秘密の告白
「ナオ、魔王はやっぱりこの先にいますの?」
体力と魔力の回復を終え、再び出発しようとした時、フランチェスカが確認の意味も込めて尋ねます。ナオはそれに対してうーんと唸り、それから何かを決意したように口を開きました。
「……サナ、俺、みんなに話すよ」
「……うん、それがいいと思う」
サナと二人で共有していた秘密。実のところ、魔王の気配がわからないこと、行くあてがないからひとまずフラフラ旅をしながら、気長に探そうと思っていた事、ベリラルという行き先は、単純にサナが故郷に行ってみたいからという理由で決めた事。結果的にそのベリラルが魔王の闇の魔力を色濃く感じたからこの先に向かおうとしている、という事をナオは素直に打ち明けます。
話し終えた後、しばらく沈黙が流れました。フランチェスカとエミルは無表情でナオを見ています。ご立腹でしょうか。
「エミル」
「うにゃ、先にどーぞにゃ」
「そうですの? では、遠慮なく」
そうしてついに口を開いたかと思えば、表情も目線も一切動かす事なく、目は据わったままです。とても怖いですね。仕方がありません。黙っていたナオが悪いのですから。
「歯を食いしばりあそばせ」
「っ!」
フランチェスカは一言そう告げた後、思い切りナオの頰を叩きました。次いで、エミルがもう一回行くにゃ、と反対の頰を叩きます。パシンと乾いた音が辺りにこだましました。
「どうですの? エミル」
「うにゃ! すっきりしたにゃ!」
「わたくしもですわ」
二人は平手打ちした後、その前とは違ってそれはそれは晴れやかな表情を浮かべておりました。先ほどまでの静かなる怒りは収まったようです。なんとも清々しい。気持ちの良い性格ですね、本当に。
「ナオ」
「は、はい……」
それから二人はナオに向き直り、彼を呼びました。ナオはヒリヒリするであろう頰を軽く押さえながらも、しっかりと二人の視線を受け止めます。
「とても重要な話を、隠されていた事……怒りよりもショックでしたわ」
「そうにゃ。エミルたちは仲間なのにゃ。相談して欲しかったにゃ……」
「……ごめん」
二人の言い分は最もですね。みんなで力を合わせて魔王を倒すというのが目標なのに、それを黙っていたというのは信用していない、というのと同じですから。事実、二人に怒られるかもしれないと思って黙っていたようですからね。あの時はまだ、信用しきれていなかったのでしょう。
「でも、今話してくださいました。それは、わたくしたちを、信用してくれた、と思って良いのですわね?」
「それは、もちろん!」
そして、サナにだけ話したのは、まったくの無関係な一般人だったからでしょう。しがらみもなく、使命もなかったのに巻き込まれ、ナオは負い目に感じていましたし。あとは、なんとなく話しやすい雰囲気を持っていますからね、サナは。
「謝罪しますわ。わたくしたち、きっと無意識にナオに頼りきりだったように思いますの。どこか、魔王を倒すのはナオなのだから、と」
「相談しにくい、そんにゃ風に思わせたのは、エミルたちも悪いのにゃ。だから、エミルたちのことも殴っていいのにゃ!」
「ええ。思い切り殴ってくださいませ。それで、仲直りといたしましょう?」
二人はそういうと、ギュッと目を瞑って頰を差し出しました。それに慌てたのはナオです。
「えっ、ちょっ、無理だよ! 女の子は殴れないし! そもそも俺が悪かったし!」
そうは言ってもこちらだけ叩くのは不公平だ、と二人は言いますが、なら最初に叩かなければいいのに、と私は思うのですけれど。まぁ、思うところがあったのでしょうね。感情とは複雑なものですから。
「あ、あの……私も。知ってたのに黙ってたから、殴っても、いいよ?」
「ああ、サナ。サナはなんにも悪くありませんわ。きっと黙ってて欲しいと頼まれたのでしょう? 約束を守ったサナに悪いところなんて一つもありませんもの!」
「えらいにゃ、サニャ!」
でもそれじゃあ気が済まない、とサナがいい、早く殴りなさいとフランチェスカが問い詰め、エミルも自分だけ叩いては申し訳ないにゃ、と耳を垂れさせています。ナオもいくら頼まれても無理だと慌て、それぞれがあたふたと主張をしあい、収集がつかなくなってきました。
これ、いつまで続くのでしょうか。
「…………ぷっ」
「……ふふっ」
「にゃはっ……」
「は、ははっ」
途中、わずかに生じた沈黙の間に、それぞれが顔を合わせて吹き出しました。どんよりとした薄暗いベリラルの街で、四人の笑う声だけが浮いているように思えます。
「本当にごめん。もう二度と、隠し事はしないって約束する」
ひと笑いした後、ナオがきっぱりと言い切りました。
「わたくしも、叩いてごめんなさい。信用してくださって、嬉しかったですわ」
「エミルもごめんにゃ、ニャオ! もっと頼って欲しいにゃ!」
続いて二人が笑顔でそう告げます。
「私も、一緒に黙っててごめんね。出来ることは少ないし、迷惑かけるけど……私にも頼ってほしい、な」
最後に控えめにサナが言いました。四人はそれぞれの言葉に深くうなずき合い、そして前を見据えました。
「さあ、行こう。この先に魔王がいるのかはまだハッキリとは言えないんだけど……行けば、何かがわかる気がするんだ」
「それは、勇者の勘にゃ?」
「そうだな。勘だ!」
「それなら、間違いはありませんわね。迷うことなどありませんわ。行きましょう」
こうして、また一つ仲が深まった四人は歩き始めました。重々しかった足取りも、先ほどに比べて少し軽くなったように見えます。
……ですが、この先は。
ナオが見つめたその先にあるものを、私は知っています。もしや、目的地はそこなのでしょうか。……とても、嫌な予感がします。かつてないほど、この胸がざわつくのです。
『ざわつくでしょう? 胸が』
その時、背後からなんとも嫌な声が聞こえてきました。人を見透かしたかのような発言を、嫌味な声で告げてくるのは一人しかいません。
……エーデル。何の用ですか。
『そろそろ、私の出番かと思いましてね』
エーデルは、相変わらず目を閉じたまま、口元に笑みを浮かべてそんなことを言いました。とんでもありません。あなたの出番などありませんよエーデル。大人しく部屋で……
『いいえ。私の出番です。そうでないと……彼らはきっと、何もわからないままですよ』
私の言葉を遮り、エーデルはさらに話し続けます。
『それは、あなたも知っていることです。ねぇ、ジネヴラ』
エーデルは私の側までやってくると威圧を放ち、顔を寄せて耳元で囁きました。
『いつまで、隠すつもりですか?』
あまりの出来事に、この私が思わず言葉を失ってしまう事となったのです。





