上位魔物
「にゃ、ニャオ……」
「ああ、ヤバそうだな」
森を抜ける旅路は順調でした。ええ、今この時までは。やはり魔王の力は少しずつ覚醒してきているのでしょうね。そんな事を実感させられます。
「ここは、皆で協力しましょう。サナは下がっていてくださいな」
「は、はい……!」
大型の魔物を、確認してしまったのですから。
耳は尖った小さな形、全身濃い焦茶の毛で覆われ、二足歩行をしています。尻尾は太く長く、自在に動かせるようですね……まだこちらには気付いていないようですが、それでも漂うオーラが恐怖を感じさせます。
手足の先にある太く鋭い爪や、大きな口から見える牙が武器となるのでしょう。ですが。
「二足歩行の魔物は魔法を使う。あの魔物は風の魔法だな。一度戦ったことがあるから」
その通り、魔法を使う魔物なのが厄介です。けれど大型の魔物はあまり群れを作らず、単体なのが救いではありますけれど。
珍しい魔物ではありませんが、上位魔物に位置付けられ、それなりに強いのですよね。ルイーズでさえ戦ったことはありません。見つけたことはありますが、戦えば無傷ではいられませんからね。ソロでしたし、無理はさせられなかったので逃げるように指示をだしたのを覚えています。
「そ、その時は討伐出来たのにゃ?」
「他の冒険者と協力してやっとだったかな。でも二年前だし、今の俺はあの時より強い」
しっかりと魔物を見据え、腰に下げていた剣に手をかけたナオ。それからニコリと笑って付け足しました。
「それに、心強い味方もいるしな!」
「! 援護はお任せくださいませ!」
「うにゃ! エミルは敵を撹乱させるにゃあ!」
こうして三人は頷き合い、動き始めました。エミルが低い姿勢で飛び出すと同時に、フランチェスカが弓で魔物の首筋を狙いました。ビュッという力強い風切り音の直後、恐らく狙った通りの軌跡を辿り、矢が美しい弧を描きながら飛んでいきます。魔法で補助もしているのでしょう、強度もあります。素晴らしい腕前ですね。
矢は命中し、しっかりと刺さったかのように思えました。けれど、流石にあの硬そうな毛並みには弾かれてしまったようです。でも、気を引くことには成功しました。
「こちらを見ましたわ!」
標的を見つけたとばかりに、魔物は怒りの咆哮をあげます。ビリビリと空気が震え、周囲の木々が揺れました。咆哮に風の魔法も乗っていたのでしょう。
ダメージはないものの、攻撃された事を理解したのですね。と同時に誰が攻撃してきたのかもわかったようです。流石は魔獣と違って知能が高めなだけあります。魔物はこちらに向かって駆け出そうと体勢を変えました。獣特有の四足歩行スタイルに切り替えた様子。飛び出せば一瞬でこちらに辿り着くでしょう。
だというのに、フランチェスカは怯む事なく冷静に次の矢を宛てがっています。
「きゃ……っ」
「大丈夫ですわ、サナ」
ここまで大きな魔物を目の前で見た覚えのないサナは、思わず小さく悲鳴を漏らし、身体を縮こませます。お陰で戦闘の様子が見えなくなってしまいましたね……けれど、そんなサナに、フランチェスカが声をかけました。おかげで、恐る恐るですがサナがそっと目を開けてくれました。ああ、見えますね。
「隙だらけ、にゃっ!」
「エミル!」
ちょうどその時、エミルが魔物の足の下に潜り込み、手足を爪で斬りつけました。俊敏な動きで足の下から飛び出したエミルは、その後跳躍して近くの木の枝に飛び乗りました。身体能力の高さに惚れ惚れしますね。その様子をサナが目を丸くして見ています。
「仲間は、信じるものですわ。しっかり見ていてくださいませ、サナ。わたくしたちは、ちゃんとチームとして戦闘の訓練を重ねてきたのですから」
「う、うん! ちゃんと、見るね!」
まだ少し怖いのか、手を震わせていたサナですが、背筋を伸ばしてキチンと戦闘を見ようと顔を上げました。ああ、サナも少しずつ成長しているのですね……
