表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ELEMENT 2017冬号  作者: ELEMENTメンバー
テーマ創作「コート」+「結晶」
5/16

画餅に帰す(作:SIN)


 北風吹き荒れる外気に晒されていた体は、校舎内に入っただけで暖かさを感じるほど冷えきっていて、ストーブのついている教室内に入ると首に巻いていたマフラーが暑苦しく感じた。

 「おはよー!じゃ無かった。ごきげんよー!ごきげんよう?ごきげんYO☆」

 なんか、変な三段活用が来た。

 「おはよ。今日も元気がえぇな。元気が良いね?良いNE☆」

 別方向からもう1人。

 え?これ、俺も何か言わなきゃならない感じ?

 俺の机にやってくるのはセイとシロ。

 セイは大きな通学鞄を背負ったままで、シロは暖かそうなダウンジャケットのポケットから片手を出して軽く振ってくる。

 全く、朝からハードルが高くてしょうがないよ!

 「……登校して早々の変な挨拶、受けて普通に返す朝の挨拶、SEIハイ!これが俺の挨拶、挨拶位は真面目にSIRO☆」

 これで、良いのだろうか?いや、突っ込まれる前に話しを流してしまおう。

 何事も無かったかのように椅子に座ると、何事も無かったかのようにセイが1冊の雑誌をバンと机に置いた。また、何かの特集ページがあるのだろう。

 「個性を演出するには、コレだ!」

 大きく宣言したセイは、1度置いた雑誌を再び手に取ると、ペラペラとページを行ったり来たりしながら記事を探し始める。

 「そういうんは、開いてから言うんちゃうの?」

 「付箋貼っとくとか、ページの端を折っとくとかしたらえぇのに」

 俺達の突っ込みが聞こえていないのか、真剣な表情で雑誌をめくり続けるセイ。

 「多分またお洒落男子特集やで?」

 「今度はちゃんと季節に合ったもんやろな?」

 チラリと俺達を見たセイは少しムッとしたのか、頬を膨らませたのだが、急に笑顔になり、

 「これだ!」

 と、再びバンと机の上に雑誌を開いた状態で置いた。

 そのページはコート特集になっていて、さっきセイが言った「個性を演出するには、コレだ!」と大きく書かれていた。

 見出しをそのまま使うなんて、発言に個性がないわ。

 「コートがなんで個性になるん?」

 不思議そうに言うシロは、学ランの上からダウンジャケットを着ている。黒とか、紺とかそんな目立たない色じゃなくて、真っ白。

 まさに個性の塊なので、これ以上の個性となると、どんなコートを選んだら良いのか分からない。

 「ホラ、制服って全員一緒やろ?目立つにはやっぱり、お洒落!」

 結局、お洒落男子になりたいだけか。そりゃ確かにダサイよりはお洒落の方が良いに決まってるんだけど、それにしたってコート?種類にもよるんだろうけど、制服の上からじゃあどんな上着を着た所でお洒落にはならないと……いや、シロのダウンジャケットは格好良い……かも?

 「チーズフォンデュ食ってろ」

 そんなシロは、欠伸をした後に夏休みにやった罰ゲーム事を思い出させる単語を口にした。

 トロトロとしたチーズと、グツグツと暑苦しい音は、今の時期にこそピッタリだ。

 あの時はあまりの暑さと熱さでメインであるチーズが強敵にしか感じられなかったけど、今なら美味しく食べられる。

 しかし、セイは乗り気じゃないらしく首を振り、

 「女子がおらな意味ないやん?」

 と。

 男子のみで、しかも真夏にやったのは何処の誰だよ!しかも女子を呼んで大人数でチーズフォンデュを?そんな鍋パーティーみたいな感じで食べるものだっけ?それなら普通に鍋パーティーにした方が……待てよ、鍋はお洒落なのか?

 「誰か誘ったら?」

 チーズフォンデュ食ってろ。とか投げやりだったくせにやる気満々なのか!?

 「誘える女子おるん?」

 やっぱり女子がいないと開催したくないのか?

 「……」

 「……」

 そして2人揃って誘える女子不在か!

 「ほらな!やっぱお洒落に目立ってモテなアカンやん」

 確かに。

 今回ばかりはセイの言う事に納得するしかないよ。それに、こんな寒いのに水着!とか言い出さないだけ成長したと思うし。

 「それは分かったけど、何でコートなん?」

 言いながらシロは真っ白なダウンジャケットを脱ぐと、ダウンジャケットを入れる為だけに用意している鞄の中に綺麗に畳んで入れた。

 白いと汚れも目立つだろうし、気を使うよね……それなのに真っ白を選ぶなんて、拘りを感じるよ!

