死に行く人々。
【用語】
『有権者意識調査』
:本調査は合衆国クリントン政権より本格化した有権者意識抽出プログラムを踏襲している。
過去の歴史上で(日本以外の先進諸国で)行われていた世論調査に変わる国民意識の確認手段。
国政選挙に次ぐ確実性を持つ。
世論調査とは質問者と回答者の関係が中立的でなくてはならない。
よって回答への偏向がかからない代わりに、回答に対する誘因も生じない。
例示すれば「初対面で知らない相手に本音を話すことがあり得るか」ということに尽きる。
新聞、TV、ラジオなどメディアのマスメディア化に伴う権威化。
これにより「個々人の権威への従属」が発生。
権威から特に意見を訊かれるという特権意識が正直な内面を引き出すことに寄与した。
それが1970年代までとなる。
しかし80年代になりマスメディアの陳腐化と権力化に伴い、大衆との関係が敵対化。
むしろ内面を隠すべきという傾向が強くなる。
これはしばしば世論調査とは真逆の選挙結果が現れたことで顕在化した。
それに対する答えが「有料モニター導入」である。
契約というモノの権威を利用し、プライバシーの開示を有償という形で義務化する。
これは商品モニターの世界では以前から常識化している手順でしかない。
人びとは無料のサービスは信用しないどころか疑ってかかる。
が、有料であれば反射的に信用しする。
そして対価が与えられれば返報の衝動を感じる文化的基盤を持っている。
クリントン政権はこれを利用し、民主党支持者の本音を確認することに成功した。
民主党が持つ理想。
女性の地位向上。
少数民族へのテコ入れ。
人権外交。
世論調査であれば、皆が熱心に賛成する。
すくなくとも反対を公言できはしない。
本音では反対だったのだ。
差別について聴かされるのはうんざり。
ぶっちゃけていえば有色人種は嫌い。
よその国などどうでもいい。
それが多数派の意見。
かくしてクリントンは政策を右寄り、中道と名付けた形に党を旋回させ安定政権を成功させた。
この手法は以後、選挙の定番となっていく。
『世論調査』
:従来日本史上において正式な意味での世論調査が存在したことは無い。
これは官公庁民間含めてすべて、である。
サンプル抽出基準は「無作為」の意味を取り違えて「手間/費用がかからない」方法でしかない。
設問作成は作成者の趣味一色で構成され、問も選択肢もバイアスがかかり「調査」という概念と正反対。
実績もない外郭団体へ依頼し、検証する能力を持つ組織も無ければ結果に対する責任能力もない。
実際に調査の真似事がなされたかすら怪しい事例が、いや、そうした事例のみしか存在しない。
これら自称世論調査は主張論陣を張る能力のない組織が自己の気分を押し通す為に「みんなの意見」を権威づけにつかっているだけに過ぎない。
悪い意味で現代日本的であり、歴史的事例としては末期社会に必ず出てくる事例の一つとして興味深い。
「あなたは国際連合による武力制裁活動をどう思いますか?」
【標本基準】
・日本国選挙権保持者(約9千万人)
・過去三回の国政選挙に投票した人(約4千万人)
・過去三回の地方選挙に投票した人(約2千万人)
・性別年齢年収に分け、各階層から無作為に抽出し、個別に運営本部から勧誘し契約を結べた人(三千名、前後1百名誤差あり)
・毎週行われる同じ調査に参加した経験がないもの。
全条件を満たすもの。
【調査方法】
・標本には時間と労力に見合う報酬を十分に支払うこと。
・期間は連続三日間。
・グループセッションや個別の形をとったカウンセリング。
【結果】
・積極的な否定11%(前回13%前々回16%)
・積極的な肯定13%(同12%、15%)
・消極的否定20%(22%、25%)
・消極的肯定18%(14%、20%)
・どちらでもない38%(39%、24%)
【分析】
賛否両論を持つ者は常に少数派であり、消極的賛否は突き詰めれば「どちらでもない」にカウントできる。
