4話 夜戦の終戦と町への帰還
まずは状況の確認をしなくてはならない。
はやる気持ちを押さえつけ彼女のようだい、モンスターの状態を確認する。
「アルス、君の麻酔はどの程度の時間持つか分かるか?」
「今の状態だと持って二、三十分だと思います。ですが薬草を少し持って行けばその分時間の延長は可能です」
彼女の傷のことは少し心配だが、痛みを抑えることが出来るのなら少し遅れた程度で問題は生じなさそうだ。彼女が大丈夫ならモンスターの対処を考える時間があると言うことになる。
時間にゆとりがあるのがこれほどありがたいものだと思ったのは生まれて初めでかもしれない。
「モンスターの方も同じ感じか?」
人とモンスターで免疫の差により時間が短いのならすぐさまこの場所を離れた方が良い。だが抗体を持っておらず効きは同じだと言うのなら、この場で殺してしまった方がリスクが減る。
一つ危惧すべき点は素人が無暗に傷つけたものがどの程度の値打ちになるかという点。彼女の手を直すための金を工面出来ればいいのだが……。
といっても命あっての物だね、危険を冒して命を脅かして居たら本末転倒だ。
「親父大丈夫ですよ? このモンスターは痺れそうの液を直で飲んでいます。一、二時間は起きないと思いますただモンスターは免疫力が凄いと聞きます。今までにどれほど痺れそうを摂取しているかで時間は短くなります」
今回が初回だった場合十二分に余裕はある。だがすでに二、三度目体内に取り入れていれば大幅に時間は短縮される。
どうする……
「アルスはどう思う? 生け捕りで町まで連れて帰るほど効果は持続すると思うか?」
「夜道を考えると確約は出来ないかと」
「ならこの場で殺す程度の時間は稼げるか?」
一番問題なのはこのモンスターを殺そうと攻撃している最中に起きることだ。刺激を与えるとどうしても意識の覚醒の手助けをしてしまう。
数時間単位での効果があるのなら、多少の刺激では起きないだろうが、数十分だった場合。いつどこで起きてもおかしくない状況での行動となる。
「ここは痺れそうが大量に生えています。なんとも言えないですが。抗体が出来て居るのであれば不安しかありません。ですが、抗体が出来るまでの意識不明の状態で生きながらえることの方が可能性としては低いと思います」
アルスの様に自分の意思で痛みを抑え徐々に免疫をつけていけば、生きながらえつつ抗体を体内に宿すことは出来る。だがもし今回みたいな不測の事態での摂取だった場合日中なら冒険者に狩られるだろうし、夜間でも冒険者は居る可能性もある。
「一理あるか……」
「私のことは気にしないで下さい、ここでとどめを刺した方が安全です」
こいつをやっつけている間に他のやつが寄ってくる可能性もあるが、それを言いだしたら放置したところで同じこと。
なら危険を一つでも減らす方が得策か。
「ここで殺すならどこを殴るか……だな」
儂もアルスも無事を持っておらず近くに手ごろな石や武器は転がっていない。この場でとどめを刺すとなれば素手で殴る他の攻撃手段がない。
だからと言ってどこを殴れば効率的なのか価値が下がらないのか正直分からない。
「どこが価値が高いとか……分かるか?」
「申し訳ないです親父、モンスターの対処なら多少わかりますが価値となると……」
下を向きふさぎ込むアルス
「別に構わん、お前は十分役に立っている」
儂の言葉で少し元気になる少女を見ていると、生前は欲しいとすら思わなかった息子や娘がいればこんな反応だったのだろうか? と場違いな感想を抱く。
「なら価値より効率だな」
どの生物も心臓と脳が急所のはずそのどちらかを壊せば生命活動は停止する。モンスターも同じはず、だがどっちを壊すのが効率的か。
心臓は肋骨に守られ、脳は頭蓋骨に守られている。
同じ骨に包まれ強度は同じ。なら
「頭かな?」
どちらも効率的に同じなら判断基準に価値を追加する。
内臓は古来より薬物になったり食料になるだが、目や鼻は潰れたところでそれほど価値は無い。例外はあるが、このモンスターが希少種でそう言った部位を買い取りたい連中がいるかもしれに。だがそれなら内臓も同じくらいの価値が出てくる。
「頭だな」
標的を決め拳を振り上げヒットする。当たり前のことだが頭蓋骨の硬度は人の手で越えられるの物ではない、痛いのはどちらでも同じ。
「……いってぇ」
だが痛いものは居たい。急所を守るための硬度を少し甘く見ていたふしがあり思いのほか痛かった。
「親父大丈夫です?」
「あぁ大丈夫だ」
やせ我慢をし拳を振り多し続ける。
だが二桁にさしかかる回数殴った時には指の感覚が無くなり始めた。周囲の痺れそうの葉液が手に付着し手の感覚が麻痺してきたのか、殴り続けた代償として痛さのあまり痛覚が遮断されたのかは分からない。
だが数殴ったおかげで、モンスターの頭部も少しだけ変形してきた。
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「お、おやじ?」
あれからどれだけ殴っただろう?
