フェチ?(作:奈月ねこ)
私はその人に見とれた。
その人はマフラーと一緒にスッとコートを着た。コートの着方は難しい。それをスマートに着こなせるのは凄いと思う。
私はアパレルショップの店員だ。コートの似合う人、似合わない人へも売らなくてはいけない。コートの似合わない人へ勧めるのは気が咎めるが、これも商売。割りきらねばやっていけない。
そんな私は休みの日でもカフェでコーヒーを飲みながら、道を行き交う人たちを眺める。つい職業病、「あのコートにあのマフラーは……」「コートが似合ってない」などと考えてしまう。
そんな時だった。私の隣に座っていた男性が立ち上がった。そしてコートを着た。
私は見とれた。なんて美しくコートを着るのだろうと、感動さえ覚えた。
私が感動にうち震えていると、その男性は振り返った。
え?
私は思わず彼のコートを掴んでいた。
「す、す、すみません!その、コートが素敵で……」
何を言ってるんだ、私は。
「いや、このコートなら、あそこのデパートにあるよ」
男性は優しく笑うと行ってしまった。
それからひと月。私は相変わらずアパレルショップの店員をしていた。私が接客中に見覚えのあるコートが視界に入った。カフェで私がコートを掴んだ彼だった。
彼は服を探しに来たのだろうか。しかし私は他の人の接客中。その人を置いて彼の元へ行く訳にはいかない。私は早く接客が終わらないかとイライラしてきた。そんな私の気持ちが通じたのか、その客は何も買わずに早々に帰っていった。
そして彼の方を見ると、他の店員が接客中だった。私は仕方なく少し離れた場所から見ていた。すると他の店員が手にしたのは、彼には似合わない、スーツが隠れるくらいの丈のコートだった。私は思わず走りより、紺色の膝下丈のコートを突きだした。
「こちらがお似合いだと思います!」
彼も店員もびっくりとしている。だが彼は私が持っているコートを見てから手触りを試しだした。
「これはいいコートですね」
「はいっ!お客さまにはピッタリだと思います」
彼はそのコートをふわりと羽織った。
なんて素敵な仕草なの!?
私は内心身悶えていた。
「このコート気に入りました」
「本当ですか!?」
彼はコートを買って帰っていった。
閉店後
「も~、あんたのコートフェチには困るわよ」
「コートフェチじゃないもん!素敵な着こなしが出来る人が好きなの!」
「だってコートだけでしょ」
「コートの着方は重要よ!」
同じショップの店員は「やれやれ」といった感じで、私の気持ちは理解してもらえなかった。
コートは冬でなければ見かけることはない。だからこそお洒落には重要な要素だ。私はただその着こなしが見たいだけだ。
私は断じてコートフェチではない