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完全侵略マニュアル/あなたの為の侵略戦争  作者: C
第七章「神の発生」UNESCO Report.

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かみさまのピタゴラスイッチ



その場所で、その時に、なにが起きたのか。


当事者には判らない。

当事者以外は気にしない。


だから運命だの偶然だのという言葉が無くならない。


意訳すれば、両方おなじ。

考えるだけ無駄だから、割り切ってしまいましょう

――――――――――と言うこと。



当事者が知らない必然、と言ったのは誰だったか。




ただまあ、起きたこと自体は、当たり前の事に過ぎない。


異世界大陸沿岸部。

帝国撤退以来、一般化した反帝国気運。

それは最初から用意されていた。



まずもって、沿岸部は異世界経済の中心であり、それは帝国成立後も変わらない。

つまり帝国以前から富の中心であり、自尊心が高かった。

それは豊さ故でもあろうが、それだけではない。






最初の一歩。

沿岸部の地勢。


豊富な水資源は多様な生態系をはぐくむ。

多量の動植物は食物連鎖を繰り返して土壌肥やす。

陸上から流れ込む有機物と海洋性有機物が沿岸に滞積する。


それがただ、続いただけ。


河川湿地に大河と湖。

平坦な地形と穏やかな大洋。


それは海岸線を離れた奥にまで、豊かな生態系を約束した。

それがいわゆる沿岸部。


様々な知的生物が社会を築き生産を始める。

すると収穫は莫大な量となる。


生産は人口を支え、人口は生産を支える。

需要と供給、供給と需要。


それが平衡を失うのに必要な時間は、あと千年。

失った平衡を糊塗する為に必要な時間は二百年。


地球の経緯を参考にするならば、だが。




それが諸王国を生んだ。

もちろん、現代日本人の思う国家とはまるで違う。

ルネッサンス的な都市国家、そこから広がる地域型国家を想像するといいだろう。



独りで成り立つからこそ、地域は独立。

豊かさが生んだ諸王国の分断。

それで支障はなかった。




なかった、だ。





技術の発展は時代を古代準拠から中世準拠へ。

それが二歩め。


分断が生んだ経済成長の高止まり。


人口増大。

国土開発によるインフラ整備。


畜産の進歩による馬匹の増加。

異世界は多くなり、狭くなり、早くなり、広がらない。


狭い土地。

狭い領土。

狭い人脈。


富が溢れても、溢れても、だからこそ閉じこもる。

溢れた生産は流通を生み出し、流通の誕生は商業を拡大しする。


国と邦。

領地と領域。

しきたりと慣習。


枠を超え、枠を求め、枠を創る。

何者にも把握できない世界が野放図に広がる。


無視される規模の利益。

自明とされた既得権益。


それがいくら利益を見込めても。

それがいくら損害を生んでも。

それで誰か死ぬわけもない。



そんなことは認めない。

より豊かな明日よりも、豊かな今日。


飽和状態、おおいに結構。

階級闘争が生まれ、顕在化し、睨み合う。


変化が乏しければ格差が固定する。


そして恒常化する不平不満。

それは変化を嫌う社会で外に向かう。

それが踏み出した。

三歩め。





異世界の主流。

大陸沿岸部の人々。


内陸部を、知るより以前に侮蔑した。

深央部に至っては、化外の地として無視していた。

更に先は人外、騎竜民族など実在を疑っていた。


誰一人警戒などしていない。



それが瞬く間に、圧倒的な力でねじ伏せられた。

人外と嘲り無視した騎竜民族に。


沿岸部から内陸を経て深奥部まで超えて溢れ出した豊かさに、目を留めた人外。

豊かで小さな枠から溢れて、居場所を失い得られずに弾かれた、異端に異能に魔法使い。


枠外を流れていた流通経路は、行くことも来ることもできる。

何でも誰でも、通れる運べる、人も物も、竜も兵士も軍隊も。


四歩め。

空から、陸から、竜の脚が刻んだ、大きな穴。




新たな支配者、騎竜民族の実利主義。

彼らは他民族の手法、技術や制度を取り入れた。

役にたつなら何であれ、学ぶことに躊躇がない。


征服者から学ぶのではなく、征服者から学ばれる。

それは、学ばれた側の劣等感をいや増した。



力だけの野蛮人め!!!!!!!!!!



