La Tomatina/トマト祭り
「寝台が無くなれば、別の寝床が必要だろう」
己が領地に家臣領民と共に盾篭った帝国貴族に、女青龍が言い放った言葉と伝えられる。
単身で乗り込んだ相手に恫喝されたと感じた貴族は、家臣らと別れて虜囚となった。寝台、つまり領地領民が灼かれずに済んだのか否か、それは伝わっていない。
はたして恫喝だったのか、通告だったのか。
異文化コミュニケーションの難しいところであろう。
なお、UNESCO以外の国連機関は警告や恫喝をしない。
《大陸における伝承の研究:京都大学比較民俗研究会会報より》
これからおきること。
四月のことだ。
一機目。
AC-130スプーキーⅢは速度を落とした。
失速寸前の低速150km、しかし高度を維持して投下軌道を広く確保。
パイロットが辿る曲線。
オペレーターがディスプレイをなぞった跡。
それをカバー出来る架空の点描。
こういった絶妙な軌道はオートパイロットでは踏み込めない領域である。
まだ。
よく晴れた真昼の空。
穏やかで大気密度がほぼ等しく、風速も方向も一定範囲に収まる風。
まるで演習のような理想的環境。
空からよく見える通りには人々が溢れている。
まるで祭りの雑踏の様にひしめき合い、立錐の余地もなさそうだ。
大きな声を上げているのだろうが、上空には聞こえない。
いやこれから、聴こえる高度に下げるのではあるのだけれど。
まだ、距離があるから仕方がない。
街路を埋め尽くす人々。
路地に逃げ込む人々。
広場で立ち尽くす人々。
十数発のGBU-44/Bバイパーストライクが降下していく。
落下ではなく、正確に誘導された軌道。
街を囲む哨戒気球の電波測量。
成層圏の太陽風や大気状態にさえぎられるGPSより精度は高い。
カタログスペックを越えた1m以内の必中範囲。
広い通りにつながる路地、出入り口に着弾。
爆炎と破片が狭い路地に挽き肉を詰める。
余りある破壊力が建物を崩して路地を埋める様は、ミートパイを思わせた。
空からよく見える通りには人々が溢れている。
まるで雷に打たれたかのように立ち尽くし、考える余地などなさそうだ。
喚き声を上げているのだろうけれど、互いにそれは聴こえない。
まだ、爆音で鼓膜や聴覚がしびれたままだろう。
いやすでに、更なる航空機の爆音が迫っているのだけれど。
一機目に続き、遅滞なく上空侵入するAC-130スプーキーⅢ。
二機目は超低空飛行。
高度100mほど。
眼下に広がる味方以外。
精密爆撃で路地という路地が塞がれ、前後左右に行き場を失った通り。
溢れかえる群衆に選択肢はない。
足場しかない密集状態。
伏せられず。
逃げられず。
何が起きるか判ることはない。
ただただ空を、覆い被さる翼を見上げる。
幅40m余り、長さ30m弱。
彼等が知る、どんな竜よりも、巨大な飛竜。
街路から見上げれば、空が龍で覆われている。
それが最期の眼に焼き付いた。
GAU-12 25mmガトリング砲の砲身が回転。
毎分4000発以上の連射。
Bofors 40mm/L70機関砲も同じく起動しており、こちらは毎分300発以上の連射。
それぞれが二基ずつ、同時に別々の指定された目標に、自動射撃。
機体の安定を保ちつつ可能な最低速度。
単純計算で毎秒2500m進む機体。
街の上空を瞬く間に飛び過ぎ、標的の上を通過するのは一秒ほど。
その範囲にばらまかれるのは毎秒70発前後の超音速25mm榴弾。
毎秒5~6発の40mm榴弾。
密集した建物、その狭間、路地には40mmが。
長く広い通りには25mmが。
射撃担当の二機目は街の尖塔を掠めて跳び過ぎる。
超音速の弾頭は発射直後の最高速のまま。
機体の対地速度と重力加速度をつけ更に加速。
群集の重なる人体を障子紙の様に貫き、石畳を粘土のように穿つ。
