エミルのスキル
「終わったにゃあ!」
王都を出た私たちは、街道に沿って歩みを進めていました。当然、魔物が現れますのでその都度、誰かが討伐していきます。街に近いということは人も多いということ。つまり頻繁に討伐されるため、まだ強い魔物は出てきません。ですから実力の披露も兼ねて、順番に倒そうという流れになっていました。
今回はエミル。俊敏な動きで自慢の爪を武器にあっさり敵を切り裂いてしまいます。かといって、無駄に傷をつけるわけではなく、急所を一撃で仕留めるあたり、狩りに慣れているのがわかりますね。
「すごい、エミルちゃん。速くて見えなかったよ」
「えへへー、エミルはもっと速くなるにゃよ? だって、まだスキル使ってにゃあもん!」
目を丸くして素直に称賛するサナに、照れながらエミルは答えます。なるほど、ではあの俊敏さは本来の力というわけですか。種族を生かした良い戦闘方法ですね。
「どんなスキルなのか、聞いても大丈夫?」
サナは、恐る恐るエミルに尋ねます。スキルを伝えるのは知られても問題ないか、信頼の証のようなものですからね。
すると、エミルはにゃにゃっと鳴き、耳と尻尾を立てました。それから嬉しそうに答えます。
「もちろんにゃ! だって、サニャも教えてくれたんにゃから。サニャはもう仲間にゃんだから、遠慮するにゃ!」
そう言って、エミルは誇らしげに胸を張り、自身のスキルを教えてくれました。
エミルのスキルは【マッチレスタイム】といい、なんと、魔力の続く限り身体能力がぐーんと上がるのだといいます。これほど獣人の特性を生かせるスキルはないですね。素晴らしいです。
「近接戦にゃら、エミルは誰にも負けにゃいにゃ!」
「近接戦……確か、フランチェスカ王女は、弓の使い手で、ナオは剣だから……ひょっとして、このパーティってバランス悪いんじゃ」
言われてみればそうですね。戦い慣れしているルイーズも近接戦特化型ですし、遠距離はともかく中距離や盾の役割になれそうな者がいないような気もします。
「あ、俺は魔法も使えるぞ? 魔法で強化すれば盾役にもなれるし」
「エミルはシーフの役割もできるにゃ! 夜目が効くし、隠密行動も得意にゃー」
「ナオは魔法剣士だったんだね。エミルはすっごく万能だし、王女は癒しの力も使えるし……みんな、すごい」
この流れは、自分には取り柄がないからと自信をなくすパターンですね。確かにこのメンバーの中にいればそう思ってしまうかもしれませんが、一般的にここまで優れた能力を持つ者はそうそういませんからね? サナはどこまでいっても一般人なのですから。それなのに、なんだかんだで旅に付いてきている事だけでも誇れる事なのですが……周囲が凄すぎるとなかなか実感はないですよね。
「フラン、と」
「え?」
さてどうしたものでしょう、と考えていると、フランチェスカがサナの隣に立って口を開きました。
「わたくしの事は、フランとお呼びになって?」
「フラン、様?」
「フランですわ」
「フランさん……」
「フラン!」
「ふ、フラン……」
なかなか呼び捨てにしないサナに、根気よく言い続け、どうにか呼ばせたフランチェスカはニッコリと微笑みました。
「旅の仲間ですもの。対等になりたいのですわ。ねぇ、サナ。あなたは十分、素敵な能力を持っているじゃない」
「えっと、危険察知のことですか……ことかな?」
敬語を使いそうになるサナに、睨みを利かせて目だけで訴えたフランチェスカ。空気を読めたサナはどうにか普通の言葉に直せたようです。なかなか強引ですが、そのくらいがちょうどいいかもしれませんね。
「ええ、そうよ」
でも、と口を開きかけるサナの口元に、フランチェスカは人差し指を当てました。
「確かに、わたくしたちはこれから魔王討伐の為に、様々な敵と戦う事になるでしょう。けれどね? 何も、戦う力だけが必要というわけではないんですのよ? 危険を避けられるのならそれに越した事はありませんし、その為にはサナが必要なのですから」
それから、フランチェスカはサナの手を両手で取り、そっと包み込みました。まだ身体が小さいサナはその手も小さく、フランチェスカの白い手にすっぽりと包み込まれてしまいます。
「自信を持ってくださいな。わたくしたちは、誰もあなたを見捨てたりなんかしませんわ。これは約束です。ナオ、エミル、あなた方も約束できますわよね?」
二人を振り返ってそういうフランチェスカの眼差しには、決意の光が宿っていました。これは、私たちにも向けているのでしょう。何があろうと、途中で投げ出さないと、そう言ってくれているのですよね。……今のお気持ちは、しっかりと受け取っておきましょう。
ですが未来はわからないもの。どうしても無理だと思うのなら、いっそ見捨ててくれても構わないのですけれど……
「当たり前だろ」
「こういうの、愚問っていうにゃ!」
そう、今は。今のその決意は紛れもなく本物なのだと。そう信じる事にします。
「……ありがとう。私にできる事は、なんでもするから、言ってね?」
こういった思いを向けられるのははじめてのサナは、真っ赤になった顔を俯かせて、どうにか返事をするのでやっとでした。
「うぅ……なんだか、恥ずかしい!」
おや、恥ずかしさがピークに達した模様。支配者の席から離れようとしています。やれやれ、まだまだサナは弱いですね。でも、嬉しさでチェンジするのは初めてかもしれませんね。
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がサナからルイーズへと変更されました。
「また、あたしかよ……別にいいけど」
部屋で休んでいたところを呼び出してすみませんね。でも、他に出られる魂がいなかったものですから。
私の軽い謝罪に、ルイーズは軽くため息を吐いて答えます。いつも頼らせてもらって悪いとは思っているのですよ?
「ん、ルイーズ、か?」
「あぁ。ナオ、鑑定はすぐに使って構わない」
「いいのか? それなら助かる! 正直わかんねーし、名前覚えられる気がしないからどうしようかと思ってたんだよ」
まぁ、そうですね。事情を知る彼には今更鑑定されて困る事もありませんし。こちらもいちいち説明するより楽になりますからね。
「にゃ! ルイーズなのにゃ? ちょうどいいのにゃ、ルイーズ!」
チェンジしたことに気付いたエミルが、ルイーズをビシッと指差して声をあげました。何事でしょう?
「ルイーズの戦いが見たいにゃ! どのくらい戦えるのか、見ておきたいのにゃー!」
仲間の実力を知っておくのは確かに必要ではありますね。エミルの目はそれだけではなくウキウキしているのが丸わかりですが、この際良いでしょう。
「……ま、いっか。ちょっと身体も動かしたかったところだし」
「そぉこなくっちゃー!」
意外にも、ルイーズは乗り気です。先ほどの謁見でストレスが溜まっていたのでしょう。発散するにはちょうど良いかもしれませんね。気分がノってくれて何よりです。
「ちぇー、次は俺の番だったのに。でもま、譲ってやるよ。その代わり、ルイーズの次は俺だからな!」
「ふん、お前がモタモタしてたら次もあたしが始末してやる」
悔しそうにしながらも順番を譲ってくれたナオに対し、憎まれ口を叩くルイーズ。これは煽っていますね。良い性格をしています。
「何をー!? 見てろよ、俺ってば結構強いんだからな!」
「伸び悩んでるってウジウジしてたくせに」
「そっ、それは言うな!」
「にゃに? 聞きたいにゃ! その面白そうなネタ!」
こうして、旅の始まりは賑やかに、そして平和に進んでいくのでした。