D.C./理性的暴力
そしてここ。
軍曹たちがいる館の地上三階程度は、十分に投石の射程圏。
Dr.ライアンを押し戻し、こちらを指揮官をチラ見する二等兵。
軍曹は気にするな、と頷いた。
彼女の無謀な自殺行為を止めるのは、二等兵の任務。
だが彼女の行動を予測できなかった。
ましてや脳天気に暴徒を挑発するのを止められなかった。
それは軍曹も同じこと。
誰もがすべてを予想できるわけではない。
戦場で結果だけを追求していたら、兵が一人もいなくなる。
ただし二度目はない。
彼女を守ってみせる。
軍曹個人的には守りたくないし、後で殴ってやろうと思うが、あれで民間人。
いやUNESCO調査団構成員という時点で軍属扱い。
UNESCOはいつの間にか準軍事組織になったからだが。
でないと軍法会議にかけられないから仕方ない。
異世界で活動する、異世界人と接触する可能性がある地球人の必要原則。
全て即決裁判同時処刑が出来ないとならない。
例外はWHOが担当するが、特別処置に限られる。
詳細は国際連合総会決議参照。
だが、もちろん軍属も軍人に守られる対象ではある。
誇り高い海兵隊員、徹頭徹尾の人殺し、軍歴と人生がイコールな軍曹にとっては民間人だ。
しかも彼女は貴重な統括研究員。
軍曹個人の価値観とは無関係ではある。
その能力は死守すべし。
それが軍令であれば内容を無視して死んでも従う。
軍曹たちに与えられた任務。
守るべき能力とDr.ライアンの命や健康がセット。
幸か不幸か、やはり不幸なこと。
舌打ちの16連打もしたくなる。
だが繰り返すまでもなく、任務は絶対だ。
彼女には指一本触れさせない。
より優先すべき防衛対象が一緒なのが救いだろう。
より貴重な帝国貴族サンプル。
サンプルを守るためならば、多少の犠牲はやむをえない、はずだ。
二等兵は、常識的な捕虜(帝国貴族令嬢一行)を放置。
非常識な民間人(Dr.ライアン)を監視する体勢に入った。
気持ちはわかる。
軍曹から見ても、そちらの方が護り甲斐がある。
常識的に言って、執事は若者、令嬢たちは子供(少女)たち。
海兵隊員でなくとも、そちらを優先するだろう。
物見遊山、としか考えていないことを全身行動で示しているロクでなしよりは。
「Dr.ライアン!」
軍曹は彼女から距離を置いたまま、怒鳴る。
「ん?」
小首を傾げた彼女。
呼ばれたから、という調子でのこのこと近寄ってくる。
ブートキャンプでは新兵が震え上がる怒声。
を浴びて、それが自分に向けられていると知って、なお。
自邸の自室のような気やすさだ。
異世界の見知らぬ邸宅の中。
外から響く憎悪の声。
石が床を打ち、壁を打ち、木枠や壁の漆喰が壊れる音がひっきりなし。
Dr.ライアンは歴戦の勇士のような落ち着き方。
でなければ精神異常者が周囲の環境から切り離されているような。
まあ、軍曹も怒声で威嚇する気はない。
その必要が無いだけ、Dr.ライアンはマシなお荷物だ。
正気か狂気かはわからないが、時に狂人の方が緊急事態では安心できる。
正常な人間の正常な反応ほど邪魔に、しかも周りを巻き込むほど致命的な阻害要素になるからだ。
時には正常な人間を、皆を守るために殺すしかなくなるほどに。
狂気であったとしても、混乱されるよりはマシ。
民間人らしいパニックに陥られればまた困る。
まあ大半は、困るからと言って対処できないわけではないが。
軍曹の海兵隊員経歴後半は、敵以外の相手をする機会が多かった。
戦場に巻き込まれた、戦場にわざわざ来た素人。
その御守りはベテランに回される。
そこで学んだあやし方。
普通は怒鳴れば済むのだが。
脅し付けようと思ったなら尻を蹴り上げる。
女の顔を張ると、無駄に萎縮して邪魔になる。
行動に支障が無い程度に暴力をふるうのは、下士官の必須スキルだ。
別に、民間人相手に限ったことではない。
兵隊を使えなくするようでは、下士官失格。
精神的にも肉体的にも、最高のコンディションに保つのが当たり前。
それを本人の自己責任に任せるようでは、軍隊は成り立たない。
