四季の木に咲く花 第三話(作:美汐)
びょうびょうと吹きすさぶ木枯らしが、寒空の下を歩く彼らの間を通り抜けていった。
「さ、寒い~!! 早く帰ろうよ~! このままじゃ死んじゃうって~」
涙目になってガタガタ震えているのは、タケシである。エスキモーの着るような防寒着に身を包みながら、鼻水を垂らしている。
「あ、その鼻水ももーらい!」
久美子は凍りそうになっているタケシの鼻水の下に袋を広げ、「ドロン!」と呪文を唱えた。するとタケシの鼻水は袋のなかに消え去った。
「うええー。タケシの鼻水も入れちゃったの? いくら冬を集めるにしても……ねえ?」
「いいのいいの。それより、もっといろいろ冬を集めないと」
久美子はマイペースにそう言うと、雪原を歩き始めた。
冬を集めよう。
ということでやってきたのは冬の島。みな防寒具をしっかり準備して上陸したが、思っていた以上の寒さで、特に寒がりのタケシは早くも弱音を吐いていた。
「やあ、それにしても一面真っ白だな」
「本当ね。みーんなどこもかしこも雪化粧してて、綺麗だわ」
幸子の両親は、ザクザクと雪原を踏みしめながら周りの景色を眺めていた。
「雪に氷、吹きすさぶ寒風も入れたでしょ。あとはなにを入れればいいんだろう」
幸子が言うと、タケシが言った。
「コタツ、ストーブ、温かい鍋物にホットココア~!」
どうやら寒さは限界に来ているようである。
「まったくタケシは男の子の癖に仕方ないわねえ」
「そうだぞ。父さんを見ろ。このジャンパーの下はTシャツ一枚だ!」
両親はまた鼻水を垂らしだしたタケシを見て笑っていた。
宿泊しているロッジに戻ると、みんなすぐに暖房器具に駆けつけた。
幸子と久美子、タケシの三人は、さっそくコタツに足を入れ、しばらく暖かくなるのを待った。じんわり熱がコタツに充満していき、三人はほうっと息をつく。
「あったかーい」
ぬくぬくと暖まると、凍りついていた手足がたちまち緩んでほぐれていく。
「あったけー。幸せー!」
さっきまで鼻水を垂らしていたタケシは、コタツに入ると途端に元気になった。
「現金なやつ。だけど、本当コタツって幸せよね」
「これで鍋なんか出てくると言うことないんだけどね」
と幸子と久美子が話しているのが聞こえたのかどうか、幸子の母がほかほかと湯気を立てている土鍋を持ってきてコタツの上に置いた。
「さあ、鍋を囲んでみんなでお腹も心も暖かくなりましょう」
「きゃあ、さすがおばさん準備いい!」
「鍋!? 食べる食べる、うお~!」
寝転がっていたタケシもむくりも起き出してきた。本能のおもむくままだ。
「あ、でもこういうのも袋に集めていかないといけないんじゃないんだっけ?」
幸子が言うと、幸子の父もコタツに近づいてきてこう提案した。
「じゃあ、半分食べよう。それから袋に入れるんだ」
ということで、鍋は半分だけ楽しむことになった。
はふはふと熱々の鍋をみんなでつついて、幸せな気分とともに鍋は袋のなかに吸い込まれていった。
「コタツは一番最後に入れることにして、あと冬らしいもの、なに入れよう」
「うーん、だいたい島にあるようなものは入れたけど……」
幸子と久美子が話していると、それを横で聞いていたタケシが部屋の隅に飾られていたクリスマスツリーを見つめて言った。
「サンタクロース!」
幸子たちは驚いて目をぱちくりとさせていた。
「サンタクロース? でも、人を袋に入れるのはさすがにまずいんじゃ?」
「しかも、サンタさんを持っていったら世界中の子供たちが怒るに決まってるわよ」
「だから、クリスマスが終わってからちょっとの間助けてもらうってことでさ。ちょうど今日クリスマスイブだろ。夜中プレゼント配ったあとなら頼めば来てくれるんじゃないかな?」
「そんな簡単に。でも、サンタさんが来てくれたらきっと強力な力になるに違いないわね」
「確かに。四季の木を蘇らせるにはうってつけの人材かもね」