優者から支配されるなら諦められる。

強者から支配されるのは納得いかない。


学べるから強者なのだ、と魔法元帥は言ったという。


それは人を論破してしまう。

だから人の共感を得られない。





教えを乞うのは足りない証し。


不足は貧しさである。

乞うのは弱者である。


沿岸部の住民だけではなく、異世界人は皆そう考えた。

騎竜民族以外。



もちろん、帝国側も教えられる態度ではなかった。

もちろん、異世界大陸大半の常識からみて、だが。

もちろん、騎竜民族は気に留めなかったわけだが。



騎竜民族が興味をもった、技術。

帝国を主導する魔法使いたちが必要と断じた制度。


経験者や技能持ちを帝国に組み入れる。

だけではなく、生粋の帝国人、つまり騎竜民族も知る、あるいは学ぶ。


自ら実行出来ないにせよ、把握出来なければ統治出来ないからだ。



当然、教える側が、小突かれる。


繰り返して言う。

知っている者が知らない者に、怒鳴りつけられる。

教える者が教えられる者に、呆れられ叱られる。




被征服者として見下しているから、ではない。

そもそも家畜や作物と同列なので、侮蔑も何もない。


それは働きが鈍い馬や牛に鞭をいれるのとおなじ。


教師役が怒鳴られ、小突かれ、時に殺された。

労に耐えない家畜を潰すのとおなじ感覚だ。


さらには帝国の、特に貴族の教育慣習が拍車をかける。


技能が、知識が身につかない。

それは、教える側が無能だから。


教える側は少数で、教わる側は多い。


ならば?


無能が大勢集まるより、無能が一握り集まったと考える。

そして教える無能の害悪は、教わる無能の害悪より多い。


文字どおり、多い。

だから、教育だか訓練だか行き詰まれば、まず教える側の首を跳ばす。

文字どおり。


それが帝国の、騎竜民族の発想だった。


騎竜民族を指導する魔法使いたち。

彼らはそれが大陸一般とは違うと知っている。

知った上で、それを助長した。


異世界文化の中心だった沿岸部の習慣。


それに恨みがあったのかもしれない。

世界征服初期には相手にあわせる必要があり、終盤になれば不要だったのかもしれない。

あるいは草原の論理、騎竜民族の合理性こそが世界を塗りつぶすべきだと考えたのか。



常識とは科学法則とは違い、偶然と惰性に過ぎない。

こうあらねば機能しない、という合理的なルールなどない。


重力加速度は不変だろう。

それは155mm砲弾の弾道が証明している。

長幼の序列は融通無下だ。

それは現代日本社会が証明している。




強者が、かくあれ、と決めた。

ならばそうなるだけ。


そうなっていく沿岸部。


没落していく権威。

浸透していく権力。


その直接的被害者。

領民たちに影響力が高い知識階級。


誰をも納得させそうな、たいそうな肩書きがある。

読み書きが出来て伝達力が高い。


同種類の人間と繋がりがあり、容易に同調者を増やせる。

そんな彼らが帝国を好む訳が無い。



それは広く伝播する。

人の心に刻まれた、一人一人の心に抉られた、五歩め。

その足跡は、踏みにじられて深くなる。





誰一人逆らえない。

発散されずに蓄積される。


規模の利益が及ぶ前に、判らぬ明日への不安が募り、無視された今日への怒りが溜まる。



征服中。

帝国の戦争経済による強圧的支配。

征服後。

戦災復興が一段落して思い出される、美化された旧諸王国時代への郷愁。



福祉も所得再分配もない現代以前の社会。

常に抱える、上層下層階級間ストレス。


半ば帝国とは無関係だが、反帝国という言葉は便利過ぎた。

なんだか理解は出来ないが、言われてみればそうも思える。


反帝国は、反よそ者。

そう読み替えてもいいだろう。


学んだ力で更に強くなり、隔絶した存在となった帝国。

帝国は実利的意味がない、不要な慣習は無視した。


それが沿岸部住民の自尊心を踏みつける。


軍人である騎竜民族。

学者であり技術者である魔法使いたち。

いずれも人の心に無頓着であり、だから放置。


それを意図的には、破壊しなかった。

だから壊れきらず、残ってしまった。


傷つき、膿んで、爛れていった。


もちろんそんな傷は時間が癒しただろう。

人は何にだって、慣れられるのだ。


かれらの治世が続けば、だが。



新たな一歩は、だから、戦闘靴2型(自衛隊装備)の足跡だった。





そして今日、報いを受ける。

誰が、とは言わないが。


あるいは単なる、八つ当たり。

誰に、とは言わないが。




そのきっかけは、来訪者

――――――――――UNESCO部隊。


彼らはおおいに困惑し、悩んで、苦労する。

これこそ正しく因果応報。



青龍(UNESCO)が訪問した都市。

そこではここ半年、世情が安定していた。


だから青龍(UNESCO)は目を付けたのだが。


灰燼に帰する前に、文書資料を回収せねば!

