三面六臂
〔ペンライト型スキャナー〕
高精度カメラとライトに短距離大容量ワイヤレス通信機能を付け、サーバーと組み合わせただけのお手軽仕様。
ライトの範囲が読み取り範囲と一致。
単純に撮影された静止画像をサーバー側で処理。フル画像、線形、白黒などにサーバーでフィルターをかけ、中継器を経由して本土へ。
異世界の文書資料収集用に開発された。
ON/OFFすら前線のサーバー側で行う上に完全防水防塵耐衝撃、ライトの円内を読み取る簡単操作。
電化製品に縁がない現地人はおろか、獣人にさえ利用可能なこれがなければ、現地情報不足で国連軍は立ち往生していただろう。
《国際連合軍Wiki備品編》
〔AHURAシステム〕
国際連合の誇る異世界情報解析システム。
解析速度や対象、精度にはばらつきがあったものの、大処理能力は他の追随を許さなかった。
まず、情報それ自体をそろえる必要があった当時、安全保障理事会や軍事参謀委員会すらAHURA情報を利用していた。
再解析や再整理されてはいても、国際連合の異世界情報はすべてAHURA発であったといって過言ではない。
そのシステムはなぞに包まれていたが戦後に公開。
AHURAの実態。
それは。
・・・国連軍が収集した現地の文書や画像をネットに公開しただけ。
異世界転移後100%使い道がなくなった(その前には使い道があったのか、と言えば議論がある)Echelonの通信傍受部分を再利用。
アクセス制限のない専用サーバーにアップして、ファイルにタグをつけ、日本の法が及ばない国際連合の権限で世界中(日本列島)のサーバーをすべて監視し、利用者の追跡を可能にしていた。
いまだに原因不明だが、地球人には異世界の文字が読める、のではなく、解る。
国際連合平和創造活動最盛期、戦時体制に伴う経済再編成で自宅待機が激増。
日本列島内のネットアクセス率は史上最高を記録。
もっとも注目を集めていた異世界情報にはアクセスが殺到。
未整理情報ばかりであったために、ユーザーが整理を開始。
マニアが精度を競うようになり更新合戦が勃発。
(国連軍電子戦部隊があおっていたとのうわさもある)
自然発生的なデータベースを再度AHURAがリンクさせ・・・という流れ。
エルフ居住地マップ。
ドワーフ装束図鑑。
リアル猫耳概論。
などなど。
タグをもとに選別検閲されたデータは前線でも利用可能であり
「画像は」
「この角度じゃわからん」
「縮尺は」
「音声データ」
「動画」
などなどの書き込みを見た前線指揮官が追加データを上げることも頻繁であった。
一部の解析マニアは国連軍に召集されたという噂もあるが、都市伝説だろう。
《国際連合軍Wikiシステム編》
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル青龍の貴族の右】
わたしはご主人様と食事を終えた。
・・・青龍は一日三食とるらしい。騎士のみなさんも交代しながら食事をとる。もしかしたら兵士だからかな。
「司令官」
騎士長さんの声。
「国連軍事参謀委員会連絡官が一時間以上お待ちです」
ご主人様の物憂げな表情など初めて。
「待っていたのか」
騎士長さんが頷いた。
「怒り出したか」
騎士長さんが振りかぶる。
「暇な事だ」
大丈夫なんでしょうか。
「司令官」
騎士長さんはいつもより顔をしかめられた。そして、え?わたしを見ておられますか?
「かまわん」
「示しがつきませんので兵の前で上官を侮られませんよう」
大丈夫なんでしょうか?!
「私が侮られると?」
ご主人様、楽しそうなお顔。
「むしろ畏れられていますが」
ご主人様、つまらなそうなお顔。
「示しですので」
ご主人様、残念そうなお顔。
「わかった。気をつける。また注意してくれ」
ご主人様。
上役の怒りを誘う。
(でも、怒られない)
下役の侮りを楽しむ。
(でも、畏れられる)
残念そう・・・拗ねてる?
