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聞き屋の蛇  作者: にやな
6/8

来世への望み

「あーもう、サキ、泣きすぎ」


「ずみばぜん」


黒が話して終盤あたりで、我慢できずに嗚咽を漏らしてしまった。話の邪魔をしてはいけないと、声を抑えて泣いていたが、結局最後まで涙が止まらずこの有り様だ。

袖で必死に涙を拭っていると、ヘビさんがハンカチを貸してくれた。こういうことをさらっとやってしまうから、この人はモテるんじゃないかと思う。


黒とヘビさんのカップにお茶を淹れ直し、キッチンに退散する。私がいては気が散ってしまうだろう。


ヘビさんは私を一瞥してため息を吐くと、黒の方に向き直った。


「それで?今回は俺に訊きたいことがあったんでしょ?」


そう言ってヘビさんは、お茶請けに出した木の実のパウンドケーキの最後の一口を口に運んだ。気に入って頂けたようで何よりである。対して黒の方はろくに手もつけず、辛うじて一口、食べたか食べていないかというところだ。時々、フォークに刺しては皿に置くところを見ると、食べたいがなかなか食べられない、といったところだろうか。味が気に入らなかったか、それとも元来こういったものを食べない存在なのかもしれない。


黒はフォークを置き、顔を上げた。


「……私が、アヤカに感じていたあれは、なんだったのか、知りたい……」


「おおう、異界の森の管理人がたるものがなんという乙女な質問。こういうのは多感な時期の子に聞くべきだよね、サキ?」


「ふぇい?」


ケーキ二切れ目を食べていると、ヘビさんが話をこちらに振ってきた。完全に蚊帳の外だと思っていたから、なんとも気の抜けた返事をしてしまった。二つ目のケーキを頬張っている姿を、ヘビさんに生暖かい目で見られてしまう。


「い、いいじゃないですか!私が作ったんですから!」


「まだ何にも言ってないって。それより、彼の質問の答え。サキは何だと思う?」


ケーキをお茶で流し込み、口の端に付いた欠片をぺろりと舐めとる。そしてやっと真剣な顔をした。


「ずばり、病名、恋煩い!じゃあないですかね?」


「こらこら、そんな自信満々に言うんだったら疑問系で終わらせるなよ」


そんなこと言われても。

こう言うことは本人でなければ分からないことではないか。言葉には出来るが、必ず伝えきれない事柄が出てくると思う。結局、その時の感情や体験は、その人だけのものなのだ。他人がそれを完全に理解することは出来ない。私の持論でしかないが。


恋煩い、と言ったのは、黒の言葉の区切り方や声のトーンが少し感情的になるように聞こえたので、そうではないかと思っただけだ。


「……恋煩い?私は、アヤカに恋していたと……?」


「だって、話してるとこう、ぎゅーってなったり、会う回数を増やしちゃったり、相手のことを思って辛くなったりって、古典的な片想い状態じゃないですか?」


自分で言っていて凄く恥ずかしい。痒い。

そう思いながらも話したと言うのに、ヘビさんは案の定、私を見てニヤニヤしている。


「よくご存知ですねー。これはサキも経験者だねえ?」


私は取り合うのを止めた。この手の話題に下手に答えると十中八九、ヘビさんに笑われて終わるのだ。笑いの種にされてたまるものか。


「それはもう、少女漫画のような恋でもしてきたんだろうねぇ。遠巻きに見ていた学校の王子様の秘密をうっかり知っちゃって脅されながらも秘密を共有する優越感に浸ってたらまさかの横から王子様かっ拐いに遭ってそこからの逆転劇とかそういう」


「……そんなカースト上位にいる女子みたいな恋愛はしたことありません」


それより、何故知っている?私が好きだった少女漫画の内容を。

ヘビさんが話した内容は、私が愛読していた少女漫画のストーリーだ。作り話が偶然似たとは考えられない。何故ならあのにやけ顔だ、わざとに決まっている。

一体どこまで私の生前を知っているのだろう。怖くて聞けないが、愛読書まで知っているとなると、私の恥ずかしい秘密やら何やらも知っていそうだ。……確かめないでおこう。


ヘビさんと軽口を叩き合っている間、黒は黙ったままティーカップの中を覗いていた。思い出しているのだろう、アヤカとの思い出を。それが本当に人間の言う『恋』というものなのかどうかを。


「なんか考え込んじゃってるみたいだから、俺からも助言しよっか。そらが恋かどうかは分からないけど、少なくとも『愛おしい』と呼べる感情があったんではないかな?」


愛おしい。これはまた痒くなる表現だ。恐らく、生まれてから死ぬまで使ったことのない言葉だ。それをつり目銀髪ピアス男が言うと、雰囲気の柔らかさに関係なく物凄い違和感を感じてしまう。中身は優男なのだから、外見もそれに伴ったものにすればいいのにと何度思ったことか。


「……愛おしい、か。しっくりくるな……」


黒はその表現に満足したようだ。残念ながら私の『恋煩い』は採用されなかったが、黒が納得できる答えが得られたならそれに越したことはない。


話が一段落したところで、私は疑問に思っていたことをヘビさんに訊いてみることにした。


「ヘビさん、元は人間だった魂がこっちの世界で神になることなんて、有り得るんですか?」


アヤカが最後に言っていたことだ。神様になって、黒を召し使いにする。それが彼女の夢見た未来だ。それは現実に可能なことなのか、現実にロマンを求められない私は直球に訊いてしまう。


「魂がリセットされてから生まれ変わるからね。無い話ではないけど、可能性はかなり低い。この世界では神と呼ばれるものなんて数えるほどしかいない。死ぬことすら稀なそれらに生まれ変わるなんて、どれだけ待つことになるやら」


要は確率の問題。それに、元いた人間の世界、私のいた世界に生まれ戻る可能性の方が高い。向こうの方が生物が圧倒的に多いのだから。


そんな、限りなく0に近い可能性でも、黒は待てるというのか。


「……それでも、待っていたいと思う。それを楽しみに、のんびり待つことに、しよう……」


黒の声は穏やかだ。


全く別の存在になった彼女が戻ってくるかもしれない、それまでの途方もない時間を、黒はああやって穏やかに待つのだろう。彼女が戻ってきたとしても、当然、黒の事は覚えていない。


それでも、もし彼女がまた黒の前に現れたその時は、彼は帽子で隠した顔に、うっすらと笑みでも浮かべるのだろう。


帰ってきた彼女に、「おかえり」とでも囁くのだろう。




黒は満足したのか、お代に異界の森の奥に咲く、枯れない花を一輪くれた。そんな森に咲いているとは思えないような、鮮やかな赤い花だ。切り花の状態でも枯れないというので、日の当たる白い花瓶に刺して窓辺に飾った。


「あの黒さんって人は、生きてる間にアヤカちゃんに会えるんですかね……」


ほぼ独り言のように呟くと、キッチンで残ったケーキをつついていたヘビさんが顔を上げた。


「さぁねぇ。もしかしたら、また異界の森に囚われて、望まぬ再会を果たすかもしれないし、この世界で何か違うものに生まれ変わるかもしれない。神にならずとも、彼に会うだけの方法なんていくらでもある」


しかし、それでは彼女が望んだ未来とは違う形になってしまう。


叶うなら、彼女が望んだ、神としての再会を。

私は赤い花弁を指でそっと撫でながら、彼等の再会を祈った。




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