腕まくり
「朝だにゃーっ! みんにゃ、起きるにゃあっ!!」
エミルの元気いっぱいな声で、私たちは文字通り飛び起きました。大声を出しつつ私たちの身体の上にダイブしてきたのです。以後、見張り役はエミルを最後にするのはやめようと、おそらく皆、心で決意をしたことでしょう。
「うぅっ、エミル、痛いよー! もっと優しく起こして?」
「そうですわ! 心臓にも悪いですし、少し声をかけてくださるだけで起きられますもの」
「うにゃ? だって、最初はそうやって起こしたのにニャオが全然起きにゃいんにゃもん」
お前のせいか、とサナとフランチェスカは同時にナオを睨みつけました。サッと視線を逸らした辺り、ナオも勘がいいですね。
「私、もしナオを起こす事があったらエミルみたいに飛び乗ることにする」
「わたくしはナオの剣の柄で突きますわ」
「起きる! ちゃんと起きるからっ!」
物騒な言葉に両手を前に出して後ずさるナオ。それなら安心だと満面の笑みを浮かべる二人の顔には、これで起きなければ遠慮なくやる、という意思が感じ取れます。御愁傷様ですね。
「さ、早く交代で顔を洗ってきましょう。それから朝食をとってすぐに出発ですわよ!」
パン、と手を鳴らして指示を出すフランチェスカに従い、みんなはそれぞれ動き始めました。夜の間これといって異常がなかったため、皆体調もすこぶる良さそうですね。魔王の動きが活発になるに連れて、魔物の凶暴化も進みますから、まだ比較的安全だという証でもあります。勇者が動き出しましたから、今後は魔王も動き始めるとは思いますが……その辺りの動向にも気を配る必要がありそうです。
「んー、朝食はどうしようかな。今日中に町に着くだろうし、余った食材も悪くなるから朝と昼で使い切りたいよね」
いち早く準備を終えたサナが、フランチェスカの出してくれた食材と睨めっこしながら一人唸っています。あぁ、残った材料で何かを作る、というのはサナは少し苦手ですよね。基本的な事は大体できるサナですが、応用までは出来ないことが多いのです。
『あらあら、こんなに食材があれば十分じゃないの。朝と、昼、それから保存食も作れちゃうわね』
と、こんな時にいつも現れる婦人がやってきました。アリーチェです。彼女は私たちのことを認識していないのですが、サナが家事について悩んでる時に大体現れます。タイミングの良さはナンバーワンですね。スタスタと支配者の席に向かうアリーチェ。そこが支配者の席とわかって向かっているのではなく、食材があるから向かっているだけですけれど。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がサナからアリーチェへと変更されました。
「さ、手早く終わらせちゃいましょうねー」
アリーチェはスキル【パーフェクトハウスキーパー】を無意識に発動しました。どうも、腕まくりをするのがスキル発動のキーのようなのですよね。ある意味便利な仕様です。
こうして、腕まくりをしたアリーチェは、信じられない速度で野菜を洗い、切り、煮込み、どんどん調理していきます。
「野菜クズは細かくきって炒めてしまいましょう。この野菜は漬けておけば長持ちするから非常食にピッタリね。干し肉はまだ持ちそうだから少しは取っておきましょう。あら、魚のアラもちゃんと残ってるじゃない。今日はご馳走だわ!」
一人、鼻歌を歌いながら次々に料理を完成させていくアリーチェ。その様子を、準備を終えて戻ってきた三人がぽかんとしながら見つめています。
「美人なお嬢さん、これは昼食になるから保存しておいてちょうだい」
「わ、わたくしのことですの? わかりましたわ……」
「そこの猫ちゃんはこのパンを全部、半分に切ってくれるかしら? できる? 手を切らないように気をつけるのよ?」
「猫ちゃん……わ、わかったにゃ!」
動かす手を止めることなく、ついでに指示も出していくアリーチェ。相変わらず惚れ惚れする仕事ぶりですね。素晴らしいです。
「ほら、そこのお兄さんはボーッとしてないで出来た朝食を並べてちょうだい。そのくらいできるでしょう?」
「は、はい! すぐに!」
こうして、あっという間に残った食材の調理が完了し、簡易食卓に朝食が並べられました。炒め野菜と干し肉が挟まれたサンドイッチには、クズ野菜とオイルで作った特製のドレッシングがかけられています。スープは昨日とは違い、細かく野菜が切られているためすぐに煮込み終わり、チーズのトッピングもされているため、トロトロで熱々の絶品スープになっていました。
「昼食用には小麦粉で作った生地に炒め野菜をトッピングしたピザがありますから、食べる前に火魔法で焼いてくださいね。誰か出来る? ああ、あなたね? よろしくね! スープはお昼用にも残しておくといいわよ。さぁ、召し上がれ!」
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がアリーチェからサナへと戻ります。
「あ、あれ……? いつの間に、ご飯が……?」
「え、あ、サナ?」
そして、仕事を終えるとすぐに戻ってくるのがアリーチェです。本当に、仕事する為だけに出てくるのが不思議ですね。使命感のようなものがあるのかもしれません。アリーチェは、嬉しそうに自分の部屋へと戻っていきましたから、全く気にしていないようですけれど。
「えっと、じゃあ、まぁ。ありがたく、いただくか!」
「そ、そうですわね!」
疑問符を浮かべたままのサナに触れず、無理矢理食事を始めるナオたち。サナもまた、いつもの事かと思考を切り替えて食事を始めました。
ああ、みんなの表情を見るに、とても美味しいようです。感謝しますよ、アリーチェ。私たちの言葉は伝わらなくとも、この気持ちだけでも届くと良いのですが。
「今日は少しペース上げて進むぞ。出来るだけ早めにポルクスに着きたいからな」
「そうですわね……あの町は外からの訪問者が多い割にそんなに大きくはない港町ですし。出来れば宿を取りたいですものね」
なるほど、普通に向かっても陽が落ちきる前には着きますが、宿が取れない可能性もあるわけですか。食事は摂れたとしても野宿になる可能性は確かにありますね。それに、魔物との戦闘もあるわけですし、何に時間を取られるかわかりません。
「ん、足手纏いにならないように頑張る」
「んにゃ! 途中、遅かったらエミルがおんぶしてやるにゃ!」
「うっ、そうならないように頑張るもんっ!」
体力のなさを自覚しているサナが両拳を握って意気込むと、エミルがにゃははと笑いながらサナの背を叩きます。頬を膨らませて抗議するサナは、本当に子どものようですね。
「けどさ、本当に無理はすんなよサナ。なんなら俺がおぶって……」
「その時はエミル、ごめんだけどよろしくね!」
「まかせるにゃ!」
「遮るなよ……」
ナオは軽く落ち込んでいますが、サナが萎縮せずにエミルに助力をお願いできたのは彼のおかげですね。計算かどうかは微妙ですけれど。
「さあ皆さん、食べ終えたなら早速移動しますわよ! 少しの時間も大切にしませんと!」
絶妙なタイミングでフランチェスカが声をかけます。実質、このパーティのリーダーは彼女ですね。頼りになります。
フランチェスカの声に反応したサナたちは、各々で手際よく荷物をまとめ、ポルクスに向けて歩き始めました。さて、サナはどの程度動けますかね?





