共に周辺の狩りを出来るように成っているだろうに。そうじゃな。その強さを認められれば、お主と一緒ならラズロアに領都に行くことを許しても良いかのう」
顔を上げるラズロア。
「爺ちゃん!」
「ラギロダ様?!」
爺ちゃんと言いながら俺の顔を見るラズロアと、爺さんに詰め寄るグームさん。
「お?!」
「がんばって村まで来いよ!」
「お、おう」
「絶対だからな!」
「が、頑張ります」
「ひょっひょっひょ」
「ラギロダ様!?宜しいのですか?」
「その頃には、お主もラズロアにちゃんとした錬金術を教えているであろうしの」
「!」
「のう。グーム」
「……死力を尽くします」
「ひょっひょっひょ」
ラギロダさんの言葉で表情を引き締めてラズロアを見るグームさん。
ラズロアはそれに気付かず俺に向かって頑張れと言っているが、本当に頑張る羽目になるのはラズロア、お前だと思うぞ。
「頑張れよ!待ってるからな!」
「お、おう」
お前もな。と、心の中で思う。口に出さないのは、優しさという事で許してもらおう。
「さてカイタよ、お主にはこれを渡そう」