榴弾は浅い地中で炸裂。
地上の群衆ごと、石畳を広範囲で吹き飛ばす。
ばら撒かれた破片石片は適度に威力を失い、通りを塞ぐ石造りの丈夫な建物の壁にはじかれ続ける。
人の握りこぶしから頭程度の大きさ、石片レンガ片。
壁と地面にさえぎられ、無数のビーンボールの様に空間内のすべてを斬り裂く。
狭い範囲に叩きつけられたエネルギーが瞬時に殺伐を終え、行き場を求めて上へ。
噴き上げる血飛沫。
人に由来する肉片骨片。
有機物とシェイクされた無機物の断片。
それらが街中に降りそそぐ。
街の空を、まだ生きている人々の頭上を、赤く赤く染め上げる。
爆音。
轟音。
砲音。
建物で仕切られ、瓦礫で寸断された群衆。
機内の、はるか離れた場所にある作戦卓の、ディスプレイ上の仮想空間。
表示された升目が、哨戒偵察機器の戦果判定プログラムによりチェックされていく。
瞬く間に、超音速の弾雨によって。
鮮烈な赤いマークで。
「レ」check。
「レ」check。
「レ」check。
「レ」check。
一つ向こうの通りが赤く塗り替えられても。
噴き上がった血泥が降り注いでも。
圧倒された人々は、それでも身動き出来ない。
逃げ道を塞がれ隙間なく詰まっているからか。
逃げるべき事態を悟ることができないのか。
逃げ場などない運命を悟ったのか。
気がつかずに迎え入れたのなら幸いだ。
AC-130スプーキーⅢのサーモグラフィによる街路表示。
温度で色分けされた索敵用仮想空間。
街の街路には、人型の赤い陰が幾重にも重なり並んでいる。
大きいもの、小さいもの、細いもの、僅かに太いもの。
瞬く間に形が崩れ、道路いっぱいが人の体温と同じ色で塗り替えられた。
もちろん、すぐに冷え、所々で地に這い蹲る人型に変わる。
その大半はほどなく黄色くなり、緑色になり、青く変わるけれど。
土や石と同じ温度になれば表示されなくなる。
大きな赤い色が消えたおかげで、屋内の赤い人型がマークしやすくなっていく。
広い通りは破砕弾頭、その弾片が隙間なく掘り返した。
原型を留めている者は、物は、何もない。
敷石一つまで、細かく砕かれた。
通りを外れた鉄柵の中。
館の中には何も起きていない。
オペレーターのなぞった範囲のみ、丁寧に掃き清められた。
安全化地域。
まるでスペインのトマト祭りを思わせる街並み。
掃射を終えた二機目のAC-130スプーキーⅢは、高度を上げて街上空を離脱。
再びGBU-44/Bバイパーストライクを投下しながら、だ。
更に区画範囲を広げた通行止め。
追加された爆撃により、群集は寸断されて、その行動可能範囲はさらに狭くなった。
戻ってきた一機目のAC-130スプーキーⅢ。
追加で動けないようにした人々を丁寧に、者から物へと変換していく。
それは10分ほどのことだっただろうか。
街路の掃討を一巡したAC-130スプーキーⅢは、大きな建物にGBU-39を投下しはじめる。
滑空爆弾といわれる精密誘導爆弾GBU-39。
100km先から投弾可能であり、照準誤差は5m程度。
AC-130スプーキーⅢが直接射撃を終え、標的上空を抜けて旋回し、再接近にかかるときには爆撃開始。
中世の石造りの建物。
その上面は弱い。
上部構造を厚く強く作れば、建物は倒壊する。
その重量を支える技術や素材がないからだ。
GBU-39は鉄筋コンクリートを標的想定した兵器。
街の建物は容易く貫通される。
そして屋内底部に達したGBU-39の爆発力は、一番厚い外壁に遮られ、最大威力を発揮した。
技術や素材がない分、脆弱な上部構造を支えるのは主に外壁の役目。
上より下に行くにしたがって、重量を支えるために厚く頑丈になる。
それは外からの防御力を上げ、内側からの衝撃をすべて屋内で循環させる。
