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プロローグ


 体内から流れだす血液、薄れゆく意識、ぼやける視界。

 不幸中の幸いか痛みは感じない。体のあちこちから流れる血のせいで道路に軽い血溜まりが出来ていく。

 体温が下がり周囲の喧騒も遠のき、意識が途絶えた。

 死と言うのは唐突に訪れすべての物を消し去る、みな平等に訪れ抗うことも立ち向かうことも出来ない。自然の摂理。

 そんな抗えない現象の中、もっと生きたかった。なぜこんなことに。あの時こうすればなどの後悔や疑問などより先に胸に沸いた感情それは


————ギルドが空中分解するのは嫌じゃ

 であった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 儂の名は朱雀年寿すざくとしひさ定年を迎え、早二十年。今年八十五になる老害。

 定年まではそこそこ大きな工場で働き、真面目に努め、上司から信頼を寄せられ、部下からは尊敬される自分で言うのもおかしいが出来がよく、会社に都合の良い人間だった。


 学歴は高くなく私立高校を卒業後の入社。学問が嫌いだったのではなく両親ともに仕事の鬼だった所以か早く働きたいという気持ちが強かった。

 何かに打ち込みその成果を実感できるのが楽しく、勉強も嫌いではなかったが、勉強は行き先が決まっているため、未知を既知に変えるとその先の開拓が無いに等しく、成果も天井ありき。

 だが仕事は違う。認められれば昇格し、色々な技術を身に付けられる。一つの分野を学ぶのにも数十年はかかる、そう語る親の姿を見て育ったため、迷うことなく高卒での就職を決めた。


 入社した会社が大手製鉄会社の子会社。世間で言われるところの下請け会社だ。

 親会社からの仕事をこなすため、仕事の供給量は安定しており、他社からの依頼を受け会社としては上場。

 人間関係も特に悪いことは無かった。世間を賑わすブラック会社と言うやつに当たらなかったのは運がよっかたのだろう。


 恵まれた環境で仕事をこなし、技能を上げ、信頼関係を築き、長年の経験と人脈のおかげで一つの部署を任せられるところまで出世した。

 上に立つと下に居た時には感じなかった窮屈感や面倒ごと振りかかって来る。

 下の不始末の尻拭い、上からの注文。板挟みになる事も多かった。

 でもその板挟みの生活も得るものはあった、人に指示を出し動かす能力、問題点改善点の早期発見。板挟みになった際の立ち回り。

 だがその体験を十分に経験する前に板挟みの生活は終わった。


 ある日、親会社である大手製鉄会社に空きが出来たため子会社から出向させてほしい、と言う話が来た。その話に白羽の矢が立ったのが儂だった。

 社内の人望も厚く、仕事にひたむきに、誠実に取り組んだ結果を見てくれていたの周囲の意によって、親会社に勤めることとなった。


 周囲の勧めを断るのは申し訳なかったが、会社で学べることはまだあり、自分が抜けることで出る損害を考えると申し訳なく思い、辞退しようとした。

 だが部下も上司も皆が私の出世を喜び笑顔で送り出してくれた。心残りはあるが気持ちを新たに、新天地で新たに見解を広げることとした。


 親会社に出向して一番に思った事は、平和の二文字だった。

 現場ではなくデスクワークメインだったせいかもしれないが、納期に追われることもなく、機械のメンテをすることもなく、工程を考えることもなく。

 ただただ現場の者が挙げてくる工程に不備が無いか、おかしな部分は無いかを確認するだけの作業だった。


 初めは何も得られるものがない、これなら出向するのではなかったと後悔もした。だが日を追うごとに表面上では見えない苦労を痛感する。納期を守れない現場の状況把握と改善。

 これがなかなか難しい。現場に立ち自身で指導するならまだしも、遅れている部分を作業している者に直接言えないため、指示しても伝わらず、改善が見込めなかった。


 改善が見込めなくともやるだけのことはやる、現場で培われた経験、学校時代に培った勉強方法などを活用し、現在使用されている作業標準の見直し、作業指揮者の教育指導。上から口を出すだけでなく、疑問質問を聞き入れる姿勢。

 様々な行いをし不備を指摘、効率化を促進し業績につながるよう奔走していた。

 周囲は肩肘張らず、もう少し力を抜いてと言っていたが、見当違いの言葉に耳を傾ける事が出来ず仕事に没頭していた。


 初めは冷めきっていた職場の雰囲気も、徐々に暖かなものに変わったのはいつからか分からない。若くはない年で出向だったが一員として迎え入れられるのに時間はかからなかった。