手は痛みを伝えるどころか、元の形状を忘れたのか原型をとどめていない。骨がむき出しになり、肉は裂け血が止めどなく流れ周囲に溜まった儂とモンスターとの血が混ざり、なんとも言えない悪臭を漂わせている。
途中止血を挟んだが、それでも収まることなく流れる血。不思議なことに失血死にはなっていない。
「朱雀の親父! もう大丈夫です! だからもうやめてください」
横から飛び込んできた澄んだ綺麗な声。麻痺しかけていた心に染み込みぬくもりを与えてくれ、心なしか右手の痛覚が戻る
「ッう」
痛みは少し走ったが、それほど痛みはなかった。声共に飛び付いてきたぬくもりのおかげで一瞬、痛みを思いだした程度。その程度の痛みでも人間は大げさに、敏感に感じとり、視覚で痛みを誤認する生き物である。自身の手を見て薄れていた痛覚が錯覚の痛みとして流れる。
「親父? 大丈夫です?」
腕にしがみつきうっすらと涙をにじませ、数分ほど前聞いた問いかけを投げかけられる。
「俺はどれくらい殴っていた?」
「十分……いえ二十分くらいは手を休めることなくひたすら拳を振り下ろしていました」
それだけの時間素手で頭部を殴っていれば原型をとどめず見るも無残な形状に変形してるのも納得が行く。だがその代償のおかげでモンスターは息絶えたらしくピクリとも動かず呼吸もしていない。
モンスターの顔面も儂の手同様原型が無い
「心配かけたな急いで帰るか」
必死に右腕にしがみつく彼女の頭を逆の手で撫でてやりたい衝動が襲ってくるが、右て程汚くはないが、左手も返り血を浴びたりと汚れているためぐっとこらえる。
「親父……大丈夫なんです?」
「あぁ何とかな」
何故発狂しても不思議ではないほどの重傷を追いながらも発狂せずにいられるのか、自分でも不思議に思いながらも先のことを考え行動する。
「さぁ急ごう」
壊れてしまった手でモンスターを担ぎ、汚れた手を拭き若干血が付いている手でアルスの手を握り歩を進める。
彼女の体はすでに儂の血で汚れているため彼女も気にしなかった。
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茂みを駆ける時同様急ぎ足で歩いているが、アルスは儂と同じか少し余裕を残しているかのような速度で追いついてくる。
思いのほか血が抜けていたらしく、これほどの体力差が出来てしまったらしい。
「悪いな」
「何のことです?」
「早く手を治してやりたいんだが」
「親父、私のことより自分の事を心配すべきです。体力も落ちているし失血がひどすぎます」
今なお垂れ流している血がどれほどの量なのか、暗闇の中では分からない。腕の方に視線をやろうにもモンスターを抱えているため元々見えない。
「意識もしかりしているし大丈夫だ」
意識も体力もまだもっており、歩を緩めることなく進めている。モンスターもしっかり抱えられており力が抜けている訳でも無い、それなのになぜ彼女はこれほど心配するのだろう?