別に軍隊に限った話ではないだろうが。
自分の健康管理は自分で。
そんな無責任なことが口にできるのは、軍事の世界では傭兵だけだ。
もちろん、軍曹はそんなバカではない。
とりわけ軍曹は、特殊技能持ち。
感情を切り離して暴力を体罰に進化出来る。
感情によらずに殴る蹴る出来る人間は少数派。
多数派は感情的になる。
貴重な労力を無駄にして、人員を傷つけ士気を下げる。
無能な働き者が多いのは、合衆国海兵隊でも例外とは言えない。
必要なことを過不足無く実行。
軍曹はここでも軍曹だった。
Dr.ライアンに質問。
「ありゃなんだ」
暴徒。
と答えるほどにはバカではない、彼女。
館の外で熱狂しているアレ。
一人一人の中で、独りが周りと、周りが一人と。
自家中毒的に興奮が興奮を呼ぶ連鎖が起きている。
まずは前提を決めるのは学者の常道。
自自問自答するときも、他人と話をする時も、そこで躓く空回り。
常に絶え間なく、呼吸するように議論し続ける生物。
それが学者。
Dr.たる由縁。
「仮説でよければ」
軍曹は話しながら彼女と帝国令嬢たちの行動を、行動だけを手で制する。
口出しは歓迎するが、行動は管制する。
中心の安全を見た二等兵は、身を低くして窓際へ。
偵察ユニットが拾いにくい音を聴くためだ。
伍長は部屋に飛び込んできた執事を通して、そのまま戸口を確保。
国連軍が集めた情報とは違い、特殊な用途でしつらえられた特殊な館。
通常、中世、いや地球の欧州における古典的建造物のようなしつらえになっていない部分がある。
具体的に言えば、扉が一か所しかない。
隠し部屋や出入り口、窓から梁を伝って出入できる、という構造でもないようだ。
侵入した地球人たちにとっては守りやすくて都合がいい。
退路がないともいえるが、廊下を確保してしまえばどうにでもなる。
それこそが、この館、その構造の理由なのだが。
軍曹たちは特段の合図もなしに、個々の役割と全体の動きを平行させる。
窓から離れた部屋の中央。
外を覗かず、外から見られず。
軍曹とDr.ライアン、それに公式名称でいう戦利品たち。
部屋の外と戸口を管制する伍長。
館の外部把握を補強する二等兵。
全員が帝国貴族令嬢を囲む陣形をとった。
軍曹が前提条件を無言で肯定。
それを見て、彼女は続ける。
「あれは、私たちを殺しに来た反帝国暴徒たち」
二等兵が拾った外部の音は、帝国への罵詈讒謗で満ちている。
この、言うまでもないが軍曹たちがいる、館。館の中には帝国貴族しかいない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・というのが、暴徒たちの認識らしい。
帝国を滅ぼす地球人。
反帝国を叫ぶ異世界人。
地球人に守られている帝国貴族一行。
誰を殺してでも一行を守る軍曹たち。
無知が誤解を生み、誤解が熱狂を生み、熱狂が無知を固定する。
皮肉な状況なんてもんじゃない。
誤解が解ければみんな幸せになれるはずだ。
軍曹は、こめかみを抑えたくなる。
誤解が解けなければ破滅するだけだ.
不幸な者。
気まずい者。
幸せになる者。
「俺達も見分けがつかない?」
解らなくても、判ってほしい。
軍曹たち、ついでにDr.ライアンは地球人だ。
怖ろしくて恐ろしくて、異世界人がそれと知っただけで狂死するぐらいに残酷で、この街に生きとし生ける者すべての敵だと理解してほしくてたまらない軍曹。
帝国関係者ではない。
無関係とは言わないが。
せめてそれだけでも。
「帝国騎士にしか見えないわよ」
異世界大陸、すくなくともこの街に住む人間のにとっての全世界。
それが帝国に征服されて一世代以上。
騎士鎧を見れば帝国騎士としか思わない。
東から昇れば朝日のようなもの。
たかが一世代で当たり前は出来上がる。
現代日本の常識のほぼすべて。
一世紀前に発生し、定着から半世紀。
それを疑う者は誰もいない。
その程度の話。
ならば千年のアドバンテージを持たない異世界人を、誰が笑って咎めようか?