両論を持つ者を含めて全体に共通する認識としては解離性であり、設問を自己の問題としてとらえる者は今回の調査でも確認できなかった。
強く反対して、あるいは賛成して街頭に立つ者。
彼らは正義感や義務感に駆られて行動しており「誰かを助ける」という意識はあっても、自己の利害にかかわるという認識は全くない。
平易に全体の総意を表現すれば「海の向こうで国連軍が戦争をしている」であり、これは異世界転移前と全く変わらない世界認知である。そして自衛隊の国連軍参加、とうより主体であることは知覚されていても意識はされていない。
故に国際連合による武力制裁活動に反対していても、それを推進する与党連合に投票する。賛成しているからと言って野党への投票を止めるわけではない。
よって投票行動に与える影響は誤差の範囲にとどまり、参議院選挙にまったく影響がないと判断できる。
《第18回連合与党・野党共催有権者意識調査結果》
【聖都南端/白骨街道/らんどくるーざーの中/青龍の貴族の右隣/エルフっ娘】
あたしは行き過ぎる果てを思う。
地に伏せ震える居留地へ商いに来た女たち。
人が数十万もいる巨大な市場。
周りの村々街々都市から、様々な品が持ち込まれる。
必需品は足りている。
穀物と水。
あとは野菜も作られているし、青龍の命令で開墾も始まっているわね。
まあ、収穫が見込めるのは何年後になるかわからない。
すくなくとも、開墾した農民たちが、その畑を利用することは無い。
むしろ開墾し終わる前にいなくなる。
帰郷するか。
喰われるか。
開墾自体が暇つぶし。
留め置かれた領民たちに。
無聊を慰めるため。
殺さずに時を過ごさせるため。
だからこそ、聖都は何も生み出さない。
周辺の、広く大陸北方からの、数十万人分の品々を吸い集める。
それだけ。
それが無くなる。
半年もたたずに。
青龍が、そうするといっている。
だからそうなる。
そうなると?
【国際連合統治軍第13集積地/白骨街道/ランドクルーザー車内/中央席/青龍の貴族】
何もなくなるわけだな。
俺が見渡す限り林立する、居住区の壁壁々。
残るのは。
これから見え出すであろう巨大都市だった、聖都の廃墟。
廃墟は何も食べやしない。
エルフっ子は何と言っていた?
百年前からある大都市。
はじまりは二百年前。
ここ十年は十万余りの住民と数十万の帝国軍が戦っていた。
何も生み出さずに、貪欲に物資をのみこみ続けていた。
帝国軍捕虜の聴取記録。
帝国軍が破棄しなかった書類。
聖都解体事業は何年もかかる予定だった。
毎年冬に、百万の領民を動員して継続的に。
異世界大陸北部辺境。
太守領と大きな違い。
此処は穀倉地帯じゃない。
生産と消費がカツカツ。
聖都は此処に商品経済を浸透させた。
いま生きている住民が、産まれる前から存在した巨大市場。
っといっても最多期で、せいぜい百万人くらいだが。
時代的に考えれば世界一つ、いや十個分くらいか。
そこに財貨やサービスを売り込むだけで大きな利益が生まれていただろう。
自給自足を離れ、それだけで生活する人間が相当な数、ではなく割合で生じるほどに。
聖都。
それが無くなる。
数カ月で。
南のより豊かな地方から、百万市場を当て込んで上って来続けた物流。
それが、止まる。
俺たちが、止める。
さて、どうなるか。
今。
俺たちの戦争のせいで止まっている異世界経済の流れ。
今年中に戦争が終わる。
流れが再開すればこそ、それが判るはずだ。
結果だけが異世界全体に波及するだろう。
南方の穀倉地帯。
少なからず戦火の影響を受けている。
元々の生産余力と戦災復興を考えれば、収支は合うかな。
北方の農業地帯。
戦果の影響は少ないし、異常気象でもなければ生産は落ちない。
ただ聖都に向けた物流が止まれば、様々な役得が無くなる。
生産と消費のバランスが均衡している世界。
僅かな揺らぎで人が死ぬ。
その流れを見越していれば、マシな目を見ることができる。
戦争を始めて終えるだけ。
