閑話1 王城のテラスでの会話
ここは、セレス王国の王都セレスティア
眼下には王都の整然とした街並みと青く澄んだ美しい湖が見渡せ、まさに絶景と言うべき美しさだ。
「ふうっ。」
王城のテラスで、その景色を眺めているとは思えない溜息が漏れる。
「本当に抑止力となり得るのでしょうか?」
第1王女ティアは誰に尋ねるでもなく疑問を口にする。
「されど、帝国の動きが顕著になってきております。打てる対策は全て打つべきかと。」側に控える臣下が返す。
「それで、召喚の儀の準備はどの程度出来ているの?」
「残すところは魔力の充填のみで4日ほど掛かります。つきましては5日後に召喚の間にお越し頂きたく。しかし流石ですな。まだ、御目通りしただけで何もご説明していないのですが。」
「軍事の要で多忙を極める爺がワザワザ会いに来る理由は他に考えられませんわ。召喚の条件を満たす者も極々少数ですし・・。そう言えば、もう1人はどうなっています?」
「ハッ。甚だ恐縮ですが、我が孫娘と立場を交換し、公爵家の娘としてウィズダム学園に入学して頂きました。」
ティアは返答を聞いて整った顔立ちを顰めた。
「確かに王都から離れて目立たぬとは思いますが、場所が余りよろしくないのでは?帝国が動けば戦地になりかねないのでは?」
「ガハハハッ。いくら帝国とは言え動くまでまだ2、3年は掛かりましょう。」
間者からの情報で今年から国境に近い帝国領の農耕地帯で大幅な備蓄命令が出たらしいとの噂と食料庫の増設が確認されている。兵を派兵する前段階の兵站を準備している可能性が非常に大きい。
「学園は確か3年制ではありませんでしたか?」
ジト目で爺と呼んだ人物を見る。
王国の軍部の中心人物であり例え第1王女であっても失礼になり兼ねないが、今は、テラスでお茶をしているところなのでプライベートな意味合いが強く師弟のような雰囲気がその場に流れていた。
「ん、んんっ、ゴホン。実は孫娘共々に学園で学びたいと懇願されましてな。」
(なんだ孫バカか。)
更なるきついジト目が姫の内心を物語っていた。
「万が一を考え既に学園には秘密裏に派兵しております。表向きにも学園の広い土地の一部を間借りして駐屯地を作るための派兵となる予定になっております。」
「そう。ならいいわ。」
姫は懐疑的ジト目を解除する事なく肯定の一言を口にしてからカップを口に運ぶ。
少し温くなった紅茶だが、春の陽気が降り注ぐ暖かなテラスで飲むその感覚は平和の余韻を含んでいた。だからこそその陰りを憂い陰鬱な気分になりそうになるのを新たな質問をする事で意識の端に追いやる。
「召喚の儀の人員はどうなります?予備人員はエルですか?」
「名目上はそうなりますな。」
「仕方ありませんわね。」
王城で行われる召喚の儀は設備により魔力を溜め込み術者の召喚の手助けをする大掛かりな魔法陣によって成り立っており、術者の能力を飛躍的に上昇させる。
それでも元々の術者の能力が高くないと望むべく結果は得られない。当日何かしらのトラブルや召喚失敗時に予備の術者がいれば代わりに召喚を行える者を用意しておきたい事は当然なのだが、エルとよばれた者は召喚は使えるもののその能力は高くないようだ。
「当日は呼ばれますか?」
主語の伏せられた質問だ。
主語は分かりきっている。
代わりになり得る者だ。
「折角遠ざけているものを・・ワザワザ呼び寄せなくても良い。私だけで滞りなく済むように万全の準備をせよ。」
「ハッ。心得ました。」
踵を返し去っていく老齢の紳士を一瞥し眼下の街並みを改めて眺める。
同時に一陣の強い横風が吹き抜ける。暖かな風なのにひどく不安を掻き立てられた気がした。