 親会社でも周囲の人望、尊敬を集め、発言力を増したころ。定年を迎える。

 周囲に自身を誇示したかったわけではないため、惜しむことは無かった。

 定年になり再雇用を進められたが、自分が居座る席があるなら後継を育ててくれと辞退した。


 仕事が生きがいの趣味も仕事の儂は生きるための原動力を一瞬にして二つなくしてしまった。

 手元に残ったものは通帳の残高と健康な体のみ。


 通帳の残高は退職金もそうだが、給料や賞与に手をつけて居なかったため老後年金が無くてもやっていけるだけの貯金はある。

 だが使い道が無い。ただ生きるだけならこれほどの金は必要ない。

 老後の趣味を開拓しようと少なからず手を出したが、身体はついて行っても心が付いていかず長続きしなかった。


 生まれてこのかた趣味と呼べるものが勉強と、仕事しか無かった儂は自身では見つけられないと思い後輩に相談した。

 相談した後輩は所謂オタクと呼ばれるような人種である。

 彼は多種多様な趣味を嗜み浅く広くではなく、深く広く趣味を広げているため儂に合う趣味を紹介してくれるかもしれないと思ったためだ。


 彼に自身の感情を伝え何かないか? と相談した末に帰って来たのはソシャゲだった。

 ソシャゲとはネットゲームの通称。金を使わずも楽しめるが、金を使った方がより楽しめると言うコンテンツ。ただネットゲームなため現物が残る訳ではない。

 コンテンツが終わればそれにつぎ込んだ時間と金が無意味とかす。


 だが今の儂はその両方が手持無沙汰で意味を成していない状況今と変わることはさしてない。

 そのため、彼の忠告を聞き入れた上でゲームをしてみることにする。

 少し下調べを行い、どのゲームがいいかを調べた末に見つかったのは、ソシャゲ界隈では老舗のゲーム。

 すでに十年近く続き、根強いファンに支えられそれに答えるように運営も最善を尽くす優良ゲームだった。


 ゲームは優良だが、ゲーム内はなかなかカオスだった。

 イベントでの順位を競い、ギルドにノルマを課すのは当たり前。

 ギルド内の入れ替わりは激しく、順位変動も激しい。そのくせして一位をキープしているギルドはここ数年変わっていないと言う。


 期待と好奇心に満ちた心は幾度となくためした趣味では味わえなかった高揚感だった。

 その高揚感を与えてくれる存在はいつも趣味となる物だけだった。


 定年後の趣味に暇つぶしにと思っていたが、これはその想定をはるかに超えるものだった。その世界は仮想で有りながら現実に近く、システムも社会。会社に近かった。


 イベントと言う名の競争する社会を与えられ、ギルドと言う各々の会社を立ち上げ、ギルドメンバーと言う社員と共に自社の力を誇示し。ポイントと言う給料を得て、順位と言う賞与を得る。自社の向上のために設備という、課金を行う。

 他社を蹴落とし、時には引き抜き、自社を大きくしていく。


 自分が経営者になったことは無かったため、初めはギルドに所属していた。だがその環境が悪辣で独立することを決意。

 同じするなら独占している一位の座を奪いたい。そう思いきつめの条件を設け求人を出した。


 社員ゼロの会社のしかも見るからにブラック極まりない求人に目を惹かれるものはおらず、社員は増えなかった。

 それでもイベントの数をこなし、自身の会社を誇示しブランドをつけたころ。ようやく一人二人と面談希望が届いた。

 因みに求人票記載の募集内容は、経験者に限る。課金必須の社会人である。


 小さいながらも順位を上げ、次第に規模が拡大していった。

 独立してから一年と数カ月。ようやく当面の目標であった一位の奪取が叶った。

 その過程で少しのいざこざはあれど平和に回っていた。


 一位を奪取し、次なる目標を連覇に定め一年ほど一位の座を守ってこれからどのような取り組みをするか。そう考えて居た時儂はこの世をさった。


 すべてが軌道に乗り順調に進んできたころに手放すのはこれで二度目だ。

 定年を迎える前の順風満帆な日々、首位と独占しこれから新たな取り組みをしようとし間もなく命を落とす。


 人はあっけなく死ぬ、歳が若くても、老いていても平等に突然死ぬ。

 自然の摂理である限り人は必ず死ぬ。人はもろい。だから死ぬ。

 儂は事故にあって死んだ。年齢も取っており十分な年数生きた。

 それでもやはり後悔や悔いは残る。その一つがギルドの空中分解。

 次の物を決めて退くのならそれも良かった、だが突然の失踪は空中分解必至。それだけが心残りだった。

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