「だろ? きっとこの島にもサンタクロースがいると思うんだ。力になってもらおうぜ!」
というわけで、サンタクロース捜しが急遽始まった。
島のあちこちをみんなで手分けして捜していると、幸子と久美子が森のなかであるものを見つけていた。
雪のなかになにかが通ったあとがあり、動物の足跡もそれとともに残されていたのである。
「久美ちゃん、これってなんだと思う?」
「たぶんこれはソリの通ったあとで、さらにいえばこれはトナカイの足跡。つまりこれをたどっていけば……」
「この先にサンタさんが!?」
幸子と久美子は顔を見合わせると、さっそくその跡をたどっていくことにした。
随分と夜が更けてしまったころ、ようやく幸子たちはとある場所までたどりついていた。
森の奥にひっそりとたたずんでいるのは、可愛らしい雰囲気の小さな丸太造りの家。ぽかりぽかりと煙突からは煙が昇っている。
「や、やっとだれかがいそうな建物を見つけたわ!」
小さなランタンの光を頼りに長いこと森を歩き回っていた二人は、かなり疲れ果てていた。しかしようよう見つけた家の灯りは、二人の胸に温かい光を灯した。
「きっとあのなかにサンタクロースがいるのよ」
「突然おしかけていって大丈夫かな?」
「クリスマスイブだから忙しそうだけど、こちらも一刻を争うのよ。とにかく突入するしかないわ」
「そ、そうね。さすが久美ちゃん、度胸が据わっているわ」
久美子を前に、幸子がついていく形で二人はその家に向かっていった。
「ごめんくださーい!」
久美子の呼びかけに、しばらくしてなかから返事が聞こえてきた。
「だれかな? 今わしは大変忙しいんじゃ。邪魔をするものなら用はないが」
それを聞いて、幸子がこう答える。
「邪魔をするつもりはありません。ただちょっとお願いがあってきました。お話だけでも聞いてもらえませんか?」
「話? ああ、駄目駄目。とにかく今は忙しいんじゃ! 手伝うつもりがないならとっととどこかへ行ってくれ」
と、そこで扉の向こうの人物が立ち去ろうとする気配がしたので、幸子は慌ててこう言った。
「違うんです! 私たち、手伝いにきたんです! だからどうか、ここを開いてください!」
すると、一瞬扉の向こうがしんと静まり返った。そして、しばらくして突然幸子たちの目の前の扉が開いた。
「手伝いにきたなら大歓迎! 猫の手も借りたいくらいだったんじゃ。さあ、早くこっちへ。今日は大忙しじゃぞ!」
元気のいいおじいさんは、赤い服と帽子を身に付け、真っ白な長い髭をたくわえている。
まさしく見るからにサンタクロース!
幸子はドキドキしながら問うた。
「あ、あの、あなたはサンタクロースさんですか? 本物の?」
すると赤い服のおじいさんは答えた。
「そのとおり。だからクリスマスイブの今日は一年で一番忙しいときなのだ。さあ、そんなところで突っ立ってないで、なかへ来て子供たちへ渡すプレゼントの準備を手伝ってくれ!」
有無を言わさぬ様子でそう言われ、幸子と久美子は小屋のなかへと入っていった。
なかへ入ると、そこには大きなクリスマスツリーがあった。ツリーにはいくつものおもちゃやお菓子などが吊されており、四頭のトナカイたちがツリーからおもちゃなどを運んでいるところだった。トナカイたちはそれらのプレゼントを大きな白い袋に詰めていき、袋がいっぱいになると奥のほうへと運んでいく。
「さあ、きみたちもこのツリーになっているおもちゃを袋に詰めていってくれ。時間ももうすぐ明日の日付に変わる。詰め終わったらすぐに子供たちに配りにいかないといけないんじゃ」
幸子たちはびっくりして目の前のクリスマスツリーをながめた。驚くことに、トナカイたちがおもちゃを取ったすぐあとから、新しいおもちゃやお菓子がツリーになっていく。
「すごい……。さっちゃん、サンタさんのプレゼントってこんなふうにできてくるんだね」
「うん。びっくり仰天」
