大人のような、子供のような。
市の周りを覆う市壁は市街地にあわせて付け足されていく。
だが都市の、太守領の中枢となる城は最初から設計された。
それは五つの頂点を持つ星形の要塞だ。城門は全て二重になり、外郭と内郭そして領主の城館からなる。
外郭の堀橋は既に下ろされ、土龍(軽装甲戦闘車)がうずくまっていた。
開かれた門をくぐると土龍がついて行く。内外二つくぐれば領主城館前だ。園芸とは無縁な開けた空間。芝生に踏み固められた土の道。ところどころ違う色の芝生がある。帝国は翼竜を使うだけに離発着しやすいようにしているらしい。芝生は竜の脚を保護する為、土の道は竜の手入れ用具を運ぶ荷車の為。城館の傍らには城壁に届く木造の建物がそびえ、異彩を放つ。本来の設計思想とは無縁な異物。
竜の巣。
翼竜の格納庫、あるいは竜小屋。
そして城館正門、あるいは正面扉の前。幾人もの人々が整列していた。
【???】
ミ~マワシテ~~ゴラン~~~!
メ~ニウツル~モノヲ~~!
SAKE~フード~イッパイダ~~!!
chick(女)~モイッパイダ~~!
オレTueeee~~~~~~~~~~~~ダロ~~!
キ~ブ~~ンイイイダロウ!
ハーレームツクッテモ~!
マ~ダ~~タリナイヨ~~!!!
【太守府広場/王城正門前】
わたくしたちは以外は、皆が皆、同じ動作をします。
広場中が示し合わせたかのように。
青龍の貴族に近づかないように、それでも、見失わないように。
誰もが声を立てていないのに、身じろぎの気配と音で広場が満たされました。
青龍の貴族はねえ様と話すと振り返り、わたくし達、いえ、お父様達を一瞥。
歩き出します。
お城の方へ。
テクテクと。
お散歩するように。
わたくしも、皆も、目を見張ってしまいました。
青龍が馬にも龍にも乗らず、歩くことに。
貴族に騎士が続き、青龍の土龍が追い抜いて。
わたくし達も慌てて後に続きます。
ふと傍らを見るとお父様がわたくしに、そして他の参事連中もお父様に恐る恐るついて来ました。
青龍の貴族がその騎士たちに囲まれ、貴族の後ろがわたくしたち。
参事たちは騎士の輪から外側に。
一行の先頭で道化が無言で飛び跳ねて。
体を動かすことが苦手なあの娘は青龍の貴族にぴったりと寄り添おうと一生懸命歩いています。
わたくしは苦手ではありません。走るのも早歩きも。
わたくしはあの娘を追い抜きます。なんとなく。
すると青龍の貴族と視線が合いました。
(え!え?あ?!)
お父様を見て、わたくしを見て、あの娘を見て。
また前に向き直ります。
あの娘もすぐに追いつきました。
「なるほど」
ねえ様のつぶやき。
小走りにしなくてよくなりました。
青龍の貴族はこころもちゆっくりと歩いています。
【太守府広場/王城正門前】
あたしは青龍が歩調を落とした意味を考える。
青龍は縁があろうとなかろうと「子供」を気にかける。
もしそれを妹分が知ったら『もう十を二つも過ぎてるんですよ!!』っと怒る様が浮かび楽しくなる。
彼らのことを考える楽しみとは別に。
青龍とは?
子供に槍先を向けない。
子供が戦場に居ると奇異な視線を向ける。
子供が危険な場所にいれば丁寧に摘み出そうとする。
子供を危険から守ろうとする。
ただ相手が子供であるというだけで。
青龍とはなんの関係もないのに。
あたしたちは?
例えば参事は愛娘には優しい。
溺愛しているといっていい。
愛娘の友達にも、参事会で熱弁をふるうくらいには、優しい。
だが、縁もゆかりもない子供に気を使ったりはしない。
邪魔なら蹴りだし、邪魔にならなければ無視する。
それは普通のこと。むしろ血族でもない『娘の親友』を守ろうとするくらいだから親切なほうか。
一般論で言えば、子供は仕事を任せられるわけでもなく、資産を持っているわけでもないし、大人への影響もない。
血族同士以外はどうでもいい存在だ。
いや、血族を重んじるのはそれなりに力を持つ者。権力や資産を継承し守るために子供を大切にする。
それとて『子供を』ではなく『血族を継承する者を』だ。
市井の子供たちは、親に裏切られることすらできない。
若者になって初めて周囲から価値を見出され、時に守られるようになる。
親に守られ、優しくされるのを期待するあの娘たちは、豊かな一握りなのだ。
さて、青龍とはなんなのか?