それができればいくらでも儲かる。
とかなんとかうそぶいた奴はだれだったか。
俺たちは知っている。
なにが起こるかではなく、どのようになるのか。
昔の記録が山ほどあり、それを読まされてきたからな。
彼らはこれから知ることになる。
天変地異とは全く違う。
だから、飢えるわけではないだろう。
空も。
風も。
海も。
なにも変わらない。
人がいなくなるだけ。
百年の繁栄が、数カ月でなくなる。
地球から日本列島が無くなったように。
俺たちが聖都の人々を完全に消滅させる。
失うのではなく。
得られなくなる。
貧乏になるのではなく。
貧乏に戻る。
それはこの世の終わりだろう。
餓える理由が無くても、餓える可能性で、餓えて死ぬ。
物流が激減すれば、売り惜しみ買い控えが連鎖するからだ。
貧しくなる前に、貧しくなる予想で、恐慌が広がる。
儲からなくなるだけで、損をする者などいないというのに。
誰も悪くないのに、誰かを責めて、誰もが殺される。
俺たちが一番に責められそうだが、強者を責める弱者はいない。
俺たちには関係ない。
国際連合は地球人類のために在る。
国際連合軍は地球人類のためにだけある。
異世界の環境を護るのは、地球人類にとって、無いよりは在ったほうが良いからだ。
異世界の環境を護るために、難民の流出を防ぐ。
難民化を防ぐために、聖都の百万人を物理的に消滅させる。
異世界の生態系を護るために。
異世界の人々は、そもそも考慮されない。
生態系のバランスを回復する為に、一カ所に集中し過ぎたモノを散らす。
帰郷させることが出来無くなれば。
帰郷させるコストがかかるならば。
皆殺しだ。
異世界大陸沿岸部、俺たちの主要作戦領域
作戦中に邪魔をさせないために、平穏にさせる。
作戦領域外の北辺。
だがそこから大陸北部が混乱しては困る。
無数の難民が玉突き状に発生する。
それは主戦場、何千km離れた主戦場に到達する。
個々の難民がたどり着くことはあり得ない。
だが人口密度が、中世にしては高い、大陸沿岸部。
津波の様に入れ替わりながらなら、何万kmでも波及するのだ。
それを止めようと思ったら?
主戦場に向けられるべき火力を割かなければならなくなる。
あるいは、化学兵器の在庫を一斉処分するか。
どちらでもいいが、避けられるならば避けた方がいい。
軍事参謀委員会は、その程度に気にしている。
なら、次善の策。
だが聖都近辺で、限られた場所なら問題は無い。
何万人がどんな最期を遂げようが、作戦には何も影響しない。
国際連合軍による作戦上の都合はすべてに優先される。
だから誰も気にしない。
気にすることで影響が及ぶ誰もが、気にしない。
俺は?
軍政下に在る太守領。
大陸北部北辺よりも、もっと北。
広大な森林地帯にさえぎられている。
しかもそこは巨大生物や昆虫の生息地。
影響は受けない。
だから気にかける必要はない。
だからこそ最善の策。
十万人。
既に帰郷作戦が進んでいる中、太守領の領民を帰郷させる。
それは決定づけるだろう。
ここまで来たのだから、多少無理をしても作戦を貫徹しよう。
それで助かる。
百万人、そのあと、数十万人は。
それ以上は望めない。
そこまでだ。
俺たちの戦争が大陸沿岸部を麻痺させている。
それは、今年いっぱいで終わる。
皆が思う。
戦争中は仕方がない。
速く戦争が終わればいい。
それで、冬に入る。
大陸北部は、冬の間、物流が止まる。
中世の夜は暗く、冬は寒い。
まあ創作、いや、歴史書ですら現代人の感覚を当然としている現代社会。
学者ですら、いや、学者を称する連中ですら明るい夜と暖かい冬を前提とする。
蝋燭の照明で盛大な夜会とか、強引な雪中行軍とか当たり前のように書く。
ねーよ。
蝋燭なんかで部屋が照らせるわけねーだろ。
燭台もって顔つき合わせてやっと顔が見える、かもね。
夜会なんてしようもんなら人死にが出る。
強引にやれば人が単身空を飛べると思ってるのか。
思ってるのかな~~~~~~~~~?
