初代勇者と初代魔王
こうして、何年もの時が過ぎ……立派な青年となったネオはついに妹が閉じ込められている洞穴へと一人旅立ちます。あれからネオは、人一倍努力を積み重ねました。すこしでも早く、サーシャを迎えに行く、ただそれだけのために。その甲斐もあってネオは驚くべき速さで魔力制御の術を覚えました。それでも、十年はかかったといいます。
十年。それは、一人なにもない洞穴で過ごすには果てしなく感じる年月だったにちがいありません。食べるものも確保できず、怪我や病気になっても簡単には治らなかったでしょう。もしかしたら、洞穴には魔物がいて、魔物に襲われている可能性だってありました。
サーシャが、生きている可能性はほぼゼロでした。それでも、ネオは諦めなかったのです。両親や、教会の人々が何度もネオに声をかけます。
「もう、諦めるんだ……サーシャのことは」
「いくらなんでも、生きているわけないだろう! 頼む、現実を見てくれ!」
サーシャを助けるために、一心不乱に訓練を積み重ねてきたネオは、将来のことなどそっちのけで生きてきたのです。親も教会の人物たちも、能力が高く有能な若者が世の中に目を向けようとしないことに焦っていました。この能力を、世の中のために活かせば良いのに、勿体ない、と。
「僕が諦めたら、誰がサーシャを救うの? サーシャは、なんにも悪くないのに。例えもう生きていなかったとしても、サーシャの生きた証を絶対に迎えに行くんだ。そしてもう二度と、離さない」
亡骸となっていたなら亡骸を、無残にもバラバラになっていたとしても、その一欠片でも必ず持ち帰るのだというネオの決意は揺るぎませんでした。
それでもなお、あれやこれやと説教を続ける大人たちを振り切って、ネオは一人旅立ったのです。
「ここだ……あんまり、変わってないな。苔や蔦が増えたか、な?」
ドキドキする胸を押さえ、ネオは光魔法を放ちました。生き物の気配などを感知できる探索魔法です。
「! ……いる。サーシャは、いる、生きてる……!!」
その瞬間、ネオはすぐにサーシャの気配を感じ取りました。十年間離れ離れであったのに、すぐにそれがサーシャであるとわかったのです。心が、魂が震えるのを感じたネオは、すぐさま洞穴を塞ぐ大岩を破壊します。
「奥の方にいるみたいだから、派手に行くぞ!」
こうして山全体に響き渡るのではないかというほどの轟音を上げてネオは大岩を破壊しました。サーシャに気付いてもらいたいという意図もあったのでしょう。
「サーシャ! サーシャぁぁぁっ! 僕だ、ネオだよ!」
洞穴の奥まで響いたのではないかという声でネオは叫びました。声が枯れるまで叫びながらネオは足を進めます。そうして……ようやく見つけたのです。
「サーシャ。サーシャだろう?」
「…………」
洞穴の最奥の片隅に、真っ黒な塊がありました。ネオは迷わずそのかたまりに向かって声をかけました。
長い間暗闇にいたから、きっとこの光魔法が眩しいのだろう、とネオは光を弱くしました。ずっと飲み食いしていないのなら、声が出せないかもしれない、もしかしたら怪我や病気で動けないのかもしれない、と治療の魔法もかけました。体力回復薬もかけました。それでも、黒い塊は反応しません。けれど、肩がゆっくりと一定の動きを見せていましたので、呼吸をしているのだということはわかりました。ネオにはそれが、とても嬉しかったのです。
「遅くなってごめん。やっと、サーシャの闇の魔力を抑えられるようになったんだ。生きていてくれて、すごく嬉しい」
けれど、ネオがそう声をかけた瞬間、怒りのような、怨みのような、憎しみのような感情がサーシャから溢れ、闇の魔力となって一気に放出されたのです。突然の事にすぐ対処できなかったネオは、そのまま吹き飛ばされます。闇の魔力には物を破壊する力まではないので、ネオは怪我をせずにすみましたが、思い切り壁に打ち付けられてしまいました。
その時、黒い塊が立ち上がります。もはや骨と皮しかないのではないかというほど痩せ細った折れそうな足でなんとか立っています。おそらくは、闇の魔力のおかげで立てているのでしょう。絡まってボサボサの髪は立ち上がっても床について引きずっています。
