スキル【陸地無双】
私たちは今、森の入り口に差し掛かっていました。開けた草原に立ち、森の中に赤い複数の光が見えます。あれは全部魔物の目の光ですね。コボルトでしょうか。あれは群れを作りますので。
「じゃ、行ってくる」
「待てルイーズ。結構な数だぞ? いけるか?」
「あんなもん、いつもと変わらない」
いつもと、といってもあんな数は滅多に遭遇しませんけどね。でも、あのくらいなら問題ないでしょう。
「危ないと思ったら勝手に手を出せばいいだろ。あたし一人でやるなんてこだわってないし」
「そ、うだな。ん。わかった。危険だと判断したら加勢する! でも実力も知りたいから出来るだけ見させてもらう!」
ナオの言葉を聞き届けたルイーズは、ジッと森の入り口を見つめました。
スキル【陸地無双】を発動しました。
これで一定時間、地に足をつけて生きる生き物に対して、ルイーズが負けることはありません。
「にゃっ……速……っ」
エミルが声を上げたその時には、すでにルイーズはその場にはおらず、遠く離れた森の入り口、コボルトの群れの前に移動していました。それから腰にあるルイーズの愛剣を抜き、瞬きする間に数体のコボルトを両断します。
愛剣は、サナが持ち歩く事も考えてかなり小振りな物です。身体の作りからいって、どうしても素早い動きで敵を仕留めるスタイルになるルイーズにとっても、その剣は使いやすく、手に馴染むのだそう。サナは、一応護身用にと思って持ち歩いているだけですけどね。
「あと、六体……っ!」
カウントしながらコボルトの群れの合間を縫うように、低い姿勢で移動しながらズバズバ首筋を切っていきます。正直な話、速すぎてスクリーンに映る映像では、どうなっているのかわかりませんが。ただ、止まる事なくコボルトの血飛沫が上がっているので、確実に倒しているのだということはわかります。
「ラスト」
ポツリ、と呟き剣を振るって血糊を落としたルイーズは、次の瞬間背筋を伸ばして立ち上がりました。疲れた様子は見られません。呆気ないものでしたね。
「すっ……ごいにゃぁぁ!! ルイーズ、エミルより強いにゃ!」
「わっ……」
戦闘が終わると、エミルが背後からジャンプして飛びついてきました。おかげでバランスを崩したルイーズでしたが、どうにか踏みとどまります。
「速すぎて目で追うのがやっとだったにゃ!」
「いや、このスキルは一日に一度しか使えないし、持続時間も長くはないから……」
そうなのです。ルイーズのスキルは色々と制限があるのですよね。けれど、チェンジしている間に一日はすぎてしまいますし、元々それなりには戦えるので問題はありませんでした。けれど、これからは危険と隣り合わせの旅となりますので、色々考えて使わなければなりませんね。
「今は、コボルトも群れだったしな。今後、他の強い魔物が出てきても……その、お前たちがいるからいいと思って」
「そうにゃったんにゃあ。うん! 大丈夫にゃ、エミルたちにお任せにゃ!」
今は、共に戦う仲間もいる事ですし、ね。
「やっぱすげぇなルイーズ。けど、そのスキルにはそんな制限があったのか。教えてくれてありがとな! これで、いざって時も作戦がたてやすい!」
遅れてやってきたナオが笑顔でそう言いました。それから、次は自分の番だとやる気を見せています。
「それはそうと、ナオ。方向はこちらで合っていますの? 森の中を通るルートですと、港町ポルクスに着きますけれど」
「んー。たぶんな!」
フランチェスカの問いにナオは曖昧な返事をします。それを受けてフランチェスカは腕を組み、怒ったように眉を釣り上げました。腕を組む事で胸がさらに強調され、ナオの視線は釘付けです。まったく……
「もう、しっかりしてくださらないと困りますわ! 魔王の居場所は、勇者であるナオにしかわからないんですのよ?」
ああ、そういえばそうでしたね。魔王は、魔を統べる者の呼称。魔族や魔物の国を作り上げているわけではないので、王といえど城があるとは限らないのです。もしかすると部下を作っているかもしれませんし、人知れずひっそりと暮らしているかもしれまけん。あるいは、移動している可能性だってあるのです。
けれど、その居場所を特定できる唯一の存在として、勇者がいます。なので、ナオには勇者の勘で、魔王のいる場所がわかっているはずなのですが。
「そうは言ってもなー。今はハッキリわかるわけじゃないからなんとも言えねーんだよ。でも、間違ってたらわかるからさ! とりあえずポルクスに向かおうぜ!」
「ポルクス! お魚が美味しい町にゃあーっ」
「エミル、観光で行くわけではありませんのよ?」
なんとも、頼りない勇者ですが、私たちはそんな彼に着いていくしか出来ませんからね。間違えばわかるというのなら、それを信じるしかないでしょう。
それにしても、ポルクスですか……なつかしいですね。随分前に、サナが養父母に引き取られる際に通った町です。船旅でしたしね。観光する暇などはありませんでしたけど。
「あたしは魚より肉がいい」
「ルイーズまで! もうっ、緊張感がないですわっ」
まぁ確かに、世界を救う勇者一行の道中とはあまり思えませんね。
「まー、いーじゃん。いざって時に本気出すためには、普段は気を抜くことも大事だぞ!」
「一理ありますけど、油断は命取りにもなりかねませんわ!」
どちらの主張にも同意できますね。けれどそれは要するに……
「油断しすぎず、気を張りすぎずで良いだろ。なんでそんな両極端なんだお前たち」
ルイーズは呆れたようにナオとフランチェスカに目を向けました。そういう事ですよね。何もずっと気を張る必要はありませんし、気を緩めすぎるのもやり過ぎなのです。
「ふはっ、そりゃそーだ! けど俺は別に完全に気を抜くことなんか、してねーよ?」
「わたくしだって、常にピリピリしているわけではありませんわ!」
ルイーズの言葉に納得しつつも、自分はそこまでではないと主張するわけですね。
「にゃんかこの二人……正反対にゃけど」
「似た者同士なとこ、あるな」
思わぬ共通点を見つけたような気持ちです。足して割ればちょうど良い二人なのでしょう。旅の仲間としては、バランスが良いのではないですかね?
「ひとまず目的地が決まったんだから、暗くなる前に行けるとこまで行くぞ。野営の準備も考えれば、モタモタしてる暇なんかないだろ」
「それもそうですわね……野営だなんて初めてですわ!」
流石に王女は野営など経験していませんでしたか。些か不安ですが、彼女なら寝心地の悪さなどで文句を言ったりはしないでしょうし、何より本人がどこか嬉しそうなので大丈夫でしょう。
「エミルは野営に慣れてるから、準備は任せるにゃ!」
「あたしもだ」
「俺も! フランチェスカ、大丈夫だって言うかもしんねーけど、慣れてないんだから辛いと思ったら言えよ? 何事も、溜め込むのは良くないんだからな」
やはり、野営慣れしていないのはフランチェスカだけのようです。そこで気配りを見せるナオは、天性のタラシかもしれませんね。ほら、フランチェスカの頬が赤く染まっています。
「わ、わかりましたわ。ご迷惑かけるかもしれませんし、先に謝っておきます。ごめんなさい」
「気にするにゃーよ? 頼って欲しいにゃ!」
「人には向き不向きがある」
素直な王女ですね。申し訳なさそうに告げるフランチェスカに、心強い言葉をかけるエミルとルイーズ。ありがとう、というフランチェスカの呟きを聞き届け、私たちは森の中へと歩を進めるのでした。