三人姉妹
登場人物&設定
※必要のない方は読み飛ばして本文へ進んでください。
※すでに描写されている範囲で簡単に記述します
※少しでも読みやすくなれば、という試みですのでご意見募集いたします
一人称部分の視点変更時には【該当人物の位置】で区切ります。最初の行、もしくは数行以内に「俺」「私」などの一人称をできるだけ入れます。以下設定を参考に誰視点か確認いただければ幸いです。
(書き分けろ!と言われたら返す言葉もございません)
【登場人物/一人称】
『俺』
地球側呼称《隊長/閣下/大尉/大尉殿》
現地呼称《青龍の貴族》
?歳/男性
:地球人。国際連合軍大尉(陸上自衛隊三尉)。太守府軍政司令官。基本訓練以外は事務一筋。
『あたし』
現地側呼称《ねえ様》
?歳/女性
:異世界人。年上の少女
『わたし』
?歳/女性
:異世界人。少女。
『わたくし』
?歳/女性
:異世界人。少女。
【登場人物/三人称】
地球側呼称《神父》
現地側呼称《道化》
?歳/男性
:合衆国海兵隊少尉。国連軍軍政監察官。カトリック神父。解放の神学を奉じる。
地球側呼称《曹長》
?歳/男性
:国際連合軍/陸上自衛隊曹長。
地球側呼称《坊さん/係長》
現地側呼称《僧侶》
?歳/男性
:国際連合出向中地方公務員。得度した僧侶。浄土宗らしい。軍政司令部文官。
【用語】
『青龍』:地球人に対する異世界人の呼び名。国際連合旗を見て「青地に白抜きでかたどった《星をのみほす龍の意匠》」と認識されたために生まれた呼称らしい。
『赤龍』『帝国』:地球人と戦う異世界の世界帝国。飛龍と土竜の竜騎兵と魔法使いを組み合わせた征服国家。
わたしは、逃げ出したいのをこらえる。
淡い青。
白地に赤いまる。
青地に白い双頭の龍が世界をのみこむ意匠。
青龍。
蒼備え。
間違いなく、征するモノたち。
口の中でつぶやいた。
(がんばれ。がんばれ)
連絡役も送迎役もとっくに逃げ出した後・・・馬と馬車ごと。
竜と翼風を前にすれば責められない。貧乏籤はお互い様。わたしの方が慣れてるだけ恵まれているだろう。
わたしは・・・走って逃げても無駄だ。
逃げる?
まだそう思いつけるのは希望なのかな。絶望なのかな。
自分の体を抱きしめる。強く力を入れ震えを抑える。
叫びだしたい。
(こらえて。こらえて)
考えなくちゃいけない。待たせる訳にはいかない。逃げ出した馬車が街に着くのはどのくらいかかる?急いで代わりが着くにはどのくらいかかる?
とにかく時間を稼ぐ?・・・無理。最短なんて期待出来ない。街の人たちが気がつくには半日以上かかる。
赦しを乞うしかない。いつものこと。
赦されなければ?・・・思いつかない。わたしが死んだ後のことなんか別な誰かがやればいい。
ひどいことを考えてしまった。みんなの命がかかっているのに。
【太守府中心部/チヌーク上空通過6時間前】
わたくしは必死でした。
家の者が外で揉め始めた時。なにか不審なヤカラが見張っていたとか、うろついていたとか。
とにかく機会を逃す訳にはいきません。
商いも人生も拙速を尊ぶ。
それこそ家訓。
もしかしたら、わたくしを家に閉じ込めだのは、その不審者のせいかもしれないけれど。
とは言え、世の中には「命より大切な者」がいる。お金は「命を賭けるもの」だから比較にならない。
もちろん、護身用の金貨や銀貨、宝石は十分。たいていの「ロクデナシ」は銀貨一掴みで片が付く。一振りで仲間割れして地を這う。拾い集める仕草はかわいいもの。悪童なら銅貨、兵士なら金貨。まあ、最近は兵士を見かけないけれど。
もちろん、危険に近づかないのが一番。
だけどこの日課は外せない。ねえ様が留守の間、わたくしが「お姉さん」。あの娘はわたくしが護る!