と。





灰燼に帰する前、と判定された都市。

UNESCOの判定が間違っていた、とは言えない。


国際連合武力制裁。

帝国の敗走(軍人参謀委員会は、正しく転進と評したが)。


支配者が逐われても、新たな支配者はやってこない。

ただただ通り抜けるだけ。



支配の空白が埋められず、バランスを欠いたまま。


バランスを失った積み木細工。

それは立ってはいられない。


崩れてゆえに必然、再構成。

多くの地方、多くの街、多くの都市で起きた騒乱騒憂政変事件。



此処は、それをなんとか抑えていた。

そう、抑えていた。


解消されていなかった。



不平も。

不満も。

抱く人も。



そんな中、青龍(UNESCO)の来訪予告。


何が何をしに来るか。

市民にしか判らない。


中世の市民とは、市内のギルド/組合に所属している者。

あるいはその氏族。



家族が成立する前の時代。


市民に統制された徒弟、下役、使用人、関係者。

これが上層階級。


すべて合わせて、市内居住者の一割に満たない。


残り九割。

半ば常雇いの賃金労働者。

これが下層階級。


日銭を稼ぐ日雇い労働者。

これが底辺。



青龍(UNESCO)来訪の意図は市民しか知らない。

市民は説明せずに命令する。



上層階級は上の意図を察する、が、確信はない。

不安からくる情報交換が生じて、噂が流れる。


噂は下へ、横え、さらに下へ。



下層階級は商工会の布告を聴く。

読めないから、聴く。


聞かせる側は、人が多い街角で怒鳴る。

メッセージの一斉配信はもちろん、拡声器もない。


市場や雑踏。

たまたま通りかかった人々へ。

権力者である商工会の命令。


好き嫌いはあっても、関心は抱く。


ただし、上層階級が書いた文章が読み上げられるだけ。

質問は禁止ではない。


読むのになれない人間が、文盲たちに怒鳴りあげる。


問われることに、慣れない。

問うことにも、慣れない。


禁止されなくても、質問できない。


人が多い雑踏。

雑音が多い市場。


聞きやすい立ち位置。

聞きにくい立ち位置。

聴こえない立ち位置。




そこに生じる伝言ゲーム。




推測、憶測、誤解に誤認。


事実は一つだけ。

新しい支配者がやって来る。


青龍(UNESCO)が十分と考えた予告期間。

それは、中世基準の技術と組織にかかれば、こんなもの。


事実以外が大半を占める。


地球人の誰もがそうであるように。

異世界人の誰もがそうだった。


自分の常識以外、考察などしない。

知らぬと知らず、想像する。


つじつまが合わない?



考えないから気がつかない。


良くも悪くも望みのままに。

ある、一点へ。





厳重に秘匿されていた帝国貴族令嬢。

その存在が街で囁かれ始めたのは、青龍(UNESCO)来訪が原因だった。




令嬢を隠していた商家。

商いの為、秘密の扱いに慣れた組織。

組織自体が未分化な時代。

もっとも完成していた集団。



街中が青龍(UNESCO)来訪に浮き足立つ。

そんな中、もっとも落ち着き、もっとも動いた、富裕層。


富裕層は青龍(UNESCO)の目的を知っている。

つまり、自分たちが主たる目標であることを。


書物。

文字が書かれたなにか。


それはすべて、富裕層の持ち物だ。


それをまとめて提出しろ。

それが支配者の命令。



とりわけ整理されているとは言い難い。


例外は現役蓄集家のコレクション。

つまり大半は、掘り返して持ち出して整理しなければならない。


祖父母から先の代々に至る、埋もれたコレクションや日記まであるのだ。



それを引き出し整理する?

どれだけの人出と時間がかかるのか??



