01-01-05 カイタ・シートーン 5
「あと、奇襲する時や逃げる獲物を襲う時など、あいつは弱い方から襲う習性がある」
?!
「……まじで?」
「ああ。だからおまえを狙うはずだ」
おおう。
「あ、で、その隙に」
「ああ。オレが横から攻撃する。オレの武器だと致命傷まで時間がかかるが、おまえの攻撃よりマシだ」
「俺の剣だと?」
「鱗に掠り傷程度だな」
「そんな強いのか」
「アイスネークの鱗をちゃんと傷つけるのは魔法か魔力を通した武器だけだ。因みに表面を粘性の水で覆ってるから生半可な火では傷つけることは出来ない」
「ってことは」
「火の球を使おうとするなってことだ」
「おー」
「発動が早くて狙いが確かなら牽制や隙を作るのに使えるが、今のお前じゃ」
「無理です」
「ってことだ」
見た目年相応の、けれど歴戦の戦死のようにニヒルな笑みを見せた少年。
蛇をじっと睨んでいるのに口元だけニヤリと笑うとかマジいくつなんだろ。
エルフとかならもう百才近いとかあるかも。
あれ?この世界の人種?ってどんな感じなんだろ。エルフとか獣人とかいるのかな?キャラ設定の時に選んだり出来なかったけど。
「おい」
「!なんでもありません!」
「この状態で他のことを考えられるとか大物だな」
安定の呆れた口調。
ごめんなさい。集中力がないだけです。
「……悪い」
「緊張で動けなくなるよりよっぽどいい。壁役、期待してるぞ」
「おー」
ちらっとだけこっちを向いた少年。
少しだけ面白そうに笑ったのを見て、何となくほっとしつつもその言葉で少しだけ緊張した。
「さて、あいつもじれてきたようだ」
そして、少年の声にも緊張が滲んだ気がする。
「……おお」
蛇が、ゆっくりとこちらを向いた。
「まずは最初の一手を確実にお前が受ける。そして俺が横に回って攻撃する。……前に出られるか?」
「……出る」
最後、少しだけ心配したような声色だった。
それをぬぐい去るために、いや、自分に活を入れるために、力をこめて宣言した。
「任せた」
「おう」
それを汲んでくれたのか、短く信頼の言葉を出した少年に笑みを向けてから盾を構えたまま蛇に向かってゆっくりと歩き始める。
笑顔は強張ってたと思うけど、小さく頷いてくれた少年のためにも、怖いとか言わないで、一歩ずつゆっくりと。
「……もうすぐアイスネークの射程圏だ。一度止まろう」
「分かった」
こちらを見て、舌を出して威嚇しだしている蛇。
俺の後ろに移動した少年の指示で、そんな蛇から目を離さずに盾を構えて立ち止まる。
「どうする?」
「おそらくじれて向こうから来るはずだ!構えろ!」
少年の言葉が終わる前に動き出した蛇。
うねうねと「蛇行」しているはずなのに「まっすぐ」にこちらに来るという言葉の不思議!
「こいやあー!」
早いスピードでこちらに向かってくる蛇に恐怖心は沸き上がったけど、それを越える大声で自分を鼓舞。
正直逃げ出したいけどここまで来てそれは無い!
