01-01-07 カイタ・シートーン 7
少年の叫び声と共に目前に迫る蛇の口。
真っ赤な口の中。
同じく血のように赤い細い舌。
上顎から飛び出る一対の細い牙。
「これもテンプレだよな!」
その口に、盾を持った左手を突っ込んだ。
「ぐっ」
左腕に牙の先が少しだけ刺さる。
毒持ちじゃ無いはずと思い込んで、あちこちの痛みをこらえて盾を押し込む。
「 !」
苦しそうな音を立てる蛇。
そして俺は、右手を出した。
なんのことはない、片手剣がつっかえ棒のような役割をしてくれており、手さえ離せばギリギリ右手を抜け出すことが出来ていた。
更にその手の中には、ポケットから持ち出した『魔力石』を握ることにも成功した。
「これでだめなら諦める!」
魔力石を握ったまま、右手も蛇の口に突っ込んだ。
「『炎の球』!」
今日一番の大声で叫ぶ。
「『飛べ』ええええっっ!」
右手の拳を包むように生まれた大きめの火の球が、蛇の口の中から空に向けて飛んだ。
「あー。生きてる」
魔物も頭が無くなったら流石に生きていられないらしく、頭が弾け飛んだ後は全身が黒い靄に変わって消え去った。
俺は力無く倒れ、草原に大の字になって倒れていた。
「……生きてるって素晴らしい」
盾と剣と防具は無事だけど、魔力石は粉々になったし、衣服はなかなかひどいことになっているのは見なくても分かる。
多分顔も煤だらけだと思う。
「髪の毛アフロになってたらやだなー」
「なんだ?『あふろ』って」
ボケに質問でつっこむのはなしでお願いしたいところだけど、少年じゃあ仕方ないか。
「『アフロ』ってのは、俺の世界で髪の毛がもじゃもじゃで爆発したような髪型を言うんだ」
「もじゃもじゃで爆発?」
「たいした事じゃないから気にしなくて良い」
「分かった」
ふらふらとこちらに歩いてきた少年が、俺の横に倒れるように膝をついてから寝転んだ。
「兄ちゃん、無茶するな」
「そうか?」
「ああ。あんなことするなんて、思わなかった」
「そっか」
結構テンプレな行動だと思うし倒し方だった気がするけど。
「その盾、凄いな」
「お?」
「アイスネークが口を閉める力は岩をも砕くと言われている。木の盾なんて一瞬で砕けると思った」
「……マジで?」
「ああ。通常餌として食べる兎や鳥を食べるときに勢い余って周囲の木や岩を砕いてしまうんだ。その跡を見てアイスネークの行動範囲、縄張りを予測するくらいだ」
「……まじかー」
そういえば、最初に渡された武器は一定期間破壊無効とかなんとか病院でログインの調整した時に聞いた気がする。
「偶然の重なった勝利だったか」
「ああ」
自分で言ったことだしその通りなんだけど、即答で肯定されるとくるモノがある。
「うー」
「だけど、勝利は勝利だ」
少年が上半身を持ち上げてこちらを見てるのを感じた。
視線を向けるとその通りで更にこちらを見ているので、俺も上半身を起こした。
「どうした?」
「兄ちゃんは、勝ったんだ」
差し出された右手。
思わず硬直してしまう。
だけどすぐに我に返り、俺も右手を出して握手する。
「ありがとう。おかげで生き残れた」
「こちらこそ、ありがとう。色々教えてくれたおかげだよ」
俺が笑いかけると、少年が少し顔を歪めながらも笑顔を見せた。
「あの、さ」
「ん?」
「お、オレの名前は『ラズロア』、『ヤガ村』の『ラズロア』。あんなこと言っておいてだけど、兄ちゃんの名前を教えてくれないか」
「!」
少し伏し目で、勇気を振り絞ったかのようなか細い声で話す少年。
いや、『ラズロア』
思わず動きを止めてしまうと、ラズロアは下唇を噛んだ。
「そう、だよな。ごめん、あんなこと言っておいて今さら」
手を引っ込めようとするラズロア。俺は慌ててその手を力強く掴んだ。
「カイタ!」
「え?」
「俺の名前は『カイタ・シートーン』だ!よろしく!ラズロア!」
満面の笑みを浮かべて、俺は自分の名前を教えた。
「カイタ兄ちゃんは、『貴族』なのか?」
「え?違うけど、なんで?」