唖然としている二人をよそに、サンタクロースとトナカイたちはせっせと袋にプレゼントを詰めていく。それを見て、幸子たちも慌てて袋にプレゼントを詰める作業を手伝い始めた。
「さて、そろそろこのくらいでいいじゃろう」
サンタクロースはたくさんのプレゼントが入った袋の山を見たあと、窓の外に目をやった。いつの間にか外ではちらちらと雪も降り始めている。
「今度はこれを世界中の子供たちに配りにいかないとな」
幸子と久美子は、せっせと外のそりに袋を載せ始めたトナカイたちを遠巻きに見ながら、ひそひそと相談した。
「どうしよう。まだ手伝ったほうがいいかな? なんか忙しそう」
「さすがに今サンタさんを魔法の袋に詰めたら怒られるわよね。でもそろそろ他のみんなのところにも事情を説明しに行きたいし……」
と、そこで幸子はあることに気がついた。
「あれ? 久美ちゃん、魔法の袋はどうしたの?」
「え? さっきまでここに……」
久美子はきょろきょろと周囲を見回したが、いつの間にか袋はなくなっていた。
そして、視界の端に映ったのは、プレゼントの入った袋を外へと運ぶトナカイたちの姿。
「ま、まさか!」
「え? 嘘でしょ!?」
二人は慌てて外へと飛び出すと、山のようにプレゼントの袋が積まれたそりを呆然と見つめた。
「さあ! そろそろ出発するぞ!」
サンタクロースが号令をかけると、トナカイたちはそりの前の自分の手綱を自ら身につけ、それぞれ整列した。
「ちょっ、どうする久美ちゃん!?」
「どうするって、もうついていかないとどうしようもないじゃん!」
というわけで、二人は大急ぎでサンタクロースのそりに飛び乗ったのだった。
そのころタケシは、サンタクロース捜しをとりあえず引き上げ、昼間作っておいたかまくらのなか、七輪でスルメを焼いていた。
「ふんふふんふふ~ん。ぱちぱちといい音させながらくるんと丸く~」
自作の意味不明の歌を歌っていると、どこからかなにか音が聞こえてきた。
「ん? なんだろう?」
かまくらから外に出ると、いつの間にか外は小雪が散らついていた。そしてそんななか、遠く上空から不思議に響いてくる音がする。
シャンシャンシャンシャン。
空に目を凝らすと、雪の舞うなか、なにかがこちらに向かってくるのが見えた。
「え? ええ? あれはもしかして……?」
そう。タケシが見ていたのは、サンタクロースの乗ったそり。そしてその上には見覚えのある顔が二つおまけに乗っていた。
「な……っ! 幸子に久美子? なんであの二人があそこに!? んで、本当にサンタクロースいたんだ!」
驚きと衝撃で顎がはずれそうになっているタケシの頭上に、そのときなにかが降ってきた。
気づいて反射的にキャッチすると、なにかの包みのようだった。
「な、なんだこれ?」
タケシが不思議に思いながら包みのリボンをほどくと、なかからは温かそうなモスグリーンの手袋。
「これ……、もしかしてもしかするとサンタさんからクリスマスプレゼントってやつ?」
感動に手袋を持つ手を震わせながら、タケシは空に向かって叫んだ。
「サンタさん、ありがとおーーーーーっっっ!!」
幸子と久美子は夜空を滑るそりの上で、サンタクロースの目を盗みながら後ろに積んである袋をひとつひとつ調べていた。
「違う、これも駄目。ああもう、どこにいったの?」
幸子が魔法の袋を捜しているのを、久美子は隠すようにしながらサンタクロースの様子に目を配っていた。
「早く、さっちゃん! 見つかったらきっと怒られちゃう」
「だって見つからないんだもん! みんな同じような袋ばっかりだし」
「へたに袋を広げられると、今まで集めた季節のかけらが飛んでいっちゃうわ。サンタさんに開けられる前に取り戻さないとっ」
「わかってるってば~」
そんなやりとりが自分の後ろでされているのも気づかずに、サンタクロースはシャンシャンシャンシャンとそりと走らせ、たくさんの家にプレゼントを配っていった。
時には煙突から、煙突のない家にはそっと窓から。
