心の死
「身体の成長が止まる……そ、そんなことって、起こるものなのか?」
ニキータの話に、いまだに信じられないと言った様子でナオがつぶやきました。そんなナオに、ニキータは鋭く睨みをきかせます。
「どう思おうが勝手だけれどねぇ、事実だもの。この身体は確かに十七よ? でも、この通り。見た目はまだ十二、三くらいでしょぉ? 疑うならあとでサナちゃんに聞いたらぁ?」
ふん、とナオから顔を背けたニキータは、普段の色っぽい雰囲気とは少し違って見えました。
ああ……なるほど。わかりました。私は彼女のことを少し誤解していたようですね。ニキータは、つまりはオースティンと同じなのです。自分の人生を持っていて、自分としての身体がないことに、納得がいかないのです。だからこそ、私に反抗し、自分と同じ考えを持つオースティンを引き込もうと揺さぶり、同じように子どもたちにも絡んで……
そして、サナが邪魔だと思っていたのでしょう。それが良い事とは決して思えませんが、彼女はきっと……
『さみしい、のかな。ニキータは』
サナが、答えを出しました。ええ、そう思います。私もたった今気付きましたよ。もっとはやくに気付いていれば、対応も変えられたのに。反省が必要ですね。私がそういえば、サナはゆるりと首を横に振りました。
『人の心を理解するのは、難しいよ。わからなくて、当然だよ』
そう、ですね。たとえ、同じ身体を共有していても、私たちは別人。心を理解し合うことが、そう簡単にいくわけはないのです。
「心が成長を拒否……一体、何があったんですの?」
そんな中、フランチェスカは痛ましそうな表情でこちらを見ていました。チラとサナの様子を伺えば、覚悟はできていると言わんばかりの真剣な表情で頷いています。視線はスクリーンから動いていません。
構いませんよ、ニキータ。話しておあげなさい。
「ふぅん、いいんだ。それを聞いて、サナちゃんがどうなっても、あたしのせいにしないでよね」
「えっ、あの、無理にお話されなくても……」
「いーえ、話すわよ。ここまで来て聞かないなんてこと、ないわよねぇ? んふふ、なかなか壮絶よ? 聞いた後に、サナちゃんへの対応が変わらないといいけどぉ?」
無理に聞き出すのは憚られると思ったのでしょう、フランチェスカが戸惑っていましたが、それがニキータ悪戯心を刺激したようです。嬉しそうに笑いながら、ニキータは告げました。
「殺されたのよ」
「……え?」
ナオの戸惑う声を無視して、ニキータはさらに説明を続けます。
「サナちゃんはねぇ。何度も殺されているの。ナイフで刺されたり、川に沈められたり、食事を与えられなかったり、ひたすら殴られたり……色々! 一通り、試されたんじゃないかしらぁ?」
話を聞いた彼らはもはや、絶句といった様子でした。顔色も悪いですね。サナは……同じように青ざめてはいますが、心にショックを受けている、というより純粋に驚いているようですね。自分の身に起きたこととは思っていないようです。ひとまず、安心ではあります。
「でね? 誰に殺され続けたと思う……?」
ニキータは声を潜め、どこか楽しそうに溜めを作りました。こういうところは性格が悪いと思いますね。
「両親よ。実の、ね」
「そん、な……!!」
「あはは、いいわねぇ、その反応! 話し甲斐があるわぁ!」
何が楽しいのか、ニキータは声をあげて笑います。
「ベリラルの国民性なんでしょ? ふふ、容赦なかったんですって。あーあ、あたしもその現場見てみたかったわぁ。痛いのはごめんだけどねぇ……ま、つまり」
ふぅ、と笑い終えた後のため息をはいたニキータは、口元に微笑みを残したまま、話を締めました。
「何度目に死んだのかはわからないけどぉ、見事にそのせいで、心が死んじゃったってわ、け。わかったぁ?」
話を聞き終えた三人は声が出せずにいました。それも仕方のないことです。あまりにも重たい内容でしたからね……沈黙を破ったのは、ナオでした。そっとニキータに近付き、痛ましそうな顔でニキータの顔を覗き込みます。
「話してくれて、ありがとう、な……その、ごめん。大丈夫か?」
それからそっとニキータの頬に手を伸ばしたナオでしたが、触れることは叶いませんでした。伸ばされた手を、ニキータが思い切りはたき落としたのです。ナオは驚いたように目を丸くしました。
「気軽に触らないで。あたし、男なんて大っ嫌いなの」
憎悪とも取れる感情を露わにしたニキータは、そのまま三人を無視して先を歩き始めました。背後から、ごめん、という呟きが聞こえた気がします。おそらく、一瞬呆気にとられたのでしょうが、三人は慌てて後から付いてきているようですね。
彼女が男を嫌うのは、当然です。そもそも、ニキータが生まれるキッカケとなった事件が、サナが男に襲われかけたせいでしたから。
あれは、ベリラルから出て、カルニア国にあるルフェリオという街に辿り着いた時の事でした。
アリーチェが住んでいた場所一帯を掃除した後ですね。ミオが大泣きしたことで近くに住む人たちが皆混乱し、気絶する人が多数いた時を見計らって、私たちはベリラルを抜けました。呪いはかけられていませんでしたし、見張りも皆、気を失っていましたので、国から出るのは驚くほど簡単でした。本当に、この国を抜け出すのは困難なのかと疑問に思えるほどに。まぁ、抜け出せない理由は呪いですからね。それさえなければどうとでもなったのでしょう。
時に街で盗みを働き、森で獣を狩ったりしながら、どうにか山超えを果たした私たちは、それ以降は当てもなく歩き続けていました。その頃はまだ、魂同士で協力し合うなど言っている場合ではなく、行き当たりばったりでその日その日を凌いでいました。私も皆の特性を理解し、把握するのでいっぱいでしたからね。頻繁に起こるチェンジでの混乱をどうにか対処するだけで気付けば時間が過ぎていました。
そんな生活をしていれば、いやでも人の目に付きます。衣服は薄汚れていましたし、子どもが一人で街をフラついていれば、きっと孤児か何かだろうと思われていたことでしょう。実際、孤児みたいなものでしたが。
ほとんどの人は目を逸らしましたが、汚いから寄るなと石を投げられたりする事もよくありました。そして当然──
「おい、こいつ、女だぜ?」
「まじかよ、きったねぇからわかんなかった! 使えるな……?」
「おいおい、お前、正気かぁ? こんな子どもによぉ!」
こうしたタチの悪い男も寄ってくるのでした。幸いと言うべきか、当時はまだ身体の年齢相応の子どもでしたから、性の対象になることは滅多にありませんでしたが、世の中にはそういった趣味の人もいます。何度となく、襲われそうになったものです。
『虫唾が走る』
もちろん、全て未遂で終わりました。当時はまだこちらの言うことをすぐに聞くタイプではなかったルイーズでしたが、そういったことを許せない彼女がその都度、男たちを倒してくれましたからね。
けれど、幾度となく下品な男の目に晒されて、いやらしい目つきを向けられ、見たくもない男たちの裸を見させられ続けたサナの精神は限界でした。
「もう、やだ……利用されるの……」
男に対する憎しみのような感情を抱いたサナは、ついに心の中に新たな魂を誕生させる事態となったのです。