 それに比べて……。

 「コート特集」

 得意げに雑誌を指し示すセイ。

 「雑誌を参考し過ぎやから!」

 もし、物凄く格好悪いものでも、お洒落男子になるには、とか雑誌に載っていたら間違いなく真似しそうだ。

 そこまでしてお洒落男子になっても、モテなかったらどうする……いや、考えたら悲しいから、突っ込まないでいよう。

 「後、寒いから、なんか上着欲しいなぁ~って」

 ちゃんとした理由があったのか!それを先に言え!

 「で?コート買いに行くから着いて来てって?」

 あ、そう言う事?

 「いや?汗と涙の結晶で買ってん」

 ジャーンと大袈裟に言ったセイは、バイト代で買ったと思われるコートを鞄の中から出して見せてきた。

 やたら大きな鞄だと思っていたら、コートが入っていたとは。って、着て来ないで鞄に入れて登校したのか!?

 「着てみ」

 シロに言われてからやっとコートに腕を通すセイ。

 しっかりとした生地はダークブルーって言うのかな?暗い青色で、ボタンは黒。ロング丈だけど幼く見えない。

 うん。中々格好良いし、似合ってると思う。思うんだけど……今日の挨拶以降の会話って必要だったのだろうか?

 え?これ、もしかして、かなり遠回りした新しいコート自慢!?

 「今日からまた冷え込むらしいで。雪になるかもってさ」

 セイによるコート自慢を華麗にスルーしたシロは、初雪になるかも知れない。とか言う文字を俺達にも見えるように携帯画面を向けてくる。すると身を乗り出したセイは非常にキラキラとした瞳で言うのだ。

 「って事は……リベンジせなアカンな」

 と。

 「なんの?」

 チーズフォンデュなのだろうけど、それを女子がいないからと断った本人が何故仕切り直すのだろう?もしかしたら鍋パーティー?それとも……そうか、セイの事だからきっと闇鍋とか言い出すに違いない。

 「雪男」

 違った!

 しかも、鋭利な角度でメルヘンに行きよった!

 「女子はどうしてん、女子は!」

 そうじゃない、そうじゃなくて……雪男なんて出ないよ!こんな一般学生3人で捕まえられる雪男がいるんなら、それは雪男じゃなくてただの不審者だよ!

 「じゃあ、雪女な」

 適当か!

 あぁ、でも……雪女なら、見てみたいかも。

 放課後、家に帰って我に返る時間を自分に与えない為に雪女捕獲に向けた準備をして、即刻家を出発して向かった裏山の入り口には、もう既にシロが立っていて、俺を見付けるなり大きく手を振ってきたのだが、色々と気になる。

 まず、真っ白なダウンジャケット?絶対汚れるけど良いの!?後、捜索だと言うのにMサイズのタッパー位しか入らない程のその小さな鞄はなに?

 「お待たせー。2人共早いなぁ」

 大きな鞄を持ったセイが走り難そうにしながらも走って来るのだが、気になる事がある。

 まず、買ったばかりのコートを着て来るってどうなんだよ!絶対に汚れるけど良いの!?後、今から山を登るって言うのにその異常に大きな鞄はなに?

 あまりにも重たそうに持っているから、山に入る前に鞄の中を確認する事にした。そしてまた入っている3人分の寝袋。

 これは真面目にどっちなんだろう?ボケているのか、いないのか……。

 「テントないから、寝てたら雪が顔に積もるんちゃう?」

 3つの寝袋入りの袋を肩に担ぎながらシロは誰の返事も待たずに山を見上げたんだけど、そうじゃなくて。

 テントがあっても日帰りだわ!