世界中の子供たちが待ち望んでいる幸せを、赤い服を着たおじいさんは一生懸命に配っていく。
サンタクロースはにこにこと笑顔を浮かべる子供たちの寝顔を見ながら、その横にそっとプレゼントを置いていくのだった。
「さて、袋はあと二つか」
サンタクロースの言葉に、幸子と久美子は驚いて顔を見合わせた。
「二つ? この袋で最後じゃ?」
二人はそりの後ろにあった残りの一つの袋に視線をやりながら言った。
「ああ、それともう一つそりの足部分に引っ掛かっていたやつがあってな。さっき取ってきたんじゃ」
幸子たちは再び互いに顔を見合わせた。
「久美ちゃん、きっとあれよ! こっちの袋はさっき覗いたけど久美ちゃんの魔法の袋とは違ってたわ」
「嘘! 早くサンタさんを止めないと!」
と、慌てる二人をよそに、サンタクロースはすぐにそりを走らせ始めた。その勢いに二人は尻餅をつき、次の動作が遅れた。
「ほっほっほっ。さて次の子の家はどこかの?」
そんなことを言いながら、サンタクロースが持っていた袋の口に手をやろうとした。それを見て、幸子が叫んだ。
「サンタさん、駄目! その袋は!」
「ドロン!」
それが聞こえた次の瞬間、サンタクロースはヒュンと袋のなかに吸い込まれていった。
「え!? ええーーーっ!?」
思わず叫ぶ幸子の横で、あらやだ、とでもいうような体で久美子はしれっと笑みを浮かべる。
「やっちゃった。てへ」
「てへって……えええ? 久美ちゃん、このタイミングでサンタさん袋に入れちゃったの!? それ、大丈夫なの!?」
「大丈夫かはわからないけどつい……。とりあえず残ったプレゼントは私たちで配らないといけないかしらね」
「そ、そんな無茶苦茶な。絶対サンタさん怒るよ~。お願い聞いてくれないかもしれないじゃない」
「やっちゃったことは仕方ないでしょ。あとで謝ればきっと許してくれるわよ。まあ、とりあえずさっさとプレゼント配りましょ。早くしないと夜が明けちゃうわ」
久美ちゃんは結構度胸が据わっていると以前より思っていたが、それは想像以上だったことをこのとき知った幸子だった。
急遽サンタクロースの代役となった二人は、残りのプレゼントを子供たちに配っていった。
偽者のサンタクロースでゴメンねと心で謝りながらも、子供たちの可愛い寝顔を見て、二人はとても幸せな気持ちになった。
幸子と久美子のサンタクロースは、そうしてなんとかプレゼントを配り終えたのだった。
サンタクロースの住む家に戻ると、二人はそっと魔法の袋に向かって呼び掛けた。
「サンタさん、ごめんなさい。起きてますか~?」
「おお、起きてるぞい。早くここから出してくれ。まだプレゼントの配達が残っているはずじゃろ」
「あの、そのことなんですけど、残りのプレゼント、私たちで配っておきました」
「む、そうか。それは助かったわい。これで安心して寝られる」
「あの、ところでサンタさんに相談というか、お願いがあるんですけど……聞いてもらえますか?」
「ああ、きみたちにはいろいろ手伝ってもらったからな。なんでも話してみなさい」
サンタクロースの言葉にほっとして、幸子は思いきって事情を話した。
「なに? 四季の木を復活させるために協力してくれとな? なるほど、それでこの袋のなかにはこんなに統一感のないものがいろいろと入っていたのか」
「できればサンタさんにも来てもらいたいんです。私たちの村に」
「ふむ。……そういうことか」
「やっぱり無理……ですか? サンタさんにこんなお願い」
不安げな声を出す幸子の耳に、次の瞬間こんな声が聞こえてきた。
「よかろう。その願い叶えてやるぞい。わしからのクリスマスプレゼントじゃ」
「本当ですか? やったー!」
幸子と久美子は喜び合うと、さっそくタケシと両親たちのところに戻って成果を報告した。
「さて、残るは春の季節ね」
幸子はみなに向かってそう言うと、他のみなも逸る気持ちを抑えきれない様子で頷きあっていた。
<第四話につづく>