なんだか子供みたい・・・かわ「なに微笑んでるの?」え!ねえ様!
慌てて首をふる。ありえない、いけないことを、思ってしまったから。
・・・なんてことを!!!!!!!!!!
【太守府/王城/王乃間/中央大テーブル窓側】
俺は舌打ちした。
もちろん心の中で。
子供の前でふてくされたりはできないしね。
スマイルスマイル。
魔法少女たちのじゃれあいを見て気を静める・・・アニマルセラピーっぽい?
定時連絡とは別の一次概況報告。文書報告済み。
口頭報告を求めているのは国連軍事参謀委員を名乗っているが本国所属の自衛隊将校。建て前はともかく、事実上の上官だ。
城に帰ると『口頭報告要請』がきていたので、街での襲撃(?)事件の処理を理由に断った。
『命令じゃないからいいよねぇ~』ってノリで。
「待つ、との事です」
呆れたが、待たせる事にした。
どうせすぐに通信を切るだろう、と。
つまり、これ幸いと怒らせて、不名誉除隊を勝ち取ろうと企んだのだが・・・後ろめたさが先に立つ。
ふつー待つか?一時間以上。連絡しなおしゃいいのに・・・悪いことしたな。
軍政司令部に入りパソコンを立ち上げた。
いやいや。前向きに
上司のヘイトは少しづつ貯めておかないとね。
いつかまだ見ぬ理想郷(失業保険ライフ)のために!
きっと意地をはってるイヤな奴に違いない。アタマにきてるだろう。罰するつもりで俺を召還すれば溜飲を下げるだろう。最低限の口実もあるから、依頼退職くらいは狙える。俺を放逐すれば相手も気が晴れるだろう。
みんな幸せ。
通信ソフト起動。
「元気そうだな」
と思っていた時がありました。
【太守府/王城/王乃間/別室】
わたしはご主人様の後に続く。
ご主人様は執務室に入ると魔法の箱を開いた。 中空を叩くのはご主人様にしか見えないから。動作を繰り返します。
・・・不審そう・・・。
え?あら?
ポン。
「きゃ!」
慌てて振り返った。ご主人様の背中越しに見る。わたしの頭を背後からなぜたのは・・・綺麗な女の人だった。
【太守府/王城/王乃間/別室前】
あたしは執務室前、隣の部屋から出てきた女を観察する。
新顔だ。
青龍の布、青龍の縫製、デザインは違うが青龍の貴族に通じるものがある。
同じ貴族か上級騎士か。
黒髪黒瞳は青龍の証し。髪を結い上げてのぞくうなじや顔手足に日焼けはない。
兵士じゃないわね。
ただし仕草や体つきは弛んでいない。あえて例えれば乗馬好きな女貴族。
青龍の貴族が執務室に入ると、隣の控室から出てきた見知らぬこの女。
昼食中はずっとこちらの物音をうかがっていたから護衛の密偵かと思ったけど。
香料の香りがしない。
青龍の女がどんな嗜みを持つのか知らないけれど、女が無香料だと密偵を疑ってしまう。
あたしを見て悪戯っぽく笑い、人差し指を口元でたてる。衛哨の騎士はこの女を見ない振り。
そっと執務室へ。
なにやら魔法箱をあさっている青龍の貴族は気がつかない。あの娘は『ご主人様』以外に眼がいかない。
女はなにやら眺め、振り返った。
あたしにまた笑いかける。
なぜ?
一歩。二歩。三歩。
そ~っと。そ~~っと。そ~~~っと。
ふわり。なでなで。
あの娘の艶やかな金髪をなでた。
あの娘は左右を見回す。
首を傾げた。
女は呼吸を整えた。深呼吸。そして。
振り返るあの娘の頭に。
ポン。
【太守府/王城/王乃間/別室/青龍の貴族と執務机の間】
わたしはご主人様を見上げます。
・・・とっさにお背中に隠れ、しがみついてました・・・もう!わたしが盾にならなきゃいけないのに!!
