ナオの決意
「目を、覚まさないな……」
すっかり日も暮れ、今日はこの場で夜を明かすことにしたのでしょう。パチパチと焚き火の音だけが聞こえる中、ポツリとナオが呟きました。
「それに、魔物の気配も全くしにゃいにゃ……さっきの人たちも、追ってくる気配すらにゃいし……」
キョロキョロと辺りを見回し、耳をピンと立ててエミルが言います。警戒してはいるものの、その必要など全くいらないのではないかというほど、辺りは静まり返っていました。
「きっと、サナの体から発せられている闇の魔力と、ナオが発する光の魔力のせいですわね。うまく混ざり合って、調和していますもの。やや光が優勢でしょうか……だから魔物も寄り付かないのですわ」
「ん、調整してるからな。……不思議だな。光と闇の魔力がうまくバランスをとれると、こんなにも平穏な空間が出来上がるなんて。光魔法の結界とはまた違うし」
ナオが不思議そうにそう言いましたが、それはこの二人が膨大で濃い魔力であるからこそ、です。一般的な光と闇の魔力程度では、そんな事にはなりませんからね。
「次に目を覚ました時は、誰にゃのかにゃ……?」
じっと、どこか切ない視線でサナを見下ろしながら、エミルがこぼします。
「誰だって構わない。誰だろうと、俺がするべき事は一つだ」
「一つ?」
エミルの疑問にナオが迷いのない目で告げました。ナオはゆっくりと頷き、口を開きます。
「サナの、サナたちの味方でい続ける事だ。どの魂も受け入れる。俺は、どんなサナでも側にいたいって思うんだ」
ナオは、どこまでも優しい眼差しで、そう言ったのです。でも……それは。
「罪悪感から、ですの? 生まれ変わる前に、救えなかったことへの」
フランチェスカが私たちの代弁をするように容赦なく尋ねてくれました。そうです。罪悪感。ナオは、転生前の自分の行いに深い罪悪感と後悔を感じているのでしょう。それは、誰の目から見ても明らかでした。フランチェスカにもわかるほどに。
ナオは、転生前の自分の行いを悔いて、今度こそは救いたいと、そう思っているのだと思います。でも、いくら魂が同じでも、転生前と今では違うのです。ナオは、ナオなのです。罪悪感や、義務感に囚われての決意なのだとしたら、脆く崩れ去ることでしょう。いつか、心が持たなくなってしまいます。
ナオの決意はありがたいです。涙が出そうなほどに嬉しいです。けれど……それによって、ナオの人生が狂わされるのは嫌だと、そう思うのです。
不思議なものですね。出会った頃は、利用してやろうと思っていたのに。ナオの人生なんて考えもしませんでした。サナを救うため。サナのためなら、犠牲になってもらうのが当たり前だと思っていました。
今だって、救ってもらいたいと思っています。けれど、ナオの身も案じているのです。それはおそらく……ナオが、どこまでもお人好しで、まっすぐで、常にサナの事を見ていてくれたからだと思います。
助けてほしい。救ってほしい。私たちから離れないでほしい。
これらの望みは、私たち魂の総意ではありますが、彼を引き止める鎖となってはならないのです。
「罪悪感……そうかもしれないな。それがないって言ったら、嘘になる」
案の定、ナオは苦笑を浮かべながらそう答えました。
「ずっと救ってやれなかった事を、今、すごく悔やんでる。俺じゃなかったのにな? 本当、不思議なんだけどさ。でも、間違いなく俺のしてきたことだって、魂が叫んでるんだ」
ナオは苦しそうに胸を押さえました。ああ、やめてください。自分を責めるのは。そして、そろそろ解き放たれてほしいのです。「勇者」という呪いから。
「それと同じでさ」
けれどナオは、今度はパッと表情を変えて明るい笑顔で告げたのです。
「サナを……この子を守りたい、大事にしたい、救いたいっていう気持ちも、引き継いでる。それを抜きにしても、俺は、サナが好きだ。一生、サナの側にいたいって思うんだ。サナの光の面も、闇の面も、全てを愛したい」
しょうがねぇよ、魂が求めてるんだもん、とどこか照れ臭そうにナオは言いました。
