家宝で妖怪(作:marron)
ウチのインターホンがピンポーンと鳴った。
「郵便局です~」
俺が勢いよくドアを開けると、段ボールが俺の腕にドスンと置かれた。
「おっと」
反射的に段ボールを持ちバランスをとる。それから判子を押そうと前を見ると、もう配達員の姿はなかった。
「あれ?」
俺は腕に置かれた段ボール箱を見る。それからまた前を見る。誰もいない。
「ん~?」
どういうこった。
また段ボール箱を見ると、宛名が箱に直書きされていた。って、きったねえ字!しかも箱のふたも適当に折り込んであるだけで、ガムテープで留めてないし。なんだこれ!?
「いいから、扉を閉めろ」
と、声がしたから、兄貴の声だと思ってドアを閉めた。
「なんだった?」
家に入り段ボール箱をダイニングテーブルの上に置くと、兄貴が覗き込んできた。
「なにこれ、どういうこと?」
汚ねえ字を見て兄貴がゲラゲラ笑ってる。
「兄貴宛てだろ。高橋様って」
「あ?お前だって高橋だろうが」
そうだけど。
2人で首をひねっていると、いきなり段ボールのふたが開いた。ひとりでに、折り込んであるだけの端っこが引っ張られて開くと、中にあった新聞紙がポンポンと放り出された。
「うわ、ちょ!」
「な、なんだこりゃ!」
中身が出てこようとしているんじゃない。誰かが開けているんだ。なのにその“誰か”の姿はない。俺たちは段ボールを凝視してつい逃げ腰になった。
「ちょっ、ヤバい!荷物、捨ててこようぜっ」
と言った時だった。
「じゃーん!」
と、段ボールの中身が現れた。って、なぜ効果音付き。誰が言った!?
荷物の中身は、紺色に金糸が施されている、重そうな外套だった。カッコいいが、古そう。そして、空中に浮いている。
って、どういう状態!?
「うわあああっ」
兄貴がその外套を引っ掴もうとした。すごいぞ兄貴!勇気ある~!
「な、何すんだ!」
ところが、外套は兄貴を避けた。
こういうの見たことあるよ。何て言ったっけ、スペインの牛追い祭りじゃなくて、闘牛っていうんだっけ?
ヒラリと避けられて、兄貴はつんのめった。
「っ誰だ!」
兄貴が叫んだ。この部屋には2人しかいないのに、確かにジジくさい声が聞こえた。なんとなく聞いたことのある声色のような気がしないでもないが、俺たちでないことは確かだ。
「お前たち、落ち着け。俺は高橋虎吉だ」
「え!?」
この外套が高橋虎吉!?どういうことだ。
「ということは、送り主直々に段ボールに入って送られて来た、ということ」
兄貴が冷静なふりをして分析している。
って、違うだろ。どうやってふた閉めるんだよ。
「俺はこっちだ」
声は、そう言うと、外套を机に置いて、机の上にあったカップをトンと鳴らした。
「カップが虎吉?」
兄貴がマジマジとカップを見ている。
だから違うだろ。カップはウチのだ。俺がさっきコーヒー飲んでたカップだ。
「違う。俺はたった今、そこの玄関から入ってきたんだ」
と声は言う。
「は~、なるほど」
俺が言うと、兄貴が「え?」と俺を見た。
いやいやいや、俺だって納得してないけど、それしか考えられないじゃないか。
「お前たち、頼むから座って落ち着いて話を聞いてくれ」
そうは言ってもなあ。誰なんだよ。そして何なんだよ。で、どこにいるんだよ。
一応俺たちは座った。で、どこに目をやって良いか分からずにキョロキョロする。
「そうだな、分かりやすいように、これを着ていてやろう」
声はそう言うと、外套を羽織った・・・らしい。頭はないが、ちょうど人形の衣紋掛けのようになった。
声はフウとため息のような音をさせてから、ゴホンと咳ばらいをした。本当にそこに人がいるみたいだ。
「俺は高橋虎吉だ。知ってるだろう?」
「「いや、知らん」」
俺たちが即答すると、外套がずっこけた。
「知らない!?なんで!?知ってるだろうが!」
「「いや、知らん」」
知らんもんは知らん。
「はあ~?お前たちが小さいころ、会っただろ。小遣いだってやったのに」
「「マジで?」」
「お前知ってる?」
「いや知らん。お前は?」
「知らんって」
という俺たち兄弟のやりとりがなんだかバカらしくなるくらい“虎吉”に心当たりはなかった。しかも、そこにいるんだか居ないんだか。
「お前たちの父親の虎彦の弟だ!叔父の名前くらい覚えておけよ~!」
「「叔父!?」」
あー・・・そういえば、虎吉っていう叔父さんいた気がする。随分前に蒸発したって聞いた気が。
「「叔父!?」」
再度2人で叫んだ。
「虎吉叔父さん、どうしてそんな姿に」
虎汰が外套をマジマジと眺めながら呟いた。
すると叔父さんは、待ってましたとばかりに話しはじめた。
「お前たちにこの外套を託したくて持って来たんだ。コイツは家宝の外套だ」
「家宝!?」
なぜ家宝を虎吉叔父が持ってる?