 「なぁ、やけに薄着やけど、寒くない?」

 寝袋がなくなって大分軽くなったのだろう、セイはヒョイと鞄を背負うとそう言って俺に注目した。そうすると少し離れた所で山を見上げていたシロまでこっちを見る。

 確かに俺はコートもダウンジャケットも着ていない。だけど、

 「下に着てるから大丈夫やで」

 それにマフラーもしているし、手袋もあるし、カイロだって背中に貼っているから暖かい。

 「ババシャツみたいなん?」

 誰がババシャツだ。

 雪がちらつく中、雪男捜索をした思い出深いあの小川に向かって山を登る。

 そんなに高い山でもないから、その場所にはスグに辿り付く事は出来たのだが……流石雪が降っているだけの事はある。非常に、寒い。

 「やっぱ寒いんちゃうの?」

 寒そうに手を擦り合せているセイが、ハァーと手に息をかけながら聞いてくる。

 「全然。セイこそ寒そうやけど?」

 なんとなく寒いって言ったら負ける気がして、俺はポケットの中に手を入れて少しばかりの強がりを言う。

 「俺はホレ。この汗と涙の結晶があるから!」

 汗と涙の結晶って、今日2回目だけど?もうそれ言いたいだけなんじゃないだろうか?しかもかなり寒そうに手を擦っていたのは誰だよ。

 「じゃあ、この辺で罠仕掛けよか」

 そして1人暖かそうなシロは鞄の中から罠用の餌を取り出した。

 小さな鞄から出てきたのはMサイズのタッパーで、その中には白い物が入っていたのだが、それはどう見たって大根おろし。

 「俺も持って来てるで」

 そう言ったセイも鞄から餌を取り出したのだが、それはどう見たって粉チーズ。

 「なんで大根おろし?で、なんでチーズ!?」

 「え?雪っぽいやろ?」

 あぁ……確かにそうだ……。

 「コウは何持って来たん?」

 俺は無言で鞄を下ろし、その中から餌用に持って来た容器を取り出した。

 「……ホイップクリーム?」

 「雪っぽい……やろ?」

 「……」

 お願いだから、黙るのだけは止めてくれ。

 「俺のが1番雪っぽい」

 満足そうに粉チーズを掲げるセイに、

 「なんでやねん。それ粉チーズやん」

 と、至って普通の感想を述べるシロ。そんなシロの手には大根おろしがたっぷりと入ったMサイズのタッパー。それを見たセイは、

 「シロのだって大根おろしやん」

 と、至って普通の感想を述べる。

 どちらがより雪っぽいかって言われると……大根おろしかな?水分含んでベチャベチャっとしている感じがよりリアルな雪を表現できていると思う。

 だったら、よりベッチャリとしている俺のホイップクリームも良い線いってるのかも?

 「俺のは……」

 「コウのはないわ」

 「それはないな」

 酷っ!

 雪女だから雪っぽい物って発想は同じじゃないか!

 一通り騒いで暖かくなった後は、3人並んで大人しく雪女が現れるのを待つ事にした。そうするとさっき暴れて出た汗が乾いて、寒さに磨きが掛かる。更にはチラチラと降り続けている雪が薄っすらと積もり始めて……。

 「雪っぽい物、用意せんで良かったかもな」

 と、シロが地面を指差しながら笑い、セイも自分のコートに積もり始めた雪を見て笑う。俺は、寒過ぎなのかなんなのか涙が滲んできた。

 もう心底帰りたい。

 膝を抱えて座り込んだと同時、

 「なにしてんねん!」

 と、怒鳴るような声が聞こえた。

 聞き覚えのない声の主がズンズンと近付いて来ると、シロは鬱陶しそうに、

 「兄貴」

 と。

 シロの兄貴?って事は、この人がタケシさん!?にしたって、こんな突然登場するなんて、雪女が出て来るよりもビックリなんだけど!

 「雪が降る日は山に入ったらアカン。もう帰り」

 タケシさんは小川の向こう岸をチラチラと見ながら、急かすように俺達の背中を押してくる。

 何を見ているのだろう?

 そう思って向こう岸に視線を向けるが、暗闇に目が慣れていないせいで良くは見えない。

 「なんでここにおるって分かったん?」

 どうやらシロは裏山に来る事を話していなかったようだ。雪山が危ないから俺達を連れ戻しに来たって訳じゃないのなら、タケシさんはどうしてここへ?

 「たまたま山に入ってくのが見えたから着いて来ただけ。んで、何してたん?」

 何してたと聞かれても、雪女捜索なんて正直には答え難いし……だからと言って咄嗟に誤魔化すだけの頭も働かない。

 「汗と涙の結晶でお洒落になったので、雪女をナンパしに来ました!」

 ここでもう1回、汗と涙の結晶。を捻じ込んでくるとは!

 セイ……朝、発言に個性がないとか思ってゴメン。

 「ナンパなら、普通の女の子にしとき。あーしまった。携帯忘れて来てしもたわぁ」

 サラリとセイの返事を交わしたかと思った次の瞬間、タケシさんはどうしたのだろうか?と心配になる程の棒読みで携帯を忘れたと言い、引き返してしまった。

 だから着いて行こうと思ったんだけど、何故だか足が上に向かわず、結局俺達3人は山の入り口に戻ってきていた。

 「なんか、かなり急展開やったな」

 ポカンと山を見上げているセイが今回の感想を口にするが、それはそのまま俺の感想でもある。

 だったらもう1回山に入る?罠の回収をしなければならないって大義名分もあるんだから、途中でタケシさんに見付かっても、今度はちゃんと説明が出来る。

 なのに、やっぱり山に戻ろうと言う気分になれない。

 寒いからとかじゃなくて、雪が降っている時は山に入っては駄目な気がしたんだ。

 「もう、アレを雪男って事にしとこか」

 シロが無理矢理締めようとしているから、俺はそれで納得する事にした。

 「雪女捜してたのにな」

 「しゃーない」

 こうして、モヤッとしたまま俺達の雪女捜索は幕を閉じたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