「サー、シャ……お前……あの頃のままで……!」
十年が過ぎたというのに、サーシャの姿は閉じ込められたころから全く成長していませんでした。生きるために、身体が成長を止めたのかもしれません。泣きながら助けを求めるあの頃と違うのは、髪の長さや痩せ衰えた身体。髪で顔は覆い隠されているのでわかりませんが、容易に想像できました。
「……待ってた」
長い沈黙のあと、掠れた声でサーシャが言いました。その一言に、ネオは喜び表情を明るくさせましたが、次の一言で一気にどん底へと叩きつけられたのです。
「殺して。あんたが殺してくれない限り、私は死ねないの……」
「え……」
救いに来たはずなのに、その妹は自分を殺せと言うのです。ネオの思考は停止しましたが、サーシャはなおも続けます。
「お腹が空いても、死ねない。岩に頭をぶつけても、死ねない。高熱が出ても、死ねない。毒物を食べても、死ねない。魔物に食われても……死ねない。死ねない、死ねない、死ねない……! 楽になりたいのに! 地獄の苦しみが終わらないの! 終わらせて! 終わらせてぇぇぇぇぇ!!!!」
悲鳴のような叫びは、ネオの脳内にガンガンと響き渡りました。と同時に、濃厚な闇の魔力が溢れ出して洞穴内を埋め尽くし、そしてそれは洞穴内に収まることなく、ネオが入ってきた入り口から外へ漏れ出しました。
「お、落ち着いてサーシャ! とにかく魔力を抑えるんだ! じゃないと、外が魔物で溢れて……」
「できない! わからない! どうしたらいいの!? もう、いやぁぁぁぁ!!」
魔力の制御の方法を教えてもらい、毎日死ぬ気で努力を重ねてきたネオと違って、外の世界から切り離されていたサーシャはそんな術を持っているわけがありませんでした。むしろ、この膨大な闇の魔力を日々放出し、爆発させ、洞穴の中で溜まりに溜まった魔力も、今の放出で一気に外へと飛び出しました。狭い入口から思い切り溢れたせいで、洞穴は崩壊寸前です。
ネオは、しばし呆然とその様子を眺めることしかできませんでした。想像よりも遥かに過酷だったサーシャの置かれた環境に、声も出せずにいたのです。
ですから、ただ。ただただ、無言でサーシャを抱きしめました。
「こ、ろし……」
「うん。わかった……わかったけど、もう少しこうさせて……!!」
魂に、響いたサーシャの望み。それをネオは正確に読み取りました。この絶望から、サーシャを救うことはできないのだ、と。いくらこれから先、幸せに暮らそうとネオが手を差し伸べても、サーシャの闇の魔力をネオが制御できたとしても、これまでの苦しみを完全に消すことはできず、サーシャは生涯それに苦しみながら生きなければならないのだ、と。
少なくとも今世で、サーシャの幸せを取り戻す事は、不可能なのだと。
「ねぇ、サーシャ。僕らはきっと、また生まれ変わってしまうよね。この大きな光と闇の魔力は、誰が与えたんだろう……」
ネオは、サーシャを抱きしめながら静かな声でそう話します。
「……その度に私は、また魔物を呼んで……人を傷つけて、人に、傷つけられる、の……? 私は、死んだ後も救われないって言うの……?」
か細い声でサーシャは言います。絶望を感じさせるその声を聞いて、ネオは抱きしめる力を強めました。
「必ず、僕が見つける。何度生まれ変わっても。今度は、ここまで待たせないから……! 今度こそ、サーシャを幸せにしたいんだ」
死んだ後のことなど、知る由もないのに。ネオの言葉はなぜか信じられるような気がしたのです。サーシャは、もはや枯れ果てたはずの涙を一筋流しました。
「……ネオも、ここで一緒に死ぬ気なのね?」
「もちろん。サーシャのいない世界なんて、考えられないから。もう二度と、離れないから」
それだけ言うと、ネオは剣に光の魔法を纏わせて、涙を流しながらサーシャを貫きました。再生する様子のない刺し傷を見て、サーシャはようやく安心したように微笑んだのです。
「ありが、とう……ネオ。大好き。ネオだけが、私を救ってくれた……」
「サーシャ! サーシャ、サーシャ……! 僕も、行くからね」
こうしてネオは、サーシャを抱きしめながら崩れていく洞穴の瓦礫の下敷きとなったのでした。