物理的に不可能だから。
防寒具なんてないから。
火を用意することすら困難だから。
集落の中を移動するのも無理だから。
夜は動けないし冬も動けない。
春までは気が付かないだろう。
今年の冬は、暖かい春を夢見て過ごせるはず。
そして春。
戦争が終わり、混乱が収まり、一斉に動き始める。
夏までには気が付くだろうか。
その前に気が付くかもしれない。
もう何も動かない。
今あるモノを使い果たせば、終わり。
何も失わないが、何も得られない。
明日は今日より貧しくなる。
百年の繁栄が無くなる。
たくわえを使い果たすのに一年。
それを覚えている世代がいなくなるまで、半世紀。
転移出来なかった地球の人々の様に。
正しく地獄を見るだろう。
※第45話<世界の外の日本(地球人類終了のお知らせ/死因:肝不全)> より
それを受け止める侵略者もいない。
帝国の様に親切に、弾圧してくれる敵はいない。
誰にぶつけるすべのない不満が、内部で循環するだろう。
それがさらにはげしく、貧しさを生み出すだろうが。
貧しい地域。
弱い人々。
内紛。
他の誰にも影響がない。
まったく何も問題は無い。
【聖都南端/白骨街道/らんどくるーざーの中/青龍の貴族の右隣/エルフっ娘】
あたしは耳で彼を見る。
見ると言ってはおかしいけれど、見える。
もちろん聴いてもいる。
呼気。
血潮。
鼓動。
それはいろいろなことを教えてくれるけれど、やっぱり見たい。
風を訊くのと同じ。
彼の視線や仕草、瞳が見える、ううん、解る、かな。
とくに風の少ない、らんどくるーざーの中なら、よーく解る。
らんどくるーざーの中は、一定の風が造られている。
絡繰りのような繰り返しは、とても見えやすい。
空気の感じで彼の表情が解る。
考えていた。
結論が出た。
不愉快そう。
あたしは何をすべきかしら?
【国際連合統治軍第13集積地/白骨街道/ランドクルーザー車内/中央席/青龍の貴族】
俺が視界の範囲、道端に平伏する女たち。
俺の視線に気が付かない、笑いさざめく女たち。
俺が口説きたくなるような生命力にあふれた女たち。
胃がヤバくなってきた。
目の毒なんてもんじゃないぞ。
何でおれは此処に居るんだ。
なんか悪いことしたのか?
何も悪いことはしてないだろう?
だからどうした、っていうのかな?
シスターズ&Colorful同じ歳格好の子もいる。
彼女たちは不幸じゃない。
彼女たちは幸せそうだ。
彼女たちはまだ知らない。
エルフっ子が、彼女たちに眼を向けている。
耳は俺に向いているが、気を使っているのかもしれない。
この子は俺の、俺たちの死角に気を配ってくれるからな。
もしも。
これから起こることを知らしめることができれば。
それを止めることが出来ずとも備える事さえできれば。
なにがどうなるか異世界の彼女たちに伝える方法が判れば。
世の中には、マシな死に方がある。
だから俺は、エルフっ子を抱き寄せた。
彼女たちは、俺の腕の中にはいない。
縁がなかった。
それでいい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わけねーよ。
俺は皆を見た。
造り笑いが巧くなる。
っていうか、ちがうか。
笑ってるわ、俺。
この子たちを見ると、気が楽になるんだ。
エルフっ子の、瞳。
緑色。
この子たちのために笑わないといけない?
ちがうちがう。
この子たちを見ていると笑えてくる。
何もできないだろうけれど、何かできるかもしれない。
何も思いつかなくても、誰かが思いついてくれるかもしれない。
百万の市場が一夜にして消える。
俺が政治家だったら逃げ出している。
誰かと語らってみたい。
だがそれはできない。
隊員達に聴かれるなら問題は無い。
関心を持たないか、持ってもスルーする。
だが俺たちの軍政部隊は変則的だ。
身近に常時、地球人以外がいる。
異世界の人たちに聴かれるのがまずい。
聴かれただけで命じたに等しい。
たかが尉官の下っ端士官。
それを親方日の丸を隠した国際連合旗で包んでしまうからだ。
ああ、そうか。
俺が無口になったわけが、やっとわかった。
将校として教えられたことも、実践しないとわからない。
回答がない問題なんぞ、慣れてるつもりだったがな。
それはまた。
今日は観光。
観察じゃない。
エルフっ子に見てもらうのは、やめとこう。