ため息。
ご主人様がこちらを向かれ・・・わたしの頭越しに魔法箱を開け閉め。
「ホログラフではない。残念だが」
わたしが見上げるご主人様は苦豆を噛み潰したよう。わたしを背にするように振り向きます。
「これは三佐」
ご主人様の敬礼。綺麗な女の人が手で形をつくった。ご主人様に応えている・・・みたい。
え?つまり、ご主人様の、上に立つ人?
「国連軍事参謀委員会連絡官、国連軍少佐。今はね」
「視察中でしたか」
「シセツと同じヘリよ」
ご主人様は慇懃無礼。ご主人様の上役さんは気にしてはいない、みたい。
「では、報告を」
女の人がご主人様を手で制した。当たり前なのかもしれない。でもご主人様を制する事ができる。
怖い。わたしは隠れた。
「紹介をお願い」
ビクリと震えてしまった。ご主人様越しにわたしへの指名。
「現地代表です」
現地代表、というのがわたしだとはわかる。
ご主人様の言葉に続いて握っていただけた手にすがりながら前に出る。何も言葉が思いつかない。髪に添えられた大きな手のひらに支えられる。
「そうは見えないけれど?」
「人はみかけによらないものです」
「役に立つ、と」
女の人は笑いをこらえている。イヤな感じはしなかった。
「なぜ現地代表にしたの?」
「住民の総意です」
女の人はわたしを見た。すこし屈む。
「代表殿」
「は、はい」
「軍政司令官の話は間違いないかな」
わたしは頷いた。
て、ダメじゃない!きちんと答えなきゃご主人様の恥になる!
慌てて付け足す。
「ご主人様のおっしゃる通りです」
オワタ。
キョロキョロ。何か聞こえたような?女の人はわたしの前のご主人様を指差した。
「あなたのご主人様?」
コクリ。
「強いられたの?」
フルフル。あれ?ねえ様を見てる。
『始まる前から、終わりの先まで、我と我が身のすべてを捧げます』
「誓ったのはこの娘の意志です」
「な、な、な」
アワアワ。なんで言っちゃうの!ねえ様!!
「あら、まるで愛の誓いね」
キャーキャー!わたしはねえ様に跳びついた。
【太守府/王城/王乃間/別室/執務机前】
俺はじゃれている二人を放置。
「淫行で軍法会議とは前代未聞ね」
ピーンチ!!!謂われのない冤罪!ニートになれなくなる!!!
しかも参謀徽章を外した?
腕章を取り出して・・・『防疫/衛生』・・・これ?
「初めまして。世界保健機関(WHO)少佐。防疫隊班長です」
よろしくね?っとばかりに笑顔で敬礼。
どんだけ兼任してるんだよ!
つーかあれか!
ここで防疫(熱的化学的)始める気か!!
「ALL!OK!!」
こんなタイミングかよ!謂われのない神父!無断無警告無礼に乱入!
どこにいた?扉の脇でスタンバってやがったか?
「軍法会議は終わってマス!!!」
両腕を突き上げて天を見上げるポーズ。室内でサングラスをとれよ。
「Little Girlは被害をニェット!」
何故にロシア語?
「『愛があれば年の差なんて』!陪審員スタンディングオペレーション!」
それ、ヤッてるようにしか聞こえねーよ!!!
「Knowギルティ!」
違うだろー!!特に語感ーーーー!!
三佐が続いた。
「わかったわ」
なにを?俺がフリーズしてる間になにをわかったんだこの女!
「一事不再理」
あれ?
「ならば訴追はまたの機会にします」
助かった?気がしねー!
「部下の性癖を知ったことが収穫ね」
黙っておれるか!
「いったいなんの話です」
三佐が視線を下げた。
神父がニヤニヤしながら十字を切る。
俺は見下ろした。
みんなの視線が一つになった!
