プロローグ
名前に力が宿る、魔法の世界。
この世界では名付ける名前に意味を持たせる風習がある。そして、名前は力を持ち、名付けられた側の人格形成や魔法、スキルの根源となる。
例えば、生まれたばかりの男の子の名を「炎」と名付けたとする。
わかりやすい魔法から説明すると、この男の子は炎系の魔法に優れた人物になれる。
性格で言うと、情熱的、燃えやすい、暖かいもしくは暑苦しい性格の人物になりやすい。
スキルで言うと、炎耐性が強いとか、炎を扱う料理が上手いとか、何かしら炎に関連したスキルが発現しやすい。
じゃあファイアという名前の男の子が2人いたら、全員が同じような人物になるかというと、そこは個性や育った環境、本人や周りの想いで変化する。
ファイアAが魔法が大好きで、魔法に情熱を注いでいれば炎系の優れた魔法使いになる。
ファイアBが恋に夢中で、剣技で意中の女の子を振り向かせたいと思っていれば、剣と恋に情熱を注ぐ戦士になる。
大きな力を及ぼすのは自分の本当の名前である真名だが、周囲のイメージの宿るあだ名でも、この世界では力をもつ。
一国の王様のことを、真名ではなく、皆が王様と呼び続ければ、その人に王様としての資質やスキルが発現するという具合だ。
じゃあ、めちゃくちゃ長い名前に複数の意味を持たせたら最強なのか?と言われると、答えはノー。
名前は想いを持って呼ばれるほど、力を持つ。
名前の意味が複数あると、力が分散して1つの意味に対して少しの力しか宿らない。
しかも名前が長いと、皆が略したがるので真名で呼ばれなくなる可能性が高くなる。
この世界の名前の王道は、1つの意味を持った真名を名付けるということだ。
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俺の名前はナイト。
自己紹介をする時は「夜」と書いて夜と言うが、実際はわからない。
俺の育ての親である土さんから聞いた話によると、どこぞの冒険者が危険な場所へ行くので預かって欲しいと言って、ソイルさんに預けたのが当時2歳くらいの俺らしい。
ただ、その冒険者が俺の親なのかと言うと違う。
その冒険者が旅の途中に成り行きで参加した戦場で、女性に命辛々に手渡されたのが赤ん坊の俺で、
「ナイトをお願い…」
そう伝えて、敵軍の攻撃を受けて女性の姿を見失ったそうだ。後に戦が落ち着いてから冒険者は女性を探し回ったらしいが、姿を見つけることが出来ず、手元にはナイトという名前の赤ん坊が残った。
ただ、冒険者が困ったのは、その赤ん坊の名前の音がナイトと言うことはわかるが、肝心の意味がわからなかったことだ。
ナイトという音が意味するものは、「夜」と「騎士」の二つがある。
名前に力を持つ世界であっても、音だけで意味が伝わるほど都合良く出来てはいない。
常識として、名前を呼ぶ際に無意識でも意味を乗せることが普通なので、自己紹介の際に自分の名前がどちらを指しているか示すことが礼儀でもあるのだ。
冒険者は迷ったあげく、とりあえず広い意味でとれる無難な「夜」を選んだ。
これが俺の名前の事情。
物語は俺の名前をキーにして動き出す。