咎が無くても気にしないが。
国際連合と、安保理は咎の有無を確認しない。
御揃いの、上質の、新品の、寸分たがわぬ鎧。
それは帝国の証。
有力者たちの傭兵や戦士、衛兵ならばこうはいかない。
使い古しや継承品、故買品に修理品。
不揃い、まちまち、大雑把。
戦術思想すら大まとめ。
そんなモノと見比べられるわけがない。
そして軍曹たちが身にまとう、戦闘装備。特にプロテクターは、異世界人からは鎧と見なされる。
傷一つ無いように見え、摩耗の痕が見分けられず、完全に統一されているように。
異世界人の常識に沿ってフィルタリングされた結果。
何処からどう見ても帝国騎士にしか見えない。
「見える、って重要なのよね」
Dr.ライアンは面白そうだ。
専門分野を超越している学者とは、つまるところ好奇心の塊だ。
混乱した状況、混乱した異世界人、困惑する軍曹たち。
新しい刺激が面白くてならないらしい。
それを見ながら軍曹は、思う。
(コイツは調子にのらせておいた方が、負担にならない)
なにしろバランスが悪すぎる。
迷子回収班が三人。
地球人の感覚では未成年の少女たち三名。
ここまでは背負いこんで仕方なし。
付き人の非戦闘員一名、一応訓練を受けてる軍属相当のDr.ライアン。
大人二人には自分の面倒くらい、見させなければ。
そんな軍曹の思惑に、無頓着な彼女。
外の暴徒は数を増しているようだ。
軍曹は怒鳴る。
軍曹は戦闘装備の外周マイクで敵味方全ての声、音をスクリーニング出来る。
民間人のDr.ライアンにはそんな装備はない。
怒鳴らないと聴こえない。
「捕らえるんじゃないのか?」
暴徒の目的。
ずいぶんと剣呑になってきてはいるが、生け捕りが目当てではないのか。
ついでに生け捕った、彼らが言う帝国の犬たちを、彼らが言う青龍に付きだすのではないのか。
そうなってくれたらありがたい。
群集に見送られて広場の本隊に合流できれば最高だ。
戦場に最高なんてものが転がっているかどうかは別にして。
軍曹の疑問には根拠がある。
帝国関係者の所有権は地球人の権利。
中世の戦場、その常識。
戦利品は勝者のモノ。
所有物、不動産を含む財産はそのまま接収。
身柄は捕虜として親族に売るか、奴隷として使うか売るか。
まあ、通常は第三者による便乗略奪を経て、その手に掴んだモノしか所有できないが。
そんな中世準拠の異世界
その戦争慣習を拡大解釈。
今その瞬間、誰の手にあろうと、戦利品は勝敗の時点にさかのぼって勝者が得る。
国際連合軍がその統治下、いやほとんど放置で統治していない勢力圏に押し付けた考え方。
戦場清掃のついでに遺体からはぎ取るのは、その場で許可しているから。
そんな手前勝手な常識が異世界には広がりつつあり、この地方ではかなり定着させてあるはずだ。
軍曹の質問。
Dr.ライアンのびっくり眼。
「野良犬になにを期待してるの?獲物を飼い主の元まで食べずに運ぶ?」
彼女は、まるで嘲りの無い、無邪気な表情で微笑んだ。
軍曹としては、その表情が怖いが、納得はできる。
外で野次ってるのか狂ってるのかわからない群衆。
彼等に理性があるなら、もっとマシな動きをするだろう。
そもそもが彼女に密告したように、独り占めするのが当然だ。
帝国関係の物情報人は、勝者の所有物。
そう決めたからといって、国際連合はタダで召し上げようとはしない。
傷をつけずに、価値を損ねぬように提出すれば礼はする。
拾得物を届ければお礼がある。
ただそれだけのことではあるが、異世界でも通じる常識であったらしい。
しかも、国際連合の報労代価は異世界基準でも法外に高い。どうせ帝国の奢り、接収財産から支払っているからではあるが。
とはいえ、ただでさえ数少ない帝国関係者。
誰かが指揮しているとも思えない、無数の群衆。
差し出したとして、分ければ一人頭幾らになるのか。
大勢で集まって、誰が何を得られるというのか。
報奨の奪い合いでもするのか。
「あいつら何がしたいんだ」
「あとで聴いてみるわよ」
群集の目的は、略奪。
旧支配者を匿っていた罪過で有力者を吊るし上げ、その財産を奪い気晴らしに氏族を殺そう。
その程度のもの。
ここにいる地球人たちには、その発想が無かった。
「状況はわかった」
「よかった」
軍曹とDr.ライアン。
もとより二人には、自分たちだけ脱出するという発想はない。
国際連合決議。
決議に基づく安全保障理事会決定。
軍事参謀委員会通達。
いずれも帝国捕虜の確保を命じている。
現地住民同士の戦いには関与しない。
だから帝国と別な勢力が戦争しているなら、話は別だが。
今、この場合、この場にいる帝国貴族令嬢一行。
彼女たちはDr.ライアンが接触した時点で国際連合の捕虜になった。
であるが故に帝国貴族令嬢一行は、その心身財貨全てが国際連合管轄下。
国際連合、その管理下にあるいかなる物品への侵害、侵害の可能性は許容しない。
それは全国連機関の至上命題。
UNESCO調査団も例外ではない。
もっとも、軍曹とDr.ライアンに法律的政治的意識はないが。
「日本人がいれば、楽だったのに」
と彼女が言うには根拠がある。
つまるところ、ここにいる地球人が全員、異世界人と見分けがつかないから問題が拗れているのだ。
金髪碧眼白人種。
だから、軍曹は怒鳴った。
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