「名字持ちだから。『あらひと』だと違うのか?」
「あー。そうだな。多分やってくる奴はみんな名字持ちだ。でも貴族とかはいないはずだぞ」
「そうかー。気をつけよう」
「そうしてくれ」
その後出来るだけ身支度を整えてから、改めて街に向かって歩き始めた。
少し歩くと道らしきものがちゃんとあって、その道を並んで歩く。
そして、かなり懐かれた気がする。
なんと言っても『カイタ兄ちゃん』ですから。
はっはっは。
世のショタコン共、羨ましがるがよい。
はっはっはっはっは。
「カイタ兄ちゃん」
「お?」
「またなんか変なこと考えてないか?」
「カンガエテナイヨー」
「そういえば、貴族っているんだ。俺の住んでるところにはいないんだよ」
「へー。いないんだ。この領を治める領主であるアルハイト侯爵様と、この領にいる力を持った貴族様はまともな人だから大丈夫だと思うけど、もし他の領に行くようなことがあったら気をつけた方が良いらしいよ」
「気をつけた方が良いってのは?」
「爺ちゃんが王都に近付くほど貴族はバカになるって言ってた」
王都。つまり王様制って事か。あれ?王様制ってなんていうんだっけ。君主制?絶対王政?戻ってから調べよう。
そしてバカ貴族。ここでもよくある展開か。テンプレは大事だけど運営大丈夫か?テンプレばかりだとあきられるぞ。
「爺ちゃんもそれがいやで、この領にやってきたんだ」
「へー。でもわざわざ村に住んでるんだよな?せっかく来たなら街に住めば良かったのに」
「煩わしかったって言ってた」
「ふーん」
偏屈爺ちゃん系かな?色々知識があるっぽいし、この先他の領に行く時に助かるかも。
「なあ、ラズロの住む村ってのは、」
「あ!見えた!あの壁がそうなんだ!」
「ん?」
ラズロが、あ、どうも『ラズロア』ってのは、女性的な名前らしく恥ずかしいらしい。名前を教えたくなかったのはそれもあるとのこと。
なので愛称で『ラズロ』と呼んでほしいとのことだった。
と、そのラズロが指をさしている方向を見ると、壁が見えた。
……うん。でかくて高い。石を積んで作ったと思われる重厚な壁。何で今まで気付かなかったんだ。あんなでかいのに。
「急に出てきてびっくりだよなー。『認識阻害』とかいう処置をしたって爺ちゃんが言ってた」
「『認識阻害』?」
「初めて来る人や敵意を持って向かってくる人は近くにくるまで見えないようになってるんだって。すごいよな」
「おおすげえ、って、何でそんなことを」
「……なんだったかな。聞いた気もするけど」
「突然目の前に大きな壁がそびえ立てば、驚くじゃろ?」
「……確かにそれは驚きますね」
「そういった衝撃を与えることによって、敵対する気持ちを萎えさせる働きを意識したんじゃよ」
「なるほど。でも、初めて来る人の中には敵対してない人もいると思いますけど」
「この領の中、周囲の村から来るものは基本的に誰か領都に来たことがある者と来るのが普通じゃ。単独でも集団でも初めて来る者だけで来る者は、一旗揚げようなど、敵対せずとも大きな野心を抱いている者がほとんどじゃよ」
「……ああ、そういう」
「?分かるのか?」
「自分の身に過ぎたる野心や、大きすぎる野心は自分自身にも周りにも悪影響を及ぼすことがある。だから領都の巨大さを見せて、少しは謙虚にさせる目論見。かなと?」
「ひょっひょっひょ。その通りじゃ。ちゃんと思考が出来るというのは当たり前で簡単なようだが出来ん者も多い。お主は大丈夫なようじゃな」
「おー……。とりあえず、有り難うございますと言っておきます」
「ひょっひょっひょ。さて、ではお主の考えでは、儂は何者だと思う?」
立ち止まる気配を感じて、ゆっくりとラズロがいるはずの横を向く。
そこにいたのは、八十歳過ぎくらいの男の人だった。
身長は俺より低いかな。
「おー。ラズロアの『おじいちゃん』でしょうか?」
「ひょっひょっひょ。……正解じゃよ」
そのとき見た『おじいちゃん』の眼光が妙に鋭いような気がして、顔が強ばったのは仕方がないと思う。