出血の量を見たら心配して当たり前か。
そんな思考が脳内を駆け巡っている間に、町を目視する。
想像以上に歩いていたらしく町が目前、ここまでモンスターと出会わなかったのが不思議なくらいだが、幸運だったという感想以上のことを考えれない。
「親父町です!」
「そうだな、取り合えずギルドに行きたいんだが場所知ってるか?」
「はい、何度か言ったことがあるんで大丈夫です。あそこならポーション類も売っているはずですし、モンスターの換金も行ってくれるはずです。親父もう少しですよ」
町に入り大どうりを直進していく。
この道は真ん中の道でまだ来たことのない二つのうちの一つだ。周囲は夜が明け始めた時間と言うこともあり人気は無い。人がいれば流石に注目を浴びるだろう状態と言う認識はしている。
ちらほら見かける人影はどこかのパーティーなのだろうか? 冒険者は皆日夜問わず働いているのだろう、こちらを見かけても特に何かを言うような雰囲気は無く、見て見ぬふりをしている。
「薄情だな」
違う。これは普通の対応なのだ。弱肉強食とまでは言わないでも自身の身の丈に合わない行動をしたしうち。力不足が回り回って自身の身に振りかかっただけの自業自得。冒険は危険が伴い、皆大なり小なり経験することなのだ。
「親父着きましたよ」
そう言って連れてこられたのは入口からして重々しい雰囲気を漂わせている、荘厳な建物。
夜は明け日が上り目に刺さってきたが、建物に入ればそんな心配もない。
「ここがギルドか」
内装は外装と違い質素と言うよりシンプルだ。
無数のテーブルが並び入口からでも見える位置にカウンターがあり、カウンターの横には階段があり上につながっているみたいだ。カウンター内には数名の従業員が立っており奥につながる扉が見える。
無数にあるテーブルの二つほどに数名のパーティーが陣取りこちらを見ている。
「……済まないがこいつの換金をして欲しんだが」
従業員は解体も済まされていないモンスターに驚く様な不思議に思うような雰囲気を漂わせたが、間もなく事務的に会話を進める。
「ハンター証を見せていただけますか?」
「悪いが、まだ登録していない。登録しないと売買は出来ないか?」
「申し訳ございませんがハンター証がない場合、どこかのパーティーかコミュニュティに所属した冒険者様でなければお受けしかねます」
「今からハンター証を発行してもらうことは出来るか?」
「可能です。発行に際しこの注意事項に目を通し、ご理解の上サインをいただきます」
内容はざっと見たが多すぎて今必用そうなものをすくい上げるとするなら二つほどだ。
一つ、冒険者としての不適切な行いは即ハンター証の剥奪及び永久的な凍結。
二つ、冒険時にいかなる事故にあってもギルドは責任を持たない。
他にはパーティー及びコミュニュティの作成時の注意事項やギルドの使用条件、パーティーレベルやコミュニティレベルなどそれに伴う維持向上の基準など書いていたが今は先の二つ以外はそこまで重要じゃない。必要になった際に聞けばいい。
最後にギルドの強制招集なんかも書いてあるが、それは俺たち新人には関係ない話だろう。
「大丈夫だ」
サインをするためにモンスターを床に置き右手を上げ、カウンターに手を伸ばすまで忘れていた自身の手の惨状を思いだす。右手が潰れて居ることを。
そしてその場にいた冒険者とギルド職員一同がその壊れた手を見て息をのむ。
歴戦? の冒険者でもこの惨状には目を覆いたくなるのか、初心者がどうしてこれほどの怪我をと思ったのかその辺りは推し量ることが出来ない。
「悪い手がこんなだ書けないんだが……」
「でしたら代筆を行いましょう。お名前をお伺いしても?」
「朱雀年寿と朱雀アルスだ」
職員の質問にそう答えると、職員は軽くうなずき筆を走らせる。
「ハンター証の発行にしばらくお時間が必要ですがポーションをお求めになりますか?」
「あぁ二本頼む」
その言葉を最後に意識を失う。