「この外套には大きな秘密がある。ま、それはあとで話すが、先にコイツを預かってもらうための注意事項を話しておかなきゃならん」
俺たちはイマイチ状況がつかめないまま、話しに巻き込まれていった。
「この外套は狙われている。いいか、誰が来ても親族以外の人間、いや、人間じゃなくてもだ、絶対に渡すんじゃないぞ。
それから、俺も狙われてる。時々で良いから、ここで匿ってくれねえか」
「あー・・・意味が分からないんだけど、叔父さん、狙われてるってどういう意味?で、狙われてるのに、匿うのは時々で良いってどういうこと?」
兄貴がテーブルに肘をついて聞いた。うん、わかるよ。こんな突っ込みどころ満載の途方もないヘンテコな話、どうやって処理して良いかわからないんだろ。
「よくわからん。ただ、この外套が盗まれそうになると、俺も一緒に連れて行かれるそうになるんだ」
「はあ」兄貴のおざなりな相槌。
「時々じゃなくてずっとここに隠れてればいいじゃん」
俺が言うと、外套、じゃなくて、叔父さんは涙をぬぐうようなしぐさをした。
「そうしたいのはやまやまだが、そうもいかない。それというのも、外套の秘密に関係がある。実は、これ、魔法の外套なんだ」
「「まほう~~~?」」
俺と兄貴の胡散臭そうな目つきが分かったんだろう。叔父さんの手が慌てたようにワタワタ動いた。
「お前たち、俺のこの姿を見て魔法だってわかれよ。この外套を着るとだな、姿が消える」
「おおー!?それって透明マントみたいなこと?すっげ!女風呂覗き放題じゃねえか!」
「バカ!消えるのは身体だけで、この外套は消えない。だからこの姿を見てわかれよ」
「なんだよー、使えねえなあ」
兄貴、がっくりすんな。
「ただ消えるだけじゃない。外套を着続けていると、外套を脱いでも透明のままになっちまう。お前たち、良いか。興味本位で外套を着てみても良いが、絶対に長時間着るんじゃないぞ。もとに戻らなくなっちまうからな」
あー、それで、叔父さんの今の姿ってことか。
俺が納得して頷いている横で、兄貴の鼻息が荒くなっていた。
「それって、ずっと透明ってことだろ!?それこそ、女風呂覗き放題じゃねえかあああ!」
兄貴、嬉しそうだな。って、そんなに女風呂!?
「バカ野郎ぉ!」
叔父さんの喝が飛んだ。叔父さんの剣幕がビリビリ伝わってくる。
「良く考えろ、透明になるということはだな、ただ、見えなくなるだけじゃない。透明になるということは、女風呂を覗くことはできるが、恋愛も結婚も一生縁がないってことだ!」
「ガガーン!」
兄貴、心の声、漏れてるぞ。
ていうか、論点おかしくね?