【太守領端/チヌーク太守府上空通過10時間前】
騎馬が駈ける。里に入り初めて聴いた。今日の事を。馬を村長に預け、即金で買った馬を飛ばす。街に着くたびに次々と馬を買い換える。泣けてくる。崩れ落ちる馬から跳び降り、馬丁を怒鳴りつけ金貨を投げつけた。初めて会ったとはいえ、馬を乗り潰すなんて。
仕方ない。泣いて済まない事もある。
村長は蒼備えの布告しか知らなかった。あたしには予測がつく。参事どもの頭の中身はよくわかる。
後で思い返す。
間に合えばどうなる、どうする、なんて考えてなかった。
【チヌーク一号機後部扉前/太守府より馬車で半日地点】
俺は何をしている?
「隊長」
傍らにいつのまにか曹長。パニくると硬直する俺の姿をどう解釈したのかわからない。一生解りたくない。その方が幸せだ。
「HO!!」
神父が奇声を上げた。ヘリの轟音で隊員達には聞こえなかったようだ。よかった。あ、でもメットには集音機能が・・・ふぃるたりんぐ!フィルタリング!
「命令を」
何?ナニ?なに?なあに?
【チヌーク降着地点】
わたしは逃げ出せなかった。
脚を無理に止めなくても、動けなかった。
竜が凄まじい風と共に舞い降りる。脚で掴んでいた箱を落とすと着地。おどろおどろしい鎧に身を固めた騎士達が降り立つ。地面を滑るように走る様は妖獣のようだ。手槍を構えて周りを見回す。一人が私を見ている。最初に構えた槍を伏せた。
竜が飛び上がり、また新しい竜が降りる。同じように箱を落とすと、着地。降りて・・・こない、飛び上が・・・らない?
竜の後ろに騎士が二人立つ。槍を捧げる。騎士の間を「貴族」が降りて来た。
初めて見る「青龍」の貴族。鎧すら身に付けず、不思議な衣装を纏う。傍らに黒化粧の道化が飛び跳ね、すぐ脇に僧侶。
騎士達が彼を護るように移動する。彼等の警戒をよそにゆっくりと歩いてくる。力を抜きまっすぐに、身を屈める素振りも無い。散策している雰囲気だ。
騎士の一人が私を指した。「貴族」が私に眼を向ける。
いよいよだ。
誰かが死ぬなら、わたしが最初なのだろう。
【再び一号機後部前】
「おマカせあーれブラザー!サム伯父さん最終奥義ネー」
止める間も尋ねる間もなく神父が歩き出す。なんとなく俺も続く。曹長が小銃を半身に構えて、係長が姿勢を伸ばして、その他「ヒドい」が後に続く。
隊員達が戸惑った視線を向けるが曹長に睨まれ外周に視線もどした。
「テイク・ユー・プリーズ・チョコレート!!」
おまー!何をやろうとしてるか理解出来る自分が悔しい。
「chewing gum!cola!オセンにcaramel!」
フードをかぶった子供に菓子一式を持たせる。
最終奥義ってそれか!!USA唯一の成功体験だしね!日本人的にムカつくけどね!!!
「little~girl!adult party!ナウ!〇〇〇は10year afterOK??シュとの約束だぞ!come!come!home!!」
「何を口走ってるか!」
跳び蹴り。OH~!とか喚いてるが無視。つーか、何語だよ?アメリカ人は英語とか考えてねーが!米軍軍人は話せないとダメだろ!!
「在日米軍スラングかと」
インカムマイクを切って俺の耳元でささやく曹長。
マジか。
逃げ腰の子供に向き直る。イカン!変態の仲間扱いはマズい。俺の経歴にキズがつく!強制退役のいいネタ?退役で失業保険はイイ!
だが変態扱いはヤダ!
この子の記憶に刻まれて夕餉の話題になるかと思うとニートもできない。
「失礼した」
屈んだ。まず姿勢を低くするのは基本。主に野良猫と仲良くするときに多用。
「ベトナムじゃあ子供が爆弾を持って突っ込んで・・・」などと騒ぐバカ「ふがえ(ヒドい)」を曹長が取り押さえる。まだ爆弾ねーよ、まだ。
カチッカチッ。インカムに響く秘話開始音
『レコン1より司令官』
やべ!どっかでみてやがる。
『彼女が現地代表です』
彼女?女?ドコ?どこ?
【???】
大っ嫌い!もう口効いてあげない!!
「お父様なんか大っ嫌い!!!」
はっきりと叫びます。
あの娘の家は留守でした。今日は外出しちゃだめだと伝えておいたのに。だめな事をする娘じゃありません。お父様子飼いの住人を避け、手懐けておいた悪童をあたると案の定。
「偉そうな馬車に乗ってどっかいった」
頭の悪い答。締め上げて、車体の紋章が参事会だとわかりすぐに市外へ。彼らは壁ぬけの手際だけは褒めてあげます。
間違ありません。
信じていたのに!
