信頼できる理由
サナが切望した瞬間、心の世界には光が溢れました。生命力を感じる強く輝く赤い光。新しい魂が生まれる瞬間です。
待ち望んでいました。と、同時に、また生まれてしまうことを嘆きもしました。
サナを手助けする魂は多ければ多いに越したことはありません。けれど、それが必ずしも協力的とは限りませんし、何より魂が増えることは病状の悪化とも言えるのですから。
それはもう複雑ですよ。サナを助けたい、守りたいと思ってはいるけれど、はたしてこれが良いことなのか悪いことなのか、判断がつかないのですから。
でも、この時生まれた魂のおかげで、生存率がグッと上がりましたからね。なんだか懐かしく思います。
『私のことが見えますか? 声は聞こえているでしょうか。聞こえているならあなたの名前を、教えてください。私は、ジネヴラです』
新たに生まれた魂には、毎回必ずこうして確認を取ります。皆が皆、心の世界を認識しているとは限らないからです。
『ルイーズだ。ここは、どこだ?』
こうして、ルイーズが生まれたのです。幸いにも、ルイーズは最初から認識出来ている個体でした。少々素直さに欠け、気まぐれなところはありますが、きちんと人の話を聞きますし、すぐに理解し、またこの状況を受け入れる順応性も持ち合わせていたのです。
全魂の中で、これほどスムーズに説得がうまくいった者はいませんね。オースティンですらとても大変でしたから。
『状況は、わかった。安心しろ。あたしはなぜか、このサナという少女を守らなければという使命感を感じているから』
それもこれも、この使命感のおかげだったかもしれません。強くなって、どうにか生き抜きたいと願ったサナの、思い通りの魂が生まれたということですね。要するにルイーズは、サナの騎士なのです。
こうして、ルイーズはその場ですぐスピリットチェンジを発動、身体を使用するようになりました。彼女のスキルにより、襲いくる魔物たちは難なく撃退に成功しました。そのおかげで、サナはその日のうちに家へと帰り着くことができた、というわけです。
「……ルイーズ? 大丈夫か」
記憶が心の世界で再生されたことで、その間ぼんやりとしてしまっていたのでしょう。ナオが心配そうに顔を覗き込んでいました。このように過去の記憶が蘇って動きが停止してしまうことは、ままあるのですよね。
「……ああ、大丈夫だ。行こう」
ルイーズも慣れたものですので、意識が戻るとすぐに歩き始めました。とはいえ、周囲からすれば思い悩んでいたように見えていたのでしょう。ナオは歩き出したルイーズの手首を掴んでその歩みを止めました。
「……何だよ」
「あんまり、気にすんなよ? 俺はさ、その黒髪、綺麗だと思うし」
「はぁ?」
ああ、そういえば黒髪を忌まわしきモノとして扱われたんでしたね。忘れていました。あの伯爵の発言のせいでフラッシュバックしたのに。つい、直前の出来事を忘れてしまいがちなのですよね。
「別に気にしてない。それに、あたしは本来、黒髪じゃないしな」
事実、ルイーズは全く気にしていません。自分の事ではないからですね。サナが悪く言われた事について憤りは感じているようですが。
「えっ、そうなのか? えっと、心の世界じゃ、お前たちって……サナの姿じゃないってことか?」
「? 当たり前だろ? この身体はあたしたちにとって、単なる借家だ。サナがいない間に借りて、自由に使える器みたいなものなのさ。ま、言い方は悪いが」
ルイーズが当たり前のようにそう答えると、三人は意外そうに目を丸くしました。
「にゃんか、不思議なのにゃ……心の世界?」
「ええ、興味深いですわね……」
私たちにしてみれば、この心の世界がないのが普通、という事の方が不思議ですけどね。みなさん、たった一つの心で一体いつ休むのでしょうか。疲れてしまわないのでしょうかね?
「なぁ! じゃあルイーズは実際はどんな姿なんだ!? 年齢は? 瞳の色は!?」
ナオだけは、不思議がるというよりも食いついてきました。無邪気というかなんというか、心底ワクワクしているようなその表情に毒気を抜かれてしまいます。
「相変わらず、疑うってことをしないよな、お前は。はぁ……面倒だ。もういいだろ? あたしは戻る」
「えっ、ちょっ、教えてくれないのかよー?」
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がルイーズからサナへと戻ります。
よくあることですが、突然ですよ、ルイーズ。面倒くさくなったら放り出す癖、どうにかなりませんかねぇ。私が支配者の席からスタスタと自室へ戻ろうとする彼女に声をかけると、その切れ長なアイスブルーの瞳を細めてこちらを一瞥したルイーズは、もう疲れたんだ、とだけ答えてそのまま去って行きました。
まぁ、今回ばかりは大目に見ましょう。誰もが嫌がる国王との謁見を任せたのはこちらですしね。ゆっくり休んでもらいましょう。
「ん、あれ?」
「さ、参りましょうサナ。ついに出発ですわよ」
「え、あれ? 謁見は……」
「にゃーに、言ってるのにゃ! もう済んだにゃ! 早く行くにゃあ!」
訳がわかっていないサナに対し、フランチェスカとエミルがあれよあれよとサナの手を引き、先へと進みます。ありがたいですね。
「うん、さすが俺が見込んだ二人! 受け入れてくれると思ったんだよな!」
背後から、嬉しそうにそう呟くナオの言葉に、私はハッとしました。
誘われた順番こそ、サナが最後ではありましたが……なるほど。
私たちが旅に出る事は、最初から決まっていた運命のようなものだったのかもしれません。
私たちの特殊な体質を受け入れてくれるような仲間でないと、旅は難しい。だからこそ、彼女たちは選ばれた。勇者の勘が、未来を先読みして彼女たちを選んだのでしょう。本人には自覚も、そんなつもりも一切ないでしょうけどね。
全ては推測にすぎませんが、その方が納得はできますし、彼女たちを心から信頼できるというものです。
フランチェスカとエミルは、きっと信頼できる。けれど、それがいつまで続くかはわかりません。いくら気のいい人たちだからと、面倒ごとがこの先ずっと続けばいつかは嫌になる日がくるでしょうから。
『アンタ、面白い子だと思ってたけどいい加減、面倒だよ。そろそろそれ、やめてくれないかい?』
『どうせ気を引きたいから演技してんだろ? そんな事しなくても抱いてやるから黙って服脱げよ。俺は貧相な身体でも文句はないぜ?』
『まだそんな事言ってるの? もう、うんざりよ』
『悪いんだが、この町から出て行ってくれないか。その……気味悪がる人たちが多くてね。いや、私はそんな事ないと思ってるんだが』
……ああ、嫌な記憶が蘇ってしまいましたね。
でも、こういった記憶は私の中に全て封印していますから、サナが思い出すことはないでしょう。不快ですが、そのくらい私は耐えてみせます。
しっかりと、心を強く持たなければ。大丈夫、私はジネヴラ。魂の中では二番目の強さを誇るのですから。