小さな前進
「サナは、そんな誰かに会ってみたいと思いませんの?」
フランチェスカの、核をつく質問に私はどきりとしました。もし、不気味がられていたら……拒絶されたらどうしましょう。そう、私は、私たちは、サナに拒絶される事を何よりも恐れているのですから。
「そんな、どうやって会うの? 私の知らない間に現れているなら、会いようがないのに……」
「もしも、ですわサナ。もし、会う方法があるなら、どう思うのかを聞いているのです。会いたいか、会いたくないか。わからないなら、わからないでも良いのですわ」
そんなフランチェスカの質問に、サナは目を丸くしました。そんな事、考えたこともなかった、と。
ああ、心臓に悪いですね。私はこんなにも不安なのに、サナの心は平穏そのもの。……心が乱れていない、ということは、悪感情は抱いていないのでしょうか?
「会って、みたいかも。……うん、会ってみたいなぁ……」
平穏な上に、ほんのりと高揚したような気持ちの昂り。これは、サナの感情でしょうか。それとも私? いえ、どちらもですね。
「そうなのですね。なら、いつか会えると良いですわね」
「……うん。そんな事が、出来るのなら」
歓喜に震えました。
私の、地道な努力は無駄ではなかったと、実感できたのです。
サナが、意識をしてくれました。それは、とても大きな一歩です。サナさえ、望むなら。
必ず会えます。だってここは、心の中なのですから。
「にゃはは! 大漁なのにゃー!」
「まじ、エミルの本気すげぇのな。危うく獲りすぎるとこだった」
スープが出来上がったというところで、エミルの嬉しそうな声が聞こえてきました。とても良いタイミングで帰ってきたようですね。
「意外と早かったですわね」
「ちょうどスープが出来たよ」
それを、フランチェスカとサナで出迎えます。
「にゃ! 何匹かはもう枝に刺しといたにゃ。あとは焼くだけにゃあ!」
「いや、まて。塩は振っとこうぜ」
見れば確かにすでに下処理を終えているようです。抜かりないですね。と言いますか、驚くほど魚を獲るのが上手です。
「すごい、十匹はいるよね。これ、全部二人で獲ったの?」
サナが目を丸くして問うと、ナオがうっと言葉を詰まらせ、エミルがニヤニヤしながら胸を張って答えました。
「全部エミルが獲ったのにゃ! ニャオはぜーんぜん獲れにゃかったのにゃ!」
「ぐっ、で、でも下処理は俺がしたろ? 役立たずじゃないぞ!」
「うんうん、そこはよくやったにゃ」
「上からだなおい!? チキショー悔しい!」
二人が戻ってくると途端に賑やかになりますね。
こうして、揃って火を囲んだサナたちは、それは美味しそうに夕食を食べ始めました。焼き魚に、簡素なスープ、そして硬いパンは決して豪華な食卓とは言えないかもしれませんけど。
誰かと談笑しながらの食事。それはどんな高級料理店よりも価値ある食事であると言えるのです。サナは今日、久しぶりに幸せな夕食を堪能したことでしょう。私はそんなサナを見ながら、口元が緩むのを自覚していました。……他のみんなには、内緒です。
「よし、じゃあ最初はフランチェスカ、次に俺で、最後がエミルな!」
「あの、本当に私は、起きなくていいの? 確かに私だけじゃ心許ないけど」
夕食を終え、今日の夜の見張りの順番について話し合いが行われました。サナには戦う力がないので、もしもの時に対応出来ません。みんなを起こしている間に敵に襲われ兼ねませんからね。まぁ、実際はルイーズが出てくるのでしょうけど、サナにはわかりませんし。
「しっかり寝て、体調を万全にする事の方が大事にゃ。サニャは体力もみんにゃよりにゃいんにゃから、体力を温存するのが唯一の仕事にゃ!」
「うっ、おっしゃる通りだよ……」
そんな時、言葉を選ばずズバッと本当の事をエミルが言ってくれました。まさしくその通りですね。それでいて嫌味がないのですから、人柄なのでしょう。助かります。
「では、皆さん早めに休んでください。時間になったらナオ、起こしに行きますわ」
「おう、よろしく」
「襲うにゃよー?」
「そっ、そんな事するわけないでしょう!? エミルっ!」
からかわれたフランチェスカは顔を赤くしながらみんなをテントに追いやりました。ナオは一人用の小さなテント、もう一つの大きめのテントは女性陣用ですね。フランチェスカを残してそれぞれテントの中へと向かいます。
「じゃあにゃ、サニャもぐっすり眠るにゃよ」
「うん、おやすみエミル」
エミルはサナの挨拶を聞き届けると、あっという間に眠ってしまいました。寝付きが良すぎますね。寝袋の中で、丸まって寝ているようです。
「……私も寝よ」
こうして、サナも眠りに落ちました。
「……んぅ」
どれほど時間が経ったでしょう。突如、サナが目を覚ましました。ふと横を見ると、フランチェスカが休んでいます。どうやら交代したようですね。ということは、今はナオの番でしょうか。
「水、飲んでこようかな……」
どうやらサナはもう一度眠るのではなく、水を飲みに起きるようです。そのまま、音を立てないように気をつけながら、そっとテントを出て行きました。
「……お疲れ」
「ん? サナ……だな、うん。どうした?」
一応、鑑定を使ってサナだという事を確認したようです。それを不思議な言い回しだと思ったサナは小首を傾げましたが、特に気にすることなく水を飲みに来た、と告げました。
言葉通りサナは水を飲むと、そのままテントには向かわず……ナオの隣に腰を下ろします。
「眠れないのか?」
「ううん、ぐっすり寝たし、まだ眠れる」
「じゃあ……何か話しがある、か?」
サナも割とどこででも眠れる子ですからね。眠れない事はないでしょう。ナオの言う通り、話したい事があるのか、サナはコクリと小さく頷きました。成り行きを見守りましょうか。
「ね、勇者は魔王の居場所がわかるっておとぎ話……あれは、本当?」
勇者だけが、魔王の居場所を知っているというのは有名な話ですからね。けれど真偽はわからないというのが通説です。サナはずっと気になっていたのでしょう。昼間のやり取りの時は、ルイーズだったのでサナは覚えていないですしね。
「うん、そう言われてるな」
「何その曖昧な返事。勇者のクセに、わからないの?」
サナの怪訝そうな顔を見て、ナオは苦笑を浮かべました。
「魔王の存在は、感じてるんだ。けど、なんつーかあやふやで……」
ナオは声を潜めて語ります。
「……だからさ、実は俺、どこに向かえばいいのかわかんねーんだよ」
「なにそれ」
「でもさ、それをフランチェスカやエミルには言えねぇじゃん? 勇者である事を疑われそうだしさ。称号も金髪紫目もあるから疑いようがないんだけど」
「私はすでに疑ってるよ? ナオが勇者だなんてちゃんちゃらおかしいと思ってるよ」
「言い方っ!?」
サナは悪戯っ子のように笑います。からかわれた事に気付いたナオは拳で軽くサナを小突きました。それから暫し沈黙が流れ、ナオは静かにサナに問います。
「……なぁ、お前はどこ行きたい?」
「は?」
「お前の行きたいとこ行こうぜ。どうせ行き先なんかわかりゃしないんだし、わかるようになるまでさ。いーじゃん、間違ってたらそれはわかるんだし。サナには、俺のワガママでついてきてもらったようなもんだから……悪いと思ってるんだ。お詫びって言ったらアレだけど……行ってみたいとことか、あったら言ってくれよ」
ナオは、何かに言い訳するように、そしてサナに懇願するような眼差しで、そんな事を言うのでした。