GBU-39は精密誘導兵器。
敵味方が混交した状態で使用する為に、敢えて威力を落としてある。
だからこそ、建物自体の崩壊を防ぎ、威力が屋外に逃げることを防いだ。
内壁の瓦礫、家具の破片、隠れていた人体。
それが散弾のように荒れ狂い、互いをすり潰す。
厚い壁により維持された威力を最大限に享受した、屋内の人々が開口部から溢れ出した。
破片として噴き出すばかりではない。
生きていれば、動ければ、まず外へ。
生き残って、体さえ動けば逃げようと出来る。
この段階では通りはすっかり片付いている。
街路掃討完了後の、屋内殲滅。
道を塞いでいた者は平たく積もっているから、通り沿いの建物から出入りはしやすいだろう。
ひろく街路に均された物。
足首まで埋まる新たな舗装の柔らかさ。
足を取られて進みにくいが、それを足で踏み固め、前に進む。
誰かの前は誰かの後ろ。
方向感覚を失い、安全な場所を知らず、闇雲にただ移動する。
足元の物体、その生前と違って歩けることが幸運なのか、不運なのか。
心を踏み砕かれてなお、体は動く。
まったく無意味に幽鬼と同じ。
常と変わらぬ惰性に依って。
常と違いは彼らの未来。
責任ある誰かによる決定。
地球人の、日本の有権者の決定
――――――――――生残不許可。
故に地球人類の総意がやってくる。
空から、ゆっくりと、また、ゆっくり、まさに、ゆっくりと頭上にのしかかる幅40mの翼。
AC-130スプーキーⅢがのしかかる。
街路街区ごとに封鎖して、守るべき者の周りに物を積み重ねていく。
もちろん、対地攻撃だけで片付くとは思わない、考えない。
地球人類の意志に遺漏が生じてはならない。
街中で続くトマト祭り。
祭りを囲む高い壁。
街を守る城壁。
城壁上に出る道は頑丈な扉で仕切られる。
城壁上に抜けても、外壁側から下に至る道筋などない。
そこから城壁外に行くのは墜落死するだけだ。
城市を抜ける為には門をくぐる必要がある。
だが当然、城壁都市に門は少ない。
外敵の侵入を防ぐため、利便性は否定される。
その街にあるのは、北門と南門の二カ所のみ。
まだ生きている、まだ動ける、方向感覚を保っている住民は、皆がたったの二カ所に殺到する。
当然、それはできない。
そう決めてあるのだから。
だが門を死体の山で塞いだりはしない。
街中で進展する、順次升目を埋めていくトマト祭り。
まだ順番が回ってこない人々。
中でも比較的、城壁近く門の近くにいた住民。
皆一様に、門の外を覗う。
だが、動けない。
さすがにこの惨劇の中、開閉できる門を疑っている。
見える範囲で、誰もいない。
早春の陽光に浮かぶ、緑萌えなす丘陵地帯。
背後は阿鼻叫喚。
迫りくる死。
確かめられない生。
一番臆病な者たちが死から逃れる為に。
一番勇敢な者たちが生を掴むために。
彼らは門から飛び出す。
間隔を置いて、数十か百数十程度で。
それが彼らの感覚、その限界。
国際連合統治軍。
都市を訪れていた彼ら。
いや、統治軍に限らないが、常駐していない都市を訪れる国連部隊にはルールがある。
いや、軍事作戦全般の原則と言った方がいいだろうか。
退路を確保しておくこと。
それは出入り口を御管制下に置く、ということであり、撤退にも使えれば増援投入にも使える。
まさに基本原則だろう。
この都市の場合も、そうだ。
二か所しかない開口部、それを塞ぐなど簡単なこと。
事前に設置してある自動機銃。
一応、設置して置いただけのM-240型。
射撃装置と銃本体、弾帯を入れてもそう大きくはない。
全周2.5m、全高1.5mほど。
固定銃座と自動照準のため、有効射程を広くとれる。
門から1kmほど離れた場所に三か所。
当然、銃座の回りは、対人地雷で隔離されている。
