深夜の語らい
「適当すぎない……?」
「自覚はあるぞ」
呆れたような眼差しをナオに向けてサナは答えました。ナオ、それは自信を持って言うことじゃないです。
「はっきり居場所がわかるようになったらさ、真っ先に教えるよ。だから、それまで……みんなには内緒にしてくれないか?」
「勝手に話しておいて勝手に秘密の共有を求めるなんて……ほんっとうに身勝手!」
「ごめん」
謝っておきながら真っ直ぐサナを見つめる様子に、サナはため息を吐きました。反省はしていなさそうですしね。無理もありません。
「……行きたいところって言われても。そんなにすぐには思いつかな……あ」
「お、あんのか?」
途中で何かに気付いたようにサナが言葉を切りました。珍しいですね、サナが自分の望みを口にするなんて。けれど、様子がおかしいですね。望み、とは違うようです。
「行きたい場所、じゃないんだ。むしろ、できれば行きたくないっていうか……行くのが怖い場所ならある」
「それはもはや、行きたくない場所なんじゃないのか? それならその場所を避けて……」
「ううん、行ってみたいの」
サナの言葉は支離滅裂と言えます。ですが……ここまでくれば言いたいことが私にもわかってきました。そうですか、サナ。貴女はそこに行きたいのですね……?
「……それは、どうしてって聞いてもいいのか?」
「……何となく」
「……オーケーわかった。聞かない」
でも場所だけは教えてくれないか、とのナオの言葉に、サナはしばらく悩み、そしてポツリと告げました。
「……ベリラル」
「……そりゃまた遠いな」
ベリラル。そこは海を超え、さらに山を越えた先、魔の森の向こう側にある国。サナの生まれ故郷です。
サナにはその時の記憶はほとんど残されていないでしょう。幼かったですし、あまりにも過酷な状況によって辛い記憶は封印されていますから。心を守るための自衛手段だったといえます。
つまり、そこへ行くということは、サナの記憶を刺激するということです。思い出しかねない、そういう事になります。できればこのまま思い出す事なく平穏に過ごさせてやりたい、というのが私たち魂の願いではあるのですが……本人の意思ならどうすることもできません。
この先、私たちにとっても厳しい道中になるでしょう。心の中の世界が荒れるのではないでしょうか。
ふと、スクリーンから目を逸らし、蠢く渦に目をやります。これも、大きくなるかあるいは暴走するか。未知の領域ですね。覚悟を決めなければ。
「よし。特に行っちゃいけない場所もないし、国を渡るのも勇者の特権で許可がおりてる。向かうか! ベリラルに」
「いいの……?」
「男に二言はない!」
「説得力はないけど」
「ひでぇな、おい」
軽口の叩き合いに、ナオもサナもクスリと笑みをこぼしました。
「でも、途中で魔王の居場所がわかったのなら、そっちに向かってよ?」
「おぉ、それはそうさせてもらう。なんせそっちがメインだからな!」
「よかったよ、覚えててくれて」
お前は俺をなんだと、とナオが呟いたところで、私の肩をルイーズが叩きました。仮眠は終えたのですね。
『変わっても平気か?』
そうですね、状況的にはナオしかいませんし問題ありませんが……サナの心は平穏ですし、起きていますから無理矢理交代する事になります。
『魂間の交代じゃないから頭痛ですむだろ』
ルイーズもそこそこ大きな魂の欠片の持ち主ですし、確かに大丈夫だとは思いますが……かなり酷い頭痛になると思いますよ?
『構わない。……夜の見張りするって約束だったしな』
律儀ですね。いいでしょう。
私が許可を出すと、ルイーズが支配者の席へと向かいました。それからゆっくりとサナを押し出すように、その席の場にルイーズが入ります。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がサナからルイーズへと変更されました。
「いっ……」
「! どうした、サナ!」
突如、頭を押さえて痛がる様子を見せたため、ナオが慌てて身体を支えてくれました。
「ん……? いや、ルイーズか。突然だな?」
「……まぁな。気にするな、すぐ治る」
「そう、か……?」
手をそっと差し出して大丈夫だと言うルイーズの言葉に、ナオはおそるおそる手を引きながらも心配そうに様子を窺っています。
そうして暫くした後、軽く頭を振ったルイーズがもう平気だと告げると、ようやくナオがほっと息を吐きました。
「なぁ、具合が悪くなったなら、もっと頼っていいんだぞ? お前もだけど、サナだって……なんだか全部を一人で抱え込んでるように見えるんだ」
相変わらず、心配そうな顔でナオがそう言い放ちました。その声は控えめながらも、どこか強い意志を感じさせます。
「それに、さ。お前たち、いつも一人だ」
ナオの言葉がパチパチと音を立てて燃える焚き火に落ちます。しっかりと声の届いたルイーズは、ナオを軽く一瞥すると、特に反応をするでもなく視線を焚き火に向けました。
「サナの時も、ルイーズの時も、他の誰かの時も。街の人とはそりゃ会話してたみたいだけど、特定の人物と一緒にいるところを見たことがないんだ。サナたちが一人で住んでた家だって……」
「だから何だよ」
ナオの言葉を遮って、ルイーズが目だけで彼を睨みつけました。
「生まれてすぐに親に捨てられ、受け入れてくれた優しい養父母でさえお手上げになって……でも、感謝してるからこそ仕方なく別々に暮らしてる。だから、あたしたちはいつも一人ぼっちで? 可哀想って言いたいのか?」
そう。長らく住んでる家には、私たちの他に誰もいません。自分の事は自分たちでどうにか出来るので問題ありませんしね。そもそも男爵家なんて、ほぼ一般市民とかわりませんから、メイドなど雇う余裕などないでしょう。
そんな中、私たちのために小さくとも家を用意していただき、籍を置くことを許してくれているのです。養父母には感謝こそすれ、酷いなどとは微塵も思っていませんからね。出て行く時も、自立したいという理由で自分たちから出て行きましたからなんの問題もありませんでした。角を立てる事なく、養父母を私たちから解放してあげたかったのです。まぁ、察していたでしょうけれど。
彼らは唯一、内心で思ってるだろう苦労を決して表に出しませんでした。いつも優しく、笑顔で接し続けてくれました。私たちは養父母を信用しているのです。心苦しく思ったがゆえの決断でした。
要するに、同情なんて不愉快でしかないのですよ。
「そう言って、軽い気持ちで仲良くしてやろうと近付いて来たやつらは、みんな思い知って去って行った。中途半端な気持ちであたしらに関わろうとすんなよ、偽善者が」
グッとナオは息を飲みました。それから少し申し訳なさそうな顔をし、そしてすぐに顔を上げて紫の瞳でしっかりルイーズの瞳を見つめます。
「軽い気持ちでもないし、仲良くしてやろう、なんて思ってない。仲良くなれたらいいとは思うけど……でもそれがお前の気分を悪くさせたなら、悪かったよ。けど、俺がお前に惚れたのは本当だ。お前の強さに。そしてサナの人柄にも」
ナオの言葉にふんっ、とそっぽを向いたルイーズ。やれやれ、本当はもう信用しかけているのに意地っ張りですね。
でも、その気持ちはとてもよくわかりますよ。
「……それがいつまで続くことやら」
「いつまでも、続けてみせるさ」
信じていたものに裏切られるのは……なによりも恐ろしいのですから。