【???】
Oh!Your Majesty !
oH!Your Tueeee!!
Oh!Your Power!!
gO!Go!go!
Majesty Tueeee Power!!!
yOu!!
YATYAINAYO!!
Honest with myself!
プツッ。
【王城内郭/青龍一行先頭】
イヤフォンマイクのコントローラーから手を放す。
骨伝導式というのは便利なんだか不便なんだか。
えーと。正面に並ぶ仕事を観察・・・・・・するまでもないか。
メイドさん?
いやいや、違う。違わないけど。もとい。
左にメイド、たち。
右に執事(?)たち。
俺の知識はライトなファンタジー紛いからなので正しいかわからん(笑)。
いや、笑えん。
俺の左右には先行していた隊員6名。
小銃・・・の銃口は前に。弾倉装着、初弾装填。無論、トリガーから指は離しているが。軽装甲戦闘車の12,7mmも前。
曹長の薫陶よろしきを得て全周に警戒している隊員もいるだろう。
・・・我が事ながら友好的態度には見えん。
俺たち悪役?非武装の民を武器で恫喝する侵略者・・・だな。
ナイテナイデスヨ。
いやね、正義の味方になりたいわけじゃないんだよ。なりたくないとも言わないけどね。
夢も見てないよ。想像したけどね。
占領軍を心から歓迎する訳ないよね。さっきやらかしちゃったしね。
伝説の勇者がアップ始めてない?
いやいやいやいや。まだだ!まだ終わらんよ?
ここは慎重に、友好的に、やらかすことなく、繰り返さず。個別チャンネルでバカを言ってくる黒蛇をシャットダウン!!
つーか、神父かほんとに?荒野で修行者にあらぬ事を吹き込む役目のほうがお似合いだ。ブッコロ・・・いやいやいやいや。
Cool!Cool!Cool!Cool!
よし!落ち着いた。
「曹長!」
いけね、声が裏がえった?曹長が敬礼していた。すごく決まってるよね。敬礼するために生まれてきたみたい。ほれぼれするよ。今、見えないけどね!緊張して首がつりそうだよ!!曹長の方へ首が動かないんだね!!!
「広場から現地点まで制圧。着時点にて前方集団展開済」
指示待ちに入る。いや、待たれても。
ナニこの人達。
曹長、一歩下がらないでくれる?いじめ?イジメ?
「ご領主様」
謳うようなバリトン。前方の皆が一礼。メイドとややシンプルなメイドと、執事や従僕と下男。
概ね5種類か。3~40人?
曹長の銃口が上がった。
二人、進み出てきたのだ。
基本的に銃口向けるよね、キミ。
前に出た二人はメイドさんたちの責任者かな。
エラっぽい執事服(?)の爺さん。
エロっぽいメイド服の美女。
「エロっぽい」
「メイド服」
「美女」
ここ重要。いや、露出度が高い訳がない。チッ。ロングスカート、胸元までキッチリした慎み深い本格的なメイド服だ。うん。良いよね・・・えっ?簡易的なメイド服は知らないよ?あんまり。
ストロベリーブロンド、碧眼、白肌。いやね?趣味じゃないんだよ?ホント!非アジア系は苦手だった。マジで。
だったんだって!
慎み深いメイド服・・・矛盾に聞こえるのは心が汚れているからだ!・・・がなぜエロっぽいかと言えば、しなやかでなめらかな布地。街の人達の服と明らかに違う。シルク?いや、わからんけど。柔らかな布地は更に柔らかな曲線を浮き立たせる。露出度の低さが更にエロ度UP!!!
・・・問題。
俺の両サイドは?隊員?曹長?・・・は少し後ろだね。視線を上げた。下げると眼が合うからね。オジサンにはキツいんだ。ナンパした女の趣味に合わせて野外プレイしてたら、娘に目撃されたような感じ?娘いないけどね。まだ20代だけどね。結婚すら話題にならないけどね。
ヤバい、ヤバイ、YABAI!そんな純真無垢な瞳で見ないで~!コレが!之が!幼女の破壊力か!
きっ~~~つ~~~~!!ちょ~~~~~~~~~~やべ~~~~~~!
