ポテト王国の日々 3 〜ナイト〜
夜が朝になる手前の午前5時。
小さな灯りの群れが草原を移動する。
そして木製の小屋の前で、その灯りは音もなく消えた。
「さて、今日も1日が始まるな」
小屋の扉を開けると、そこはもう見慣れた光景。俺が今いるのは馬小屋だ。
馬達は日が昇らない今の時間はまだ夢の中。暗闇の中で俺は馬小屋の窓を開け、馬達を繋ぐ鎖を外し、掃除を始める。
そのうちに日が昇り、窓から陽の光が差し込み、馬達が起き出す。俺の周囲では起きた馬達の嘶きによる挨拶、ヒヒーンの合唱がおきている。
「じゃ、お前らいってこい」の合図で、馬小屋の扉を開放する。馬達は次々と外へ飛び出し、草原を駆け回る。
その後に、ピューッと口笛を吹いて呼び出すのは、俺の愛馬…ではなく愛豹の「氷」。
子供の頃、夜の鍛錬中に暗闇から俺に襲いかかってきたのが、同じく子供で、黒豹のアイスで、俺たちはお互い生死を賭けて闘った結果、引き分けた。
引き分けたにも関わらず、アイスはなぜか俺をご主人認定し、俺は「夜行性動物使い」というスキルを手にした。ソイルさんのスキル「育成」によって、アイスは普通の豹の2倍の体格、知能もかなり高く成長した。
アイスがやってきたので、その背中に飛び乗る。大きな体格でパワーもあるアイスは、広大な畑の広がるポテトで移動する相棒だ。基本は夜行性なので、昼間は寝ているため、こうして朝の時間は一緒に働いている。
アイスは豹と氷、言語によっては同じくヒョウと読むことから、俺が名付けた。ただ、名付けの文字通り、飼い主である俺への態度も冷たい。
「アイス、今日は何をする予定なんだ?狩りか?」
(寝る…。)
「今日狩りに出掛けてほしいんだが…」
(寝る…。)
冷たいところがあるが、俺の良き相棒だ。
アイスは俺をソイルさんの元へ運ぶと、そそくさと立ち去ってしまった。基本は昼間は俺の家の近くの木の上で寝ている。アイスの気が向けば、夜の間に狩りをしてくれるはずだ。
「ソイルさん、馬糞持ってきたよ」
「おし、なら向こうの台車の側に積んどいてくれや、終わったら朝飯作っといてくれ」
ソイルさんから指示を受ける。ソイルさんは赤茶の髪に、茶色の眼、茶褐色の肌で身体2メートル近く、縦にも横にも大きい大男だ。トレードマークはドワーフ並みの豊かな髭。
夜の力をもつ俺は、農作業に向いていない。植物は水と太陽の光で育つので、夜の力を持つ俺が育てると、夜と勘違いして成長を止めるのだ。
なので俺は基本的には畑に立ち入り禁止、こうして馬糞を届けたら退散する。ちなみに馬糞は、ソイルさんの土のスキルで肥料に変え、じゃがいもの育成に貢献する。余った肥料は近所に売ることで重要な資金源にもなっている。
そんなソイルさん、現在独身で息子の俺を育てているため、奥さんはいない。仕事であまり役に立たない俺はソイルさんの奥さん代わり…は嫌だが、息子として家事や買い物など身の廻りの作業を率先してこなしている。
昼間はほとんど主夫をして、夕方に馬達を小屋に戻し、ソイルさんとの晩餐を終えたら俺の時間がやってくる。
クトーさん曰く、名前の影響で俺は夜に成長しやすいらしい。そんな特性を活かして、夜は鍛錬に費やす。クトーさんのくれた剣で素振りしたり、魔法の練習をしたり、筋トレをしたり、たまにアイスが模擬戦の相手をしてくれる。
そんな夜の鍛錬が終わった後、3時間程の睡眠をとって、また朝の繰り返しだ。
少ない睡眠でも身体を壊さないのは、睡眠回復のスキルのおかげだろう。
そんな毎日が今日で最後だったと知るのは、明日の夜だった。