三機というのは最低設置数であり、特別な対処ではない。
北と南。
門の外側は最低でも十字砲火の焦点になるようにされていた。
もちろん監視体制で待機させてある。
100mほどの距離をかこむ地雷原を、突破して逃げるか接近する者がいない限り、発砲しないように設定されていた。
それが、戦闘体制に移行済。
対地攻撃が始まる前に、策戦が変更されると同時に自動的に切り替わる。
自動機銃には様々な射撃パターンがある。
単純に設定エリアに入る動体を即座に射撃するのが基本。
だが、それでは戦況に対処できない。
もちろん、あくまでも補助兵器。
兵士のような柔軟性は期待しない。
そこまで求めるなら、オペレーターを付けた半自動機銃を設置する。
そしてそれには、コストがかかる。
だが、多くの作戦は単純なパターンで事足りるのだ。
この都市の場合が、そう。
門を出てくる動体を索敵機器が捕え、照準。
射撃範囲は門の外。
動体の動きと数を計測。
処理限界値の七割ほどの人数が分散して動き出せば、即時全力射撃で門外の全員を撃つ。
一人でも逃がすわけにはいかないからだ。
しかし、今回はそれより少ない人数が、一塊になって動き出した。
三方向に分かれているが、対処可能。
住民からすれば、怖くて身を寄り添わせていたのだ。
機械はそんなことを感じたりはしない。
群体ごとに標的配分していく。
概ね同じ方向を目指す群れ。
射程圏の半分程度まで、標的が進むまで即応準備態勢。
銃弾の威力と発射速度が許容する人数の移動をカウント。
3
2
1
0
一番。
その先頭集団を掃射。
群れの前進を停める。
二番。
その末尾集団を掃射。
門に逃げ戻ろうとする者たちを止める。
三番。
前後から追い立てられ、留まった群れ。
射撃効率がいい中心核から掃射。
分断され逃げ崩れるところを各個に射撃。
プロセス終了。
そして、それは繰り返させる。
門の内側に、徐々に集まってきた住民たち。
後から着て、門を出た者たちのプロセスを見聞きしていない者たち。
彼等が同じ逡巡を繰り返しては、適度な集団で同じ決断を繰り返すから。
都市機能として利用しやすいように、広くとられた門前。
普段なら出入り待ちの荷駄が並び、それを利用した物売りが市をなす平坦地。
今は遮蔽物がない処刑場。
適度に散らされた、死体が広く散乱する。
ほどなく門内で耐えていた人々がピンポイントで上空から破砕された。
そして北門から、国際連合統治軍の車列がゆっくりと出てくる。
うず高く重なった人型の肉。
物言わぬ、動くこともある障害物。
そんな悪路をものともしない軍用車列。
それでも通り様がない瓦礫は、瓦礫を造った機体が同じように吹き飛ばし、道を塞いだ時と同じように、また道を造った。
AC-130スプーキーⅢは車列の背後を掃討中。
壁際から門近くまで蹂躙しながら、囲いを壊すことなく精密殺戮。
誰もついてこれないように、北門に至る道そのものを崩して塞ぐ。
彼等の役目はそれまでだ。
味方とそれ以外を引き離しさえできれば、都市の封鎖は次の段階へと移行する。
あとは古典的火砲斉射で片が付く。
単純な作業に過ぎない。
そして五月。
今はまだ、声を出して動ける、群集。
やむを得ない無知で満たされた、衝動を欲望を敵意で発散する人々。
軍曹は知っているが、帝国貴族令嬢は知らない。
先月、起きたこと。
一人の目撃者も残されなかったこと。
まだおきていないこと。
AC-130スプーキーⅢ。
敵味方、いや、味方とそれ以外が混交状態。
そんな戦闘に特化した機体。
運用こそ国連軍だが、国際連合統治軍や、UNESCOそしてWHOに多用されている。
極めて容易に、味方以外を殲滅出来る。
今、軍曹の見上げる空にいる。
運用しているのは、国連軍なのだ。
躊躇うことなどありえるだろうか?