それを受けて、フランチェスカとエミルがほんのりと顔を赤く染めつつ、お互い顔を見合わせます。それから、クスッと笑い声を零し、それぞれナオに告げるのでした。
「にゃんか、もっと甘い関係かと思いきや、それを超えたにゃにかを感じるにゃ!」
「ええ。恋人より深い関係な感じがしますわね」
「こ、恋っ……!? いや、そうじゃなくて……じゃないこともないけどなんつーか、そういうつもりじゃ……あ、つもりだけど……!?」
二人の言葉にナオの方が動揺していますね。なるほど、やはり無自覚な発言だったようです。おそらく、根底に双子として生まれた前世があるからこそ、そういった意味合いで言ったのでしょうけど……いくら前世が双子でも、今は他人ですからね。結婚だってできるわけです。
「にゃにゃ? サニャのこと、好きにゃんでしょ?」
「好き、だけど……そんな風に考えたこと……なくも、ないけど」
ハッキリしない勇者ですね。顔が赤くなっていますよ。
「あら、やっぱりあるんですのね? 婚約は解消せざるを得ませんわねぇ」
「フリの婚約だったろ!? 残念そうに演技すな!」
「残念ですもの」
「絶対思ってねぇだろ!」
からかうようなフランチェスカに、顔を真っ赤にして反論するナオ。でも、フランチェスカのセリフには、ほんのわずかに本音が隠れているような気もします。考え過ぎかもしれませんけどね。
「ごめんなさい。ちょっとからかってみたかっただけですわ。……だって、安心しましたのよ」
フランチェスカはその表情から笑みを消し、真剣な眼差しをナオに向けます。
「ちゃんと、ナオの気持ちが伴っているのだということがわかりましたから。……途中で、投げ出す事は許されませんのよ?」
生きている相手を、生涯面倒を見る、と言っているわけですからね。特にサナは特殊ですから。途中で嫌だと投げ出そうものなら、今度こそ世界が破滅しかねませんからね。
「わかってる」
「喧嘩したからって、離れちゃいけにゃーんだよ?」
「それもわかってる」
ナオの返事に迷いはありません。
「……サナの、重すぎる苦しみを、共に味わうことになりかねません。一生、背負っていかなければなりませんのよ? 一緒になって、転げ落ちることもわたくしは許しませんわ!」
「そ、れは……」
ええ、それは並々ならぬ強靭な精神力を持っていなければ無理でしょう。いくらナオが太陽のように前向きで、グイグイと引っ張っていける者だとしても、時に苦しむでしょうし、サナの闇に触れていれば心を病むことだってあるはずです。いつでも明るく振る舞うというのは、無理なのです。
人間で、ある限り。
「ですから、わたくしたちにも、頼ってくださいな」
「え……」
ナオは、 ポカンとした表情でフランチェスカを見ました。
「そうにゃ! 一人で、ううん、サニャと二人で抱え込む気だったにゃ? そうはいかにゃいにゃ! エミルたちは、仲間にゃんだからねっ」
ビシッとナオを指差してエミルも元気にそう言います。
そうですね。支える相手が複数いれば、光が途切れることも少ないかもしれません。
「わたくしは立場上、なかなか会えなくなるかもしれませんけれど……でも、何かあった時には頼れる仲間がいる、ということを決して忘れないでくださいませ」
「フラン……」
「エミルもにゃ! この旅が終わったら、集落に帰るけど……ニャオたちならいつでも歓迎するにゃ! ちょっぴりでも背負わせて欲しいにゃ!」
「エミルも……」
仲間は、離れ離れになっても継続、ということですか。こんな関係は初めてです。ナオは一度言葉を詰まらせ、それからぐっと唇を噛んで下を向き、それから勢いよく顔を上げました。
「ははっ……俺、だいぶ頼りないからさ! めっちゃ泣きつきに行くからな! 覚悟しとけよ!」
「頼りないのは存じ上げておりますわ」
「望むところにゃー!」
夜のベリラル、サナの実家跡地にて、場違いにもほどがある笑い声が響き渡ります。けれど、これからはこの場所も、笑顔溢れる場所となれば良いと、願わずにはいられまんでした。