「ちくしょおお!」
腰を落として左手で持った盾を前に。一応剣は持ったままの右手で盾の裏を押すように構えた。
「え?」
「え?」
少年と俺の声が瞬間ハモる。
そりゃそうだろ、目の前にきた蛇が飛び上がったと思ったら俺に襲いかからず、俺を飛び越えようとしたんだから。
見上げた俺の視界には蛇の腹。
思わず持っていた剣を振り上げて攻撃した自分にグッジョブをしても良いと思う。
「!助かった!」
もちろんその一撃で蛇が吹っ飛んだりはしなかったけど、さすがに軌道を変えることには成功したらしく、少年に襲いかかることには失敗した。
「オレの方がこいつより弱いって言うのかよ!」
少年が叫びながら走り、短剣で蛇を切り裂いた。
「今そこ気にする!?」
「当然だ!」
痛むのか身体を丸めようとした蛇に追撃する少年。
切り裂いた場所から血ではなく黒い靄が噴き出す。
「ちっ。やっぱりこの程度か」
与えた傷が小さいのか黒い靄はすぐに噴き出すのを止めた。
蛇が、怒りに満ちたようにシューシューと音を立てながら合流した俺達した俺達を睨む。
いや、おそらくだけど。
「なあ、あいつって……」
「……ああ」
「蛇に恨まれる覚えは?」
「美味しくないからオレはそんなに狩ってない」
食べるんだ……。
何故かどや顔で言い切った少年。
色々思うことはあるけれど、とりあえず考えていた作戦が全部ダメになったのだけは事実だ。
「来るぞ!」
こちらに這い寄った蛇が少年に襲いかかろうとする。
「ちっ」
舌打ちとか行儀悪いなぁなんて思いつつ、後退りながらこちらを見た少年を見て、盾を構えた。
そんな俺の横を進もうとする蛇。
うん。無視されてる。
それはそれで有り難いと言えば有り難いんだけど、
「ムカつかないと言えば嘘になる!」
叫びながら盾を前に出して体当たり。
傷を与えることは出来ないけど、でかい蛇でも流石に動きを止めるし少しは横にズレる。
「えらいぞ!」
その一瞬の隙に蛇を切り裂く少年。
何その上から目線な褒め言葉。
蛇の切り裂かれた箇所から噴き出す黒い靄。
だけど、それだけ。
動きを止めた蛇に対して追撃する少年。けどすぐに黒い靄は止まってしまう。
「相性悪いってそういうことか」
疲れた少年がこちらに戻って息を整える。
蛇が体勢を調えて、こちらを威嚇する。
満を持して蛇が少年を狙って突進。
俺が横から盾で体当たり。
体勢を崩した蛇を少年がめった切り。
蛇がちょっと距離を取った時に疲れた少年がこちらに戻る。
最初から繰り返し。
「おい、大丈夫か?」
「問題、ない。……削れては、いる、……はずだ」
呼吸を調えている少年と会話するのも気が引けて黙ってしまう俺。
確かに蛇が距離を取るタイミングは早くなっている気はするけど、戻ってくる時間も早くなっているような。
これ、少年の体力が削られてジリ貧状態になるような。
「来るぞ」
「お、おう」
威嚇し始めた蛇に対して短刀を構える少年。
そして蛇行しながら一直線に少年に向かう蛇。
鎌首をもたげたその頭に向かって盾を突き出して体当たりをする。
「ん?」
十回を越えた頃、何となく蛇の体が横にズレる距離、硬直する時間が少し増えた気がする。
「え?」
そして今まで俺を見向きもしなかった蛇の目が、一瞬こちらを見たような気がした。
「オレが相手だ!」
その視線の動きに気付いたのか、少年が声をあげながら蛇を切り裂いていく。
今までよりも早く、蛇の体全体を切り裂いていく。
「お、おい!」
「下がれ!」
「あ、うん」
勢いに圧されてそのまま後ろに下がる。
あれ?でも俺が狙われるのが最初の作戦じゃなかったっけ?
あれ?
「お、おい」
「なん……だよ……」
離れた蛇を見て俺の斜め後方に陣取って呼吸を調え始める少年。
息は荒いけどこれは話さないと。
「俺を狙わせて、盾で防御してる間に倒す予定だったよな?あいつが俺に向かってくるならそれで良いよな?」
「……」
あ、黙り込んじゃった?
恥ずかしがってたりしてる?
警戒で後ろを向いて顔を見られないのが残念だったりする?
「なあ、」
「も、もう削れてるからこのままいこう。今更流れを変えると失敗するかもしれない」
何となく声が震えてる気がするから、取り敢えずはこのまま進めてあげよう。
オレの方が大人だしね。多分。
それに、よく見ると蛇のサイズが一回りくらい小さくなってる気もするから、あれが「削る」ってことなんだろう。