わたくしの親友を傷つけるなんて!!
大っ嫌い!!!
お父様も!途中で怖じ気づいた馬丁も!!わたくしを阻む森も草木も!!!同じものを仕立ててあの娘に着せようと思ってたのに千切れて泥まみれな服も!!!!
なにもかも!!!!!
わたくしはその時、きがついていませんでした。
緑の影に。
【青龍の貴族の前】
淡い青の帽子。
白地に赤いまるの紋章。
青地に白い双頭の龍が世界をのみこむ意匠。
目の前に騎士とは明らかに違う青龍がかがみこんだ。
誤解されている。
青龍たちは、わたしを「居合わせた子供」だと思ったのだ。
道化が踊って私に何かを贈ったのは、宥める為だろう・・・怖かったけど。
道化を追い払ったのは、わたしを怖がらせない為。
騎士にさせずに、自ら道化を追い払った貴族が屈んだ。
わたしと視線が合う。
あからさまな子供扱い。でも不快にはならない。
黒い髪。
黒い瞳。
淡く色づく肌。
あり得ない、奇妙な色合い。
困ったような視線。固い声の謝罪。
・・・・・・・・・・・・え。
「失礼」って言った。
大人に対する言いよう。言葉を迷ったようだ。だから心がこもっている。
・・・・・・・・・・・・いや、逃げても仕方ない。
謝罪、だ。
青龍の貴族。
巨大な竜を従えて遥かな山脈樹海を一跨ぎ。
僅か数十の手勢で幾千の。
数百で数万の。
数千で数十万の帝国兵を追い散らす。
昨日までの敵地を我が物顔でのし歩き、空から睥睨する。
都市と里、この一帯を帝国から奪い取った力の主。
・・・そう聞いている。
なぜ?わたしに?謝る?気に止める?向き合う?
・・・怖い・・・恐い・・・コワイ・・・。
わたしには解らない。判らない。分からない。わからない。
わたしを知らない。知らないからだ。知ってしまえば。
でも。
わたしの手が止まらない。
【見知らぬ少女の前】
目の前の子供がフードを上げた。
「おんな・・・のこ?」
イヤフォンからレコンの声が囁く。
『間違いなく代表者です。選考過程の盗聴データは整理済みですが、聞かれますか』
ストレートの金髪。紅い瞳。身長は130cmないだろう。華奢な指とたっぷり余ったフードが余計に幼さを感じさせる。
「貴卿が市を代表するのか?」
ナニを言ってマスかワタクシ!!だって他にナニを言う?
≪例1≫
「可愛いね ~お嬢ちゃんいくつ?」
ダメだ。神父より怪しい。
≪例2≫
「おうちの人たちを呼んできてくれるかな?」
ダメだ。この辺りに民家は無い。上から見た限り畑も建物もない。ここから人里じゃ、子供を使い走りに出来る距離じゃない。
どうなっている?先遣隊は何をしていったんだ?責任者出てこい!!イヤイヤイヤ俺じゃん!責任者は俺じゃん!!!今のナシ!!責任者、俺だから!
マズい。スゴくマズい。この子涙目じゃん。
なんで?なんで?なんで子供が来るんだよ!!!あり得ねーだろ!大人出てこい!ガキが泣いてっぞ!!!
『騎馬1騎接近、12時方向、後続なし』
隊内通話が響いた。
「柴、佐藤行け。残りは全周警戒」
曹長の声。二人が部隊陣形12時方向へ移動。曹長自身は俺たちを庇う位置で小銃を構える。安心のクオリティ!
皆の緊張が上がる。
だが俺は期待せざるを得ない。思わず身を乗り出した。迷子は親元へ。子供が泣けば親が来る。
常識は(異)世界共通だよね!
決して泣く子を押し付けたい訳ではない。
・・・俺が泣かしたのではないってわかってもらえるかな・・・。
木立の間を通る道。
身を隠す様子もなくゆっくりと馬が進む。
騎手は馬から飛び降りた。両手を上げ、馬から離れる。武装は馬に載せているらしい。
柴と佐藤は左右に分かれ、柴だけが前進。距離を置いて後ろに周り込む。
「まだ撃つな」
曹長が声をかける。まだってのが気になるんだ、やっぱり。子供の前で撃ったらトラウマだよ?
幸いに指示する必要が無いからゆっくり観察。司令官は楽でいいね!指揮官は曹長だからね!
