歌姫の探し物①
ヘビさんを家に残し、私は日課の食べ物探しに森に繰り出した。
今日は近くの湖周辺を散策している。この辺は私に害をなすような動植物はおらず安心して歩ける。赤ずきんが持つような篭を片手に持ち、果物や山菜を集める。こうして散策しながら食べ物を集めるのも楽しいが、この世界では気紛れに天気が変わるというので安定した食料調達が出来るよう、畑作りをヘビさんに打診中だ。田舎育ちなこともあって畑作りを手伝ったことがある。その知識がここで役立つとは思わなかったが。やるからには拘りたいので、ヘビさんに鍬や肥料が欲しいと強請っているのだ。
海のような湖畔の砂場を歩いていると、点々と青い貝殻が落ちているのが目に留まる。ヘビさんの家の付近は青色をしたものが多く、動植物も青色を宿したものが殆ど。この湖も、ほんのり緑を混ぜた透き通る青色。屈んで水に手をつけてみると、ひんやりとして気持ちがいい。
ここで釣りをしてみるのもいいかもしれない、と美しい景色を見ながらも私の頭の中は献立のことでいっぱいになっていた。
もしかして砂を掘れば貝でも出てくるのではないかと、適当に何ヵ所か掘ってはみたが、貝は見つからず。諦めて立ち去ろうとすると、湖の方からばしゃりと水が跳ねた音がした。振り向くと、静かに揺れるだけだった水面に波紋が広がっている。何かいるのかと近づいて、波打ち際ギリギリから様子を窺っていると、急に何かに足首を掴まれた。
「ぎゃあっ!?」
可愛くない悲鳴を上げ、足を引き戻そうとするが、バランスを崩して湖の方に尻餅をついてしまった。
ヘビさんから借りて着ているシャツがびしょびしょだ。
依然、足は何かに掴まれたままだが、こうして座ってしまうとそこまで引く力は強くないことに気づく。それよりも、見えない何かに掴まれている、ということが不気味で仕方がない。
足首に手を伸ばすが、そこには何もない。仕方がないので這うような形で水から逃れると、足首の圧迫感はなくなった。まるで水にでも捕まれていたようだ。
このまま湖付近にいるのも気持ちが悪く、十分な量の食材が採れていたということもあり、今日はもう帰ることにした。服も濡れてしまったし、この世界でも風邪はひくそうなので体が冷える前に撤退する。
足早にヘビさん宅に帰ると、出迎えてくれたヘビさんに驚かれた。
「どしたの?湖にでも落ちた?」
「何かに足引っ張られて転んじゃったんですよ」
ブーツの中は無事だが、スラックスとシャツは乾かさなくてはならない。自室から下の下着を持って脱衣場に行き、まとめて洗濯かごに突っ込むと、脱衣場のドアがノックされた。
「サキが出ている間に商人が来てね、サキの服を貰っておいたんだ。ここに置いておくから、好きなものに着替えておいで」
「ありがとうございます」
確かに、いつまでもヘビさんの服を借りるわけにもいかないか。なにしろ、サイズが大きすぎる。シャツの袖は三回捲っているし、身丈もワンピースだ。パンツなんて何回折ったことか。ヘビさんの足が長過ぎて羨ましい。
下着はどうにもならないので、始めのうちに恥ずかしい思いをしながらヘビさんに強請ると、商人からスポーツブラのような上下を買ってくれた。正直なところ、サイズが小さくてキツいのだが、ないよりはずっとましだ。それを知ってか知らずか、ヘビさんに「後でちゃんとしたものを取り寄せるから」と言われ、一体どこから取り寄せるのだろうと首を傾げたのは、記憶に新しい。
ヘビさんが扉から離れたのを見計らって、ドアの前に置かれた服を脱衣場に引き込んだ。グレーのシャツワンピースと、白いチュニック、ベージュのハーフパンツ等、シンプルなチョイスだ。ツナギまであるのは私が畑をやりたいと言ったからだろうか。
取り敢えず、グレーのシャツワンピースを着た。
「お、似合う」
「そ、そうですか?」
誉められ慣れていないので、どうにも擽ったい気持ちになる。ヘビさんが淹れてくれた紅茶を手渡された。
「で。湖で何かに足引っ張られて、って言ってたよね」
「あ、はい。掴まれてる感覚はあったんですけど、目には見えない見たいで」
「そっかー。うーん、悪意のあるものだと危険だし、ちょっと確かめて来るよ」
「あ!行きます!」
正体が分かるなら、私も見てみたい。
ヘビさんの後に続き、私達は湖へ向かった。
「本来、ここらには悪意のあるものは近づけない筈なんだ。だから、サキを引っ張ったのも悪意のあるものではないとは、思うんだけど」
湖を前にして、ヘビさんは呟いた。
湖は穏やかで、ただただ青い。私を引き込もうとした何かがいるとは思えない。びくびくしながら水面に近づくと、突然、水が浮いて私の足に絡み付いてきた。
「ぎゃあ!」
ヘビさんがいても変わらない、可愛いげの無い悲鳴。近くにいたヘビさんが咄嗟に私の腕を引いてくれたお陰で転ぶことはなかったが、足には水が絡み付いたまま。そして、私の背中がヘビさんに密着したままである。
「へへヘビさん、もう大丈夫です!」
「へぇ、確かに何かいるね」
聞いてくれない!私が困っているのを知ってスルーしているに違いなかった。そう分かってもそのまま口を開けなくなってしまったのは、ヘビさんの目がいつもに増して鋭く湖の方を見ていたからだ。
「姿を見せなよ。ここは俺の縄張りだって知っているだろう?」
いつもの口調に、いつもとは違う低い声。腹の底に重く響くような、奇妙な威圧感を感じる。普段の穏やかな彼からは想像も出来ないような一面だ。
ヘビさんの声に呼応したように、水面に波紋が広がりだした。その中心が盛り上がり、湖の中から現れたのはうねる蒼い髪の美女。首から上は人間のそれだったが、そこから下は同じ色合いの鱗に覆われた上半身、両腕は大きな翼、下半身は羽毛に覆われ、脚は鳥。鳥と人間を掛け合わせたような姿の何かだった。
「……ハーピー?」
よくゲーム等で見る、ハーピーという怪鳥の姿に似ている。が、立ち姿は人間寄りだ。私の呟きにヘビさんは首を横に振った。
「彼女は『歌の君』。セイレーンだよ」
『歌の君』と呼ばれたセイレーンは私と目が合うと、その美しい顔にうっすらと笑みを浮かべた。