神の使いも転移先を間違えれば無能でした
長編はすぐに書くのに飽きてしまうので、構想10分執筆30分の作品を仕上げました。
「ここが新しい世界か。さて、どんな世界滅亡の危機が迫っているのかな、楽しみだ」
初めての世界と言っても、もう十度目だ。完全に新しい環境に飛ばされることは慣れきっている男は、軽い調子で降り立った地のすぐ目の前にある町に目を向けた。
「ああー、こりゃ酷いな。家はほとんど崩れてるし、魔物だらけだ」
レンガ造りの家が立ち並んでいたであろう道は、完全に崩れた家で通れない状態になっている。その上、異常な数の魔物が集まっており、どう見ても既に手遅れの状態である。
「……おかしいな、もうちょい過去に飛ばしてくれないと。これじゃ救うも何も、誰も生き残ってないだろうに」
神様も失敗するのかと男は頭を掻きながら、念の為町に入ってみることにした。街を囲んでいたであろう、今はもう倒れた木の柵を跨ぎ、男は魔物の密集していない辺りに足を向けた。意外にも、そこには一人の女性が立っていた。
「あら、こんにちは旅の方。すみませんが、今この町はこんな状態で、休める場所はないんです。ここから北にすぐのところに別の町があります。そこはこの町よりはまだ被害は少ないので、そちらに向かってください」
「ご親切にどうも……じゃなくて、大丈夫ですか?こんな状態で……よく生きていますね」
「ふふふ」
なぜか、その女性は笑っていた。どう見てもこの惨状は笑っていられるものではない。あまりの出来事に頭がやられてしまったのだろうか。ただ、そんなことは重要ではなく、男の使命は一人でも多くの人を救うことである。
「お姉さん、早くどこかに避難してください。こんなに魔物が……」
「ええ、とても助かってますよ」
「たす…………え?」
聞き間違いだ。そう男は思った。魔物が大量に町になだれ込んできて、助かっているなどと、そんなはずはない。彼女が本当は何を言ったのかは分からない。しかしとにかく、今は無理にでも彼女を北の町に避難させる必要がある。男はもう一度避難するように……
「こんなに助かっているのに、私だけ避難なんて、そんなこと出来ません」
考え込んでいた男の様子を見たその女性は、もう一度はっきりと、そう言った。決して聞き間違いなどではない。
「なんだよ……もう、意味わかんねぇよ!!」
思わず叫んだ男の声に、何事だと、どこからか人々が集まりだした。ありえない。ありえないありえない。
「何でそんなに……人が生き残ってんだよ!?」
「何言ってんだ、地震くらいで大げさな」
集まった人たちの一人が、頭がやられてるのはお前だと、男に突きつけるように言い捨てて行った。
この世界で初めに会った女性によくよく話を聞いてみると、どうやら昨日大きな地震があって今は町が散乱してしまっているらしい。レンガ造りの家が倒れているように見えたが、どうやらレンガではないらしく、とても軽い素材で出来ているので死者は一人もいないとの事だ。
「んで、魔物が大量にいるんですけど、それは大丈夫なんですか」
重要なのはそこだ。これまでは、九つのうち四つの世界で魔物が存在していたが、どこでも人が魔物に勝てる力は持っておらず、神様も男に対し「私の作った人間たちはとても弱いから、君らが魔物から守ってやらねばならない」と言っていた。ところがどうしたことか。人々は魔物を一切恐れてなどおらず、魔物も人を襲ってこない。
「魔物たちには本当に感謝しています」
それが分からない。恨みこそすれど、感謝なんてこれまで聞いたこともない。何に対し、どうして感謝しているのか。聞かずにはいられない。
「え?魔物たちが何をしているかですって?何って……町の復興を手伝ってくれてるんですよ、見ての通りです」
「見ての……とお……り……」
これまで気が付かなかったが、確かに魔物が……レンガっぽい瓦礫を器用に積み上げていた。
「いや嘘やん!?」
何度目の世界だったか、そこで染み付いてしまった言葉遣いが思わず出てしまう程には、その光景はあまりに衝撃的だった。
「え、ま、魔王とか、いないんですか!?」
「ああ、魔王様ですね。いますよ、あちらの方に」
「魔王……様……って……」
女性の指した方にゆっくりと目を向けると、やたら大きな図体をした、いかにも強そうな「魔王」が、自ら進んで瓦礫の山を整理していた。
「もうやだ……何も見たくない……」
どうして神様は俺をこんな地に送ったのか。男はそう思わずにはいられなかった。転移してまだ数分しか経っていないが、仕方がない。一旦神の元へ戻ろうと、男は空を見上げていつものように祈った。
「戻らねぇじゃねぇかよ、あのクソやろォ!!」
神に対してその暴言は大丈夫なのだろうか、と反省するのはしばらく経ってからの話である。この時男の心にはただ、十回目の転移を台無しにした神に対して怒りの感情のみがあった。そして神の元に戻れないことから考えるに、どうやら神は男のことを完全に見失っており、男が転移に失敗したことは明白であった。
そうして五十年が経った。これまでの九度の世界では、長くても三年の滞在だった。男はもう、元の世界に戻ることは諦めていた。神の恩恵であったはずの不老不死の効力はどこへやら、男はもう既にいいおじさんである。
転移したあの日から、魔物のおかげで数日で町は元通り。人々はまた普段通りの生活に戻った。男はというと自慢の力を活かして引越しの仕事を始めた。世界を救っているなどと、そんな大したものではない。役にはたっているだろうけれど。世界の英雄など夢のまた夢だ。町の人気者にはなったけれど。
「平和ねぇ……平和……いいんだけどね……久しぶりに昔のことでも思い出しながらふて寝でもするか」
そうして男は、今日もすっかり着慣れた作業服を脱いだ。