魔女っ子が正面から俺に抱きついている。
うん。
目を離してたからね。
俺をかばうつもりなんだろうな。気持ちは嬉しいよ。うん。
微笑ましさの前にやましさを感じるのは心が汚れているからだね。
俺?俺は大丈夫さ!今なら賢者になれるね。
魔女っ娘は三佐を見ている。
「睨まなくても大丈夫よ」
見てたんじゃないんかい!!
「アナタのご主人様はアナタを手放したりしないから」
おい!っと突っ込みそうにったが、言いよどむ。
・・・子供の涙は反則だ。
【太守府/王城/王乃間/戸口】
わたくしは盗み聞きはしていません。そんなはしたない!
たまたま『王乃間』の前にいただけ。
扉を締め切れば聞こえないのだけど、ご領主様は閉めない。風を通すのがご領主様のお好み。
風にのって声が聞こえる。
しかたないわね。
「お茶をいただける?」
新しく表れた女の声。
勝手知ったる他人の城。主よりも主らしくメイド長に声をかけますわね、この女。
まあ、ご領主様はほとんどメイドに指示しませんけど。メイド長はご領主様の了承を視線で確認し部屋を出ます。
「ふむ」
え?
わたくしは扉の傍らにいたのに。
部屋の中央にいた女が目の前に。
え?
「かわいいいーーー!!!!」
な!!!!!
もみくちゃ。
「OH!キマシタワー!!パンパン!ベッドをモテイ!」
なになになんでしょうか!!!!!
「三佐」
わたくしは息をつきながら必死にすがりついた。為すすべもないわたくしは、ご領主様にいつの間にか助けていただいた。
「OHー!Tower break!」
ご領主様に子供のようにしがみついてしまいます。
不本意、不本意、不本意。
淑女としては、もう少し、こう、う~・・・そのまま後ろを見る目はさぞ恨みがましかった、と我ながら、反省。
「ハーレム?」
わたくしをいきなり抱きしめてなぜまわした女がニヤリと笑います。
「我が神!我が神?コレってなんてエロゲ?」
道化は相変わらずのウネウヌした動きで天を仰ぐのが気味悪く。
あの娘とねえ様が・・・ジト眼?わたくし?なぜ?
そしてご領主様の声。
「協力者・・・土地の有力者の娘です」
パン!道化が手拍子。
「キムスメを樽酒セットで差し出すのはUnglobal Rule!」
「黙れ」
道化が口を縫い付けるような仕草。
「お嬢さん」
女がわたくしに話しかけました。つい手に力が・・・いけない!ご領主様の恥になるわ。
握りしめた手をはなし、ご領主様から離れないようにして、ドレスの裾をつまみ一礼。
「貴女は貢ぎ物?彼への」
女の指につられてご領主様を見上げます。
「はい」
「「「え」」」
皆の声が重なりました。
「それで良いです」
わたくしは慌てて言い足します。足さない方が良かった?もっと言うべき?何を?
【太守府/王城/王乃間/窓際】
あたしはメイドに囁き、ベッドを運ぶ執事たちを別室に導くように伝えた。
あたふたするあの娘と妹分は放って置く。
現地代表と呼ばれるあの娘が青龍の貴族個人に忠誠を誓っているのは事実。
有力参事の愛娘でもある妹分が領主の側にいるのは本人の趣味の問題だが、参事会も事情を知る市民も人質と見ているだろう。
何も問題ない。今のところ。
「三人とも」
ただ、青龍の貴族が少女性愛者扱いにも動じないのは・・・真性?
「こちらが私の上官だ。見知り置け」
いつの間にか卓上に腰掛けている女が嫣然と微笑んだ。
現地代表(所有物)、現地協力者(貢ぎ物)、さてさてあたしはなんなのか?
「以上、報告終わり」
へ?
「報告を認める」
あたしは二人の青龍のやりとりを憮然とみてしまった。