書物という分類からはから少し外れているが、同じく提出を命じられている帳簿。


これならならすべて、整理整頓されている。

代を重ね、今も権勢を誇る商家なら当然だ。



これは青龍(UNESCO)も積極的には求めていない。

量が多すぎて、扱いきれない。


でも念のため。

買い取らないが、目を通す。

書式の変化などをファイリング。

それだけ。



だが提出させられる側にとっては、死活問題。

趣味の蔵書とはわけが違う。


商家の命。

氏族の魂。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実際の命には代えられない。



仕方がないから、誰もが提出はする。

が、そのまま出すわけにはいかない。





青龍(UNESCO)には見せられる。


どうせ財貨に興味がなく、領民にも関心がない。

単なる好奇心で街中をひっくり返している青龍だ。


悪影響など考えられない。


だが広場で広げられたら困る。

見られて困る連中が、その場所に集まるからだ。


同じ階級に属する富裕な同業者。

こちらもあちらも、見たがり隠す。



それでも開陳するのなら、せざるをえないなら。


決めねばならない。

青龍以外に見せない、見られない、それと気づかせぬ工夫。



帳簿や資料や書簡。

優先順位を決める。


覗かれる場合。

覗く場合。


双方へ割り振る順位。


そして人を配して手順を決める。

毎日会合が開かれ、毎日敵味方が入れ替わり、毎日手順が作り直し。


機密保持に当たる人材が足りなくなる。

機密を探る人間が増える。


リソースが少ないなら、攻めに徹するからだ。

それは異世界も変わらない。






そんな中、とある家。

そこだけは、より致命的な、あるいは飛躍につながるカードを抱えていた。



帝国貴族令嬢。


匿っている、と暴露されれば首が跳ぶ。

一族郎党、皆殺し。

捕らえている、と差しだせれば受勲もの。

商工会の首席すら狙えるだろう。


それは令嬢自身が言っているとおり。



もし他の商家に知られたら?


競争相手を潰すべく、吊るした上で差し出されるか。

競争相手を潰すべく、皆でそろって差し出すとするか。



首が跳ぶのか、受勲を分け合うのか。

どちらも各家の思惑次第。


自分の家をゆだねるわけにはいかない。



秘密厳守が絶対条件。

秘密裏に帝国貴族を保持したまま、青龍(UNESCO)に引き渡すまで秘密を保つ。




帝国貴族令嬢を匿っている館。

ゲストハウスの一種であり、市外からの賓客を迎える施設。


不意の来訪に備えて、常に手入れがされている。

いつでも使えるように、普段は誰も使わない。


経費は最小限なので、配置してある人数も少ない。

賓客の安全を守る為に、信用が置ける人員を配置している。


だからこそ、とっさに此処が選ばれた。



奇をてらう必要はない。

当日まで隠して置き、広場で青龍(UNESCO)に伝えればいい。


令嬢には

「何日か青龍(UNESCO)と接触して、引き渡しは慎重に進める」

と伝えている。


もちろん、油断させるためだ。

修羅場をくぐった帝国貴族。



「自分を売れ」などといいおいて、青龍(UNESCO)に近づく腹であれば?



のこのこ引っ立てていき、青龍(UNESCO)に斬り付けられでもすれば、家の破滅。

よもや逃げ出せるとは思っていまいが、意を失っていないとも限らない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう考えていた、とある商家の当主。

他家の当主と距離を置き、青龍(UNESCO)の上層部に接触する機会をうかがっていた。


青龍(UNESCO)は一般の国連軍と違い、異世界住民との接触を重んじる。

他家の当主を出し抜くことさえできれば、それほど難しくはなかったろう。


出し抜ければ、出し抜きさえできれば、連帯責任と抜け駆けを恐れて集団行動をしている連中の中から、出し抜ければ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――つまり、見ていなかった。