手足を傷付けられ、ガクンと体勢を崩した魔物。その隙を見逃さないのは、我らの勇者ですよ。サナも、そんな彼の姿を目で捉えました。
「っらぁぁぁぁ!!!」
魔物の真横に向かって駆け出したナオが、剣を上段に構えて叫びます。剣は炎を纏っているようですね。ナオの勢いのある炎の剣が、そのまま魔物の首筋へと振り下ろされました。
「っ!? くそっ」
しかし、あと少しという所で魔物が爪でその攻撃を防ぎました。炎を纏っているので、魔物にもそれなりにダメージは与えられたようですが、致命傷とまではいきまさんでした。そのまま互いに押し合い、一度仕切り直しと考えたのか、ナオが後ろへと跳んで引きます。魔物とナオの睨み合いが続きました。当然、これまでの攻撃から、魔物はエミルやフランチェスカの事も警戒しているようです。
「やはり、そこまで甘くはないか」
「まだまだこれからにゃ!」
ニヤリと笑いながら呟くナオに、エミルが元気に答えました。そうですね、奇襲は失敗しましたが、まだ出せる手はあるでしょう。
「エミルは無理に攻撃はしなくていいからな!」
「隙があればやるにゃ!」
そう言って二人は同時に駆け出しました。ほぼ同時に、魔物が思い切り腕を振り、それによってカマイタチという、風で様々なものを切り裂く魔法が複数放たれました。
「きゃああっ!」
その一つがこちらに向かってきます。思わず目をギュッと閉じて硬直してしまうサナ。これはまずいですね……! ルイーズに、と思ったところで身体に衝撃が走りました。
「サナっ!」
声から察するにフランチェスカです。思い切り押されて、フランチェスカが覆い被さるように共に倒れこんだようです。感覚でしかわかりませんが……
『あらあら、何事?』
とこんな時にのんびりとした声が聞こえてきました。ア、アリーチェ!? こんな時になぜあなたが! 身体が倒れた衝撃で気付いたのでしょうか、野次馬でもしにいくかのようにアリーチェが支配者の席へと向かいます。
ま、待ってください! 今は戦闘中なのです。貴女が行っては危険……
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
ああ、間に合いませんでした。と言っても、彼女にはこちらの認識がないので、止めようもないのですが。
身体の使用者がサナからアリーチェへと変更されました。
「あらあら、大丈夫? お嬢さん。少し、退いてくれるかしら?」
「えっ、あ、ええ……あの、怪我は?」
アリーチェはマイペースにフランチェスカに話しかけます。フランチェスカは戸惑いながらもゆっくりと身体を起こしてアリーチェに怪我がないか尋ねました。どうやら、フランチェスカにも怪我はなさそうですね……安心しました。
「んん? ……あら、そういう訳なのね? お嬢さんが助けてくれたのね。ありがとう。私は平気よ」
フランチェスカに手を引かれながら上体を起こしたアリーチェは、周囲をキョロキョロ見回しました。魔物と交戦中のナオとエミル、そして自分たちの近くにある木が鋭い何かで折れかけている事。これは、フランチェスカが避けてくれていなければ、私達がこうなっていましたね。間一髪でした。
そういった状況判断を経て、納得したようにアリーチェはお礼を言ったようです。けれど、相変わらずのんびりとしています。慌てられるよりは良いのですけれど……まだ戦いは続いていますので些か不安ですね。
「あの子達、まだ若いのに一生懸命ね。怪我をしないか心配だわ」
そう言いながらアリーチェはナオとエミルを見ながら頰に手を当てました。それからやれやれ、といったようにため息を吐き、腕まくりをしたのです。
アリーチェのスキル、パーフェクトハウスキーパーが発動した様子。
「お掃除しなきゃいけないわね!」
い、一体何をするつもりなのです、アリーチェ!?