「それに」叔父さんの話が続く「どういうわけか、ずっと俺が触れていると、そこも透明になっちまう。服も靴も、俺が身に着けているとしばらくすると透明になっちまうんだ」
ということは、叔父さんは今、裸ではないのか。
「硬い椅子でもなんでも、すぐってわけじゃないが透明になる。だからここに匿ってもらうのは、時々にしないと、お前たちの持ち物やこのアパートがどうなるかわかったもんじゃない。俺は、同じところに居ちゃダメなんだ」
「叔父さん…」
そんな理由があったのか。
きっと最初は、兄貴と同じように女風呂が覗きたくて、面白半分に外套を着たんだろう。で、いつの間にか、透明になっちまって、恋愛も結婚もできない身体になっちまったのか。なんてアホ、いや、不憫なんだ。
兄貴の肩が震えている。あれは、憐れんでるんじゃなくて、笑いをこらえてるんだな。ひでえな、兄貴。
そんな話をしていると、インターホンが鳴った。
「郵便局です~」
というので、ドアを開けに行くと、俺の腕にドンと段ボール箱が置かれた。
「え?」
驚いている俺の横を数人通り抜けて行った。
「あ、ちょっと!」
慌てて引き留めようとしたが、ソイツらは家の中に入ると、外套を着ている叔父さんの腕を掴んだ。
「やめろ!やめろお」
「怖くないから、俺たちと一緒に行こう」
「離せっ」
叔父さんが嫌がっているが、どうやらソイツらに捕まって連れて行かれそうらしい。外套はすでに脱げていて、叔父さんの姿は見えなかった。
「ちょっ、ちょっと待ってください!あんたたち、なんなんだよ」
兄貴が叔父さんを掴んでいる1人を引きはがそうとしていた。その人が振り向いたとき、兄貴が
「ひえっ」
と言って、手を離した。
「ののののっ」
兄貴?大丈夫?
兄貴の方に向いたヤツが、俺の方を向いてこういった。
「その人は…こんな顔でしたか~?」
「ぎゃああ!」
顔がない!こっちを向いた顔がのっぺらぼうだった。
よく見ると、そこにいる全員が変だった。首が異常に長いヤツとか、ネコの耳が付いたヤツとか、体が石でできてるみたいなヤツとか・・・
なにこれ、お化け屋敷?
「お、叔父さんを連れて行かないでください。あんたたち、なな、なんなんですか!」
思わず叫ぶと、のっぺらぼうが俺の方に来て、俺の腕に置いた段ボール箱を指さした。
「この中には、魔法の外套が入っています。あなたたち、これ、預かっておいてください。そして、この人、あなたの叔父さんは、私たちと一緒に来てもらいます。みんなで一緒に暮らすんです」
「なんでっ」
「みんな同族ですから。魔法の外套でこんな姿になったら、恋愛も結婚もできませんからね、せめて墓場通りで肝試しのお役にたとうという集まりなんです」
のっぺらぼうの説明はごく簡潔で非常にわかりやすかった。
なんと、全員魔法の外套の被害者というか、使用者だったのか。
「魔法の外套って、そんなにあんの?」
兄貴が段ボールの中を覗き込んでいる。
「どうやら、古い蔵のある家などにはあるみたいですねえ。もしかするとまだまだ出てくるかもしれませんが、こうやって、仲間を見つけて助け合おうとしているんですよ」
「はあ、じゃ、連れてってやってください」
って、兄貴。叔父さんをそんな簡単に追い払わなくても。
しかし、叔父さんも観念したようだ。どうして連れて行かれるのか理解できたら納得したのかも。
「お前たち・・・世話になったな」
「叔父さん」
どこに目を向けて良いか分からないけど、とりあえずしんみりした顔しておこう。
「それ、頼んだぞ。それから、虎彦にも、よろしくな」
虎彦ってのは、俺たちの親父。そうか、心配してるだろうからな。
「うん」
あらぬ方を向いて兄貴が頷いた。
「叔父さん、どこ行くんですか」
俺が聞くと、のっぺらぼうが答えた。
「私たちは、北町にある妙々寺通り、通称墓場通りにいますよ。いつでも遊びに来てください。とびっきりの肝試しが楽しめますよ」
と、非常に嬉しそうな声で教えてくれた。
「墓場通りか」
心霊スポットとして有名なところだ。あそこって心霊じゃなくて、こういう“人間”が脅かしてたのか。まあ、元人間ってだけで妖怪みたいなもんだけどな。タネがわかるとあんまり怖くねえな。
そうして、叔父さんは仲間たちに迎え入れてもらって墓場通りに住むことになった。
ウチには、我が家の家宝と余所の家宝である、様々な“魔法の外套”が保存された。一つ一つ着てみて、どれが何の外套なのか、少し遊んでみようと思う。興味はあるが、まあ、気を付けよう、うん。
親父には、叔父さんの本当のことを伝えた。
そうしたら「大かた、女の裸が見たくてそんなものに手を出したんだろう」って笑ってた。それから、兄貴に「気を付けろ」と言ってるあたり、親父ももしかすると一度や二度は試したことがあるんだろうな。
さて、兄貴が本格的に女風呂を覗く計画を立て始めた。
恋愛と結婚を天秤にかけて良く考えろ、兄貴。俺は生暖かい目で見守るのだった。
おしまい