見えていなかったし、見ていないし、最期まで見ないかもしれない。






下層階級の間では、以前から囁かれていた。


「とある館に誰かが匿われている」




日常的に使われていないゲストハウス。

以前から時折要人が滞在する館。



物乞いはその動向に詳しい。


富裕層の家々は縄張りが決まっているからだ。

固定の縄張りを持てるのは、物乞いの権力者。


その周りにへばりつき、おこぼれを頂戴する、底辺の中の底辺。

そんな連中にとって、時折突然残飯が出始めるゲストハウスは、命綱。


固定の縄張りを持っているからこそ、強者はそこを離れられない。

逆を言えば場所を持たない最弱者だけが恵みを受け取れるのだ。



そんな彼らが、滞在者に気が付くのは当然だ。


常駐している使用人たちが出すわずかな残飯。

その量が増えれば何人増えたか見当がつき、その質が上がれば増えた者たちの身分が判る。


最高の食材が惜しみなく使われ、その人数は片手の指の数ほど。

口の堅い使用人たちの態度が緊張をまし、物乞いへの扱いが厳しくなる。


街の噂には、まったくと言っていいほど高貴な客の話は出ない。

そもそも高貴な人間というのは、大勢で派手に動くもの。


だから誰もが思った。


「やんごとない身分の者が人目を忍んで匿われている」


その話が広まるのは当然だ。

食に飢えている者は、話題にも飢えている。

日々が不安定なものほど、情報交換に熱心だ。


底辺と接触する下層民は、自分が職場で見聞きした情報と掛け合わせていく。

そう見聞きすることは多いのだ。



富裕層というのは、身の回りを世話る者を意識していない。

それは調度品の一つのように扱う。


服を着せる者、片付ける者。

給仕する者、皿を下げる者。


お茶を淹れる者に、菓子を差し出す者。

肢体を差し出す者に、褥を片付ける者。



とある家の当主がいら立っている。

とある家の厨房から料理人が減った。

とある家の仕入れる食材が変わった。



そうした街の噂や風聞は、有力商家の家人、とりわけ機密を扱うモノのには聞こえてくる。

あえて行っている、とは言えなくても、気にしていれば意識が向くからだ。


それをいちいちトップの耳には入れないが、限度を越えれば手を打ちつつ報告する。

意識していれば、だが。


そして人間の関心は、一度に複数の事柄には向かない。

家を上げて、街を上げて対処すべき闘争が起きているのであればなおのこと。


だから誰からも放置された。

忘れられはしないが、意識されなかった。





だから誰もが関わろうとした。

皆が夢中になって、憶測を交わし続けた。


下層民には、気をそらすべきものが無かったのだから。



「帝国貴族が隠れているに違いない」


正解。

根拠などない。


敢えて言うならば、伝言ゲームが生む連想ゲーム。


戦火が遠のき一月以上。

街としてはともかく、地方全体は落ち着きを取り戻しつつある。

とは言え、まだまだ街々の間を要人が行き来するほどではない。


そんな中、身分を隠して行き来する要人とは、どんな立場なのか?



幾らでもあり得るだろう。

例えば。


これから回復していく商いに向け、他家を出し抜く商談相手を隠している。

戦火で商圏が荒れて後継者候補が行方不明、お家騒動が起こり有力者が隠れている。

世相を抜きにして常と変わらぬ色恋沙汰で、情人や愛人と秘密の逢瀬を重ねている。


他にも幾らでもあり得るだろう。

可能性ならいくらでも。




帝国貴族が隠れているに違いない。




誰もがそう思わずに、そう思った。

いや、期待した、と言うべきか。



無関係だと思いたくなかった。

関われ無いと思いたくなかった。

何かが得られると思いたかった。


欲と、飢えと、娯楽。



都市有数の商家。

富裕な資産と財貨。


帝国貴族を吊るすのであれば、一つの家を滅ぼすに足る。

帝国時代と変わらない商工会は、帝国貴族の味方だろう。



だから、今。

今しかできない。


帝国を滅ぼした、青龍がやってきた。

帝国貴族を狩り出しに、強い支配者がやってきた。


帝国貴族を吊るして見せれば、忠誠の証になるだろう。

商工会を全部潰して、偉そうな奴らをすべて吊るして、多くの財貨を得られるだろう。


街はそのまま献上すればいい。

新たな領主を迎えよう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まとめて言えば、そんな気分だったのだと思われる。



誰もまとめていないので、全ては自然発生的に始まった。







Dr.ライアンに話しかけたのは、荷運びに来ていた下働き。

一年以上前に、当の館に出入りしたことがあっただけ。


密告しようかどうかも迷っていた。


Dr.ライアン、つまり青龍(UNESCO)に話しかけられて、舞い上がり、思わず口走ってしまった。


思いつき、思いこんだまま、見てきたように話した。

Dr.ライアンは当然質問したが、尋問官ではないので聞き出し方を知らない。


密告者は問われるままに、質問から想定されるDr.の期待に沿って答えた。

だから単純に、Dr.ライアンは理想的サンプルがいると思いこむ。



そのまま歩きだした彼女。

それを見付けた館の門衛。


異質な衣服と物腰を見て青龍(UNESCO)だと考えた。

主から「青龍(UNESCO)がやってきたら通せ」と言い含められていた為に、裏門を通す。

青龍をある程度知っている令嬢一行が、これを歓迎したのは当然だった。




「「「「「「「「「「帝国の雌犬を吊るせ」」」」」」」」」」




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