立ち止まった騎手は厚い胸当てと鎧(革製の防具なのは間違いない)をまとい、やはり革みたいな素材のズボンとブーツ。肩が上がってるから、普段は帯剣してるんだろうな~。
面貌付きの兜は金属製だろう。意外に小柄。まあ、柴がデカすぎるんだけどね。
その兜を脱いだ。目を凝らす。あれーバイザーの調子がワルいのかなー。
「ブラザ!ブラザー?何をぬぐってんだ?メガネなんかつけて無いだろ」
うっせえバカ!今、俺は心のバイザーを拭ってるんだよ!
「色即是空」
と坊主。
そんなに俺が憎いかコンチクショー。
【青龍の貴族の背後】
わたしを背に青龍の貴族が立ち上がった。
急に騎士達の動きが変わる。面貌で顔はわからないが、最初から貴族のそばにいた一人が指示すると二人が走り出した。
騎馬の音?まさか!街は戦う気?竜騎士にかなう訳がないのに!!
立ち上がった貴族の背中で良く見えない。
・・・なんて無防備・・・ううん!
前に出ようとするわたし。後ろ手で背中にもどされる。
もう!!街の人を止めなくちゃいけないのに!背中で・・・庇われてちゃ・・・?
わたしはその大きな背中を呆然と見上げるしかなかった。
【現地代表(?)少女を背に】
俺はふと考える。
ああ、なんて、なんて白い雲だろうか。
こんな白い雲の下、120mm滑空砲弾がゴーレムを吹き飛ばしているのだなあ。
「チミは悪くない」
神父に肩を叩かれた。ちょっと慰めを感じた自分が憎い。先ほど闖入してきた騎馬の主であるところの小柄な人影を見る。
兜から長い銀髪が零れた。切れ長の瞳は緑。胸熱・・・胸厚なスタイルが万歳ポーズで強調されております。
大人びた表情は、どこか幼さを感じさせ・・・つまり子供でFA?
幼女の次が少女かよ!女子供か!文字通りか!!責任者出てこい!!!俺以外の責任者!!!!
『大尉』
イヤフォンと耳から二重に聞こえた。背後を振り返って・・・止めた。聞こえないみえない。森林迷彩に緑のドーラン塗ったボイスチェンジャーのタフガイなんていない。泣きそうな顔で睨んでくる西洋少女人形みたいな童女に見えるナニかなんて見えなかった。背後の幼女がナニに向かって走り出しだ。
「God will not let you be tempted beyond what you can bear」
(神様は乗り越えられる試練しか与えない)
うっせー神父!試練なんか越えたくねーよ!!
現実は非情だ。
アハハハ・・・増えたよ・・・。
【青龍の貴族の背後】
わたしはとっさに走り出した。
一日ぶりに見る姿。ドレスを所々汚した姿。遠出には向かない衣装で葉っぱがそこかしこに付いている。
抱きしめる。抱き返された。勝ち気な瞳が周りを睨みつける。わたしを守ってくれている。
あれ?
私の大切な親友を抱き上げていた緑の騎士(他の騎士達と衣装が違う?)は、おどけたように両手をあげた。
他の騎士は私たちを無視。先ほど走りこんできた騎手に向き合い、周囲に警戒の視線を向け、貴族の傍らにいた。
あれ?
誰一人、私たちを警戒していない。なにか、時々、見られてはいる。青龍の騎士たちは面貌を付けているから視線は解らないけれど、見守られている?
それに・・・騎手?私を見ながら青龍の人たちを観察するのは・・・とても見知った姿。
なんで、ねえ様がここに?
私たちは顔を合わせ、お互いに事情を知らないことを確かめた。ねえ様を見る。三人も見つめ合う。ねえ様は少し頷いた。
貴族が手をかざす。無言で音ひとつ立てないのに皆の視線が集まる。
「その子は?」
仕草もなく指名された緑の騎士が応える。
『付近に潜伏中、警戒エリア接近。保護』
貴族が手招いた。ねえ様を牽制している騎士達が道をあける。
「君たちは?」
「家族よ・・・です」
ねえ様が答えた。私は周りを見回した。騎士達が私たちから距離を取る。三人とも周りを見回す。そんなわたしたちを見守る視線・・・困惑と気遣い。
「・・・なにをしている?」
貴族が声をかけた。ねえ様が弾かれたようにわたしたちに駆け寄る。三人で抱き合う。わたしたちはねえ様にもみくちゃにされた。嗚咽がこぼれ、私たちはねえ様に縋り付いていた。