第四話
1月8日。
始まりの朝はいつも破り捨てたいくらいに重い。
今日から新学期だと思うと期待に胸が膨らんだ。いらんとこは今日は膨らまず。
「…あ。」
神前と目が合う。
あの日以来、四日ぶり。
「…この前は、ごめんね。」
一拍。
「私もごめん。あと、」
「?」
「いや、…なんでもない。ごめんね。」
それだけ言うと神前は去っていった。
「何だろう」と思いながら前を向くと、また目が合う。
「しゅーちゃん!」
またか。
「今日はよく話しかけられる。」
「しゅーちゃんが話しかけられるの!?」
うるせぇ!基本ぼっちで悪かったな!
「教室一緒行こうよ。」
「お前クラス違うじゃん。」
「隣のクラスじゃん。」
「一緒歩いてると俺の友達だと思われるぞ。」
「幼馴染じゃん。」
「損するぞ。」
「家 隣だし、もう10年も一緒だし、損ならもうしてるよ。」
「お前、最後のは悪口だろ。」
「ただの本音。」
それが一番の悪口だよ。
それを言わなかったのは優しさ。
まぁ、でも学校で俺に友達がいないのは事実。クラスメイトと会話はしないわけじゃないんだけど打ち解けて会話をするのは多分、葉月だけ。きっと気難しい人だと思われてる。無口な人だと思われてる。そうじゃなかったらただのコミュ障。
「ねぇ、聞いてる?」
「え?」
「だから、神前さんのこと。」
神前のこと?
「しゅーちゃんのクラスの神前さんって綺麗だよね。ずっと学校来てなかったから始業式もきっと来れないんだって思ってた。」
「あー、そうだな。」
「病気よくなったのかな。しゅーちゃん同じクラスでしょ?何か知ってる?」
「あー、よく知らないや。」
「だよねー。」
適当に返事をしながら神前のことを考える。
あの時、俺に話し掛けてくれた神前早苗はそこまで病弱にも見えなかった。決して活発な雰囲気ではなかったけれど、黒髪セミロングの白いコートが似合うスラットした女子。ちょっと値の張りそうな踵の高いブーツを履いても少し小柄な身長は存在を儚げに見せた。でも何故だろうか、違うんだよな。んー、なんか俺から見た神前は違うんだよな。
「しゅーちゃん、早く行かなきゃ。遅刻だよ。」
「おう。」
気付いたら立ち止まっていた。
つーか本当に遅刻しそうじゃん。
はぁ、走るの嫌いなんだよな。
「…あーあ。」
※
始業式は何事もなく終わった。
相変わらず中身のない校長先生の話。生徒会長のやる気あるんだかないんだかの話。気だるそうな生徒たち。
教室に戻って軽くホームルーム。下校。
こんなもんか。と思っていたら、クラスの女子に話しかけられた。
なんのギャルゲーだよ。とか思ってたら「呼んでるよ。」って、指先には神前。
「…え?」
※
放課後。体育館裏。女子から呼び出し。二人っきり。緊張感。
ベタ過ぎる。期待はしない。したら負ける。何に?
…フラグに。
「ごめんね、」
…え、何で俺振られたの?
「いきなり、呼び出して。」
…あ、そゆことか。焦ってしまった。
やばい、汗止まらない。
「あのね、この前のことなんだけど。」
「ごめん、軽音楽部断っちゃって。」
「それじゃなくて…」
「…え?」
「サンホームのレジの時、隣でウィンドウ・ガールズ買ってたの、あれって長谷川君でしょ?」
サンホームって俺がウィンドウ・ガールズに限らずギャルゲを買うときに限らず必ず予約するレンタルビデオ屋兼、ゲームショップ兼色々屋だよな。
えっと、ウィンドウ・ガールズ買う時、レジの隣にいたキモオタ女。。。
「在庫確認した女の人…。」
「だから、あの時隣にいたのって長谷川君でしょ?」
「神前…だったのか?」
俺の反応を見て神前は首を傾げている。
「え、気付いてなかったの!?」
無言で頷く。
「ちょ…え、」
想定外のようだ。こちらと同じく。
「あー、もういいや。兎に角ね、私は長谷川君にお願いがあったの。」
もう、吹っ切れたらしく神前は言う。
テンプレだとクラスとか、友達には私の趣味を黙っておいてとかそんなとこだな、と予想は出来ている。
そして深々と頭を下げながら、
「お願いします、初回特典の美咲ちゃんのタペストリーを私に譲ってください。」
神前の声には迷いが微塵も感じられなかった。