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野営準備


 だいぶ陽が傾いてきました。明るいうちに準備を進めないといけませんので、今日はこの辺りで休もうとナオが告げました。


「薪は道中で少しずつ集めたから、十分だよ」

「おう、サナ! ありがとな。重くなかったか?」

「このくらい、平気」


 ちなみに、今の体の支配者はサナに戻っています。森の中、出てくる魔物をエミルとナオであっさり倒せることを見届けたルイーズが、もう休むと部屋に戻ってしまいましたからね。主人格(メインスピリット)以外は表に出ている間、やはり少し疲労が溜まりやすい傾向にありますから仕方がありません。夜の見張りはまた交代すると言い残していきましたし、その時まで回復しようとしているのでしょう。まだ旅の途中なのに、少し無理をしすぎではないかと思うのですけれどね。


「よし、じゃテント張るかー。フランチェスカ、頼むよ」

「わかりましたわ」


 ナオが声をかけると、心得たとばかりにフランチェスカが腰に着けていた小さな巾着を開けました。その中から、どう見ても容量オーバーしているテントと、道具を出していきます。これはかなり高級な魔道具ですね。さすがは王女といったところでしょうか。見た目に反して中の空間は広く、小さな袋でもたくさんの荷物を入れて運べるとても便利な巾着なのです。物により容量は違いますが、巾着型ですので精々旅のメンバーの食料や水、テント二つでいっぱいになる程度かもしれません。薪は手で持って運びましたしね。


 こうして、手際よくナオがテントを張っている間に、エミルは近くの川から水を運び、フランチェスカとサナで夕飯の準備を進めました。なかないか良いチームワークですね。けれど……


「えっ、フラン、野菜は切らなきゃダメだよ」

「そ、そうなんですの?」

「ご飯食べる時、この大きさのまま出てきた事、あった?」

「そういえば、ないですわね……」


 フランチェスカはその身分から予想はしていましたが、料理など何一つできなかったのです。それでいて率先して作ろうとするのですから、厄介です。サナが野菜の皮も向かずにそのまま鍋に入れようとするフランチェスカを止めていなければ、今日の夕食はただの茹で野菜になるところでした。火が通っていたかも怪しいですね。


「一個ずつでいいと思うよ。一気に使ったら、すぐになくなっちゃう。干し肉はまだある?」

「ええ、ここに。サナは、すごいんですのねぇ。料理ができるなんて」

「一人で暮らしていたから……自然にできるようになっただけだよ」


 心の底から感心したように褒めるフランチェスカに、サナは苦笑して答えました。


「それに、私は器用な方じゃないから、野菜を切ってもバラバラになるし。焦がすことも多いし、失敗ばっかりだよ。食べられるってだけで、美味しいとも限らないから……」

「何もわからないわたくしより、ずっとすごいですわ。自分でちゃんとやっているという事に、もっと自信を持っていいと思いますのよ?」

「そ、そうかな……ありがと」


 まぁ、サナの失敗はチェンジしてしまった事で起こる事がほとんどですからね。本人は気付いていないので自分の失敗だと思っているようですが。


「あとは、少し煮込めば出来上がり」

「早いんですのね! では、わたくしはパンを並べますわ! そのくらいは出来ますもの」


 フランチェスカは嬉しそうにそう言って、簡易のお皿に人数分のパンを並べました。保存に適した少し硬めのパンですね。


「チェスカの口に合うのかにゃ? こういうご飯、食べたことにゃいんじゃにゃい?」


 焚き火に枝を放り込みながら、エミルがそんな事を言いました。確かに、王女として生活していたのなら、もっと良い食事をしていたでしょう。けれど、フランチェスカはそんなことはないと首を横に振りました。


「いつ、どんな事が起こるかわかりませんもの。王族といえど、いつもシェフの作った料理だけを食べるわけではありませんわ。経験として、こういった食事をする事もありました。まぁ、確かに時々ではありましたけれど……」


 おそらく時々、というのも少し誇大表現しているのでしょう。年に一度あるかないかだと予想しますね。僅かに目を逸らし、バツの悪そうな顔をしていますから。


「文句言わにゃいで食べられるにゃら、それでいいにゃ!」

「文句なんか言いませんわよ!」


 実際、文句を言われたところで他に食べるものはありませんしね。野営する時は我慢しなければならないのは皆、同じですし。けれど、慣れの問題でフランチェスカは少し辛いかもしれませんけれど。


「おー、いい匂い」

「お疲れ様。でもまだ、出来ないよ?」


 テントを張り終え、くんくんと匂いを嗅ぎながらこちらにやってきたナオ。サナが申し訳なさそうにお鍋をかき混ぜながら告げました。まぁ、まだ野菜が煮えていませんしね。


「じゃ、その間に魚でも獲ってくるか? エミル、さっき川に行ったろ? 魚いそうか?」

「もうすぐ暗くにゃるけど、いると思うにゃ! エミルも行くー!」


 魚を獲る、というワードに異常に反応を示すエミルは、ご機嫌に尻尾を揺らしています。よほど魚が好きなのですね。ポルクスに着けば食べられるというのに。川か海かの違いはありますけど。


「じゃあ、俺ら川に行ってみるよ! 今晩のおかずを増やすぞー!」

「おー!!」


 意気込むナオと笑顔なエミルの背を見送りつつ、フランチェスカがあまり遅くならないように、と声をかけました。聞いているのか怪しいところですね。獲れるまで粘りそうですし。


「あんまり遅かったら、迎えに行こうか」


 そんな様子を見て、サナが苦笑まじりに告げます。フランチェスカも同様に肩を竦めて同意を示しました。


 ムードメーカーな二人がいなくなったことで、場に沈黙が訪れました。パチパチと、火が爆ぜる音が妙に耳に残ります。サナはこういった沈黙に慣れているのでこれといって動じていませんが、フランチェスカはどことなく落ち着きが無いように見えますね……何か話さなきゃ、などと思っているのでしょうか。料理をしていた時と違って話題もないようです。


「あの、サナは、こういった野営には慣れていますのね」

「んー、慣れているっていうわけじゃないんだけど……」


 どうにか絞り出したフランチェスカの話題に、サナは曖昧な返事をします。その先の言葉を続けるかどうか迷っていますね。チラチラとフランチェスカを見ながら、控えめに口を開きました。


「……変だって、思うかもしれないけど」

「もし変だと思ったとしても、信じますわ」


 今までにない返答に、サナは軽く目を身開きました。それから頰を綻ばせ、困ったように笑いながら話し始めます。


「身体が、覚えているみたいなの」

「身体が……?」

「うん。私は、野営をした覚えなんてほんの数回しかないんだけど……自然と、どんな準備をしたらいいのかわかる、というか。身体が勝手に動くというか……」


 もしかしたら、私じゃない誰かが、この身体で野営をしているのかも、サナはそんな風に締めくくりました。

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