その時、一陣の黒い風(?)。その時、歴史が動いた、かも。
【王城内郭/青龍一行中心】
わたくしだけではなかったと思います。
唖然。
呆然。
黙然。
あの娘は目が点になって固まってます。
「NO~!!Change!Change!!!HEY!Girl!勇気を出して初めてのスパーキング!!!」
なんというか・・・そう、海老が跳ねている感じ?真っ黒で人間サイズの。
投げ飛ばして蹴り続けていた青龍の貴族が、ねえ様と交代。
ねえ様が膝を落とした。
「OH!Heaven!!!!!」
あ、ピクピクしてる。
わたくしはご領主様の後を追いかけメイド長に駆け寄ります。人形のように硬直。状況が飲み込めていないみたい。大丈夫かしら?
【王城内郭/奉公人たち】
あたくしは、信じていただけないかもしれず、信じられもしない、そんな情景を思い返します。
「HEY!How much!!産まれる前からI LOVE YOU!!Heaven and nature sing!!!!!Amen!」
あたくしの両手をとって、全力で迫り来る黒い影!
「HOー!」
が全力で飛んで行きました。
人間(?)って飛ぶんですね~。
艶のある不思議な礼装をまとった、貴族とおぼしき方が、投げ飛ばして地面に叩き伏せた黒い影を蹴り続けています。あら、交代?ですか?
・・・つまり。
あたくしが黒い影に襲われそうになっていたのですね。
あたくしをこの方が助けてくださった、ということですのね。
(え?・・・襲われ?・・・はっ!な!な!な!はなゃ~!)
キャー!
・・・あたくしの声じゃありません。力が抜けて声もでませんから。
一瞬意識が飛びました。悲鳴で戻ってこれました。立っていられるのが不思・・・あたくし、自分で立ってませんね。
(え?・・・?・・・はっ!)
「だ、大丈夫でしょうか!大丈夫ですわね!大丈夫そうですわね!」
執事さんや同僚や後輩が遠巻きに見ています。誰も手を貸してくれないなんて、嫌われた?
駆け寄って泣きそうなお顔で見上げるのは、参事様の可愛らしいお嬢様。先ほどの悲鳴もお嬢様だったのですね。
お心が身に染みます。
「だ、だいじょうぶ、です、わ」
すがりつきながら体を支えました。危なかったけれど貞操は護られたのです。大人の女として、いたいけなお嬢様にいつまでも案じさせる訳にはいきません。
「・・・大丈夫なら、ご領主様に、いつまでそうしておられますか・・・」
お嬢様のお顔が・・・怖い。
あら?「そうして」って?あたくしは背中越しに支える力を意識しました。振り向きながら見上げます。柔らかな感触。いえ、半身には逞しい感触なのですが、唇に。
!!!!!!!!!!
あら。あらあらあらあら・・・ともあれ、一瞬だけ。声にならない悲鳴が聞こえたような・・・」
「ともあれじゃございません!!離れなさいな!!!!」
不覚。声が出ていました。見慣れぬ殿方に手を貸していただき、なんとか姿勢を正します。
「・・・こちらがメイド長、あちらが執事長。あとは城勤めの方々です」
その見慣れぬ殿方との間に割いったお嬢様に紹介頂きました。
噛み締めるようなおっしゃり方は気のせいでしょうか?
あたくしはゆっくり優雅に身をひるがえし、女の危機を救っていただけた恩人に一礼。
あら。
あら?
あらら、・・・・・・もしかしたら、この、恩人様は、ごごごごご、ごりょうしゅさま~~~~~~~~~~~~ですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
【王城内郭/青龍一行中心】
・・・事故とはいえ、キ、・・・男性の唇に触れてしまったのに、落ち着いていますね。
お互いにワザとではないのですから、わたしがとやかく言うような事ではないでしょう。
お互いに意図した事ではないのですから、忘れた方が良いです。
ご主人様も平然と・・・されてますね。
いいんですけど。
わたしはあわて・・・ずに駆け寄ります。仕える者が主から離れていてはいけませんから。
【王城内郭/奉公人たちと、青龍一行の中間】
あたくしは黒光りする大きくて長いモノを両手で握るように導かれた。
「あの・・・」
「しっかり握れ」
なんでしょうかこれは。
「見えるな」
手を添えて構えさせ筒先(?)を向ける。
ヒクつく地べたの黒い影に。
他の青龍様御一行と似ても似つかないけれど、その異質な風情は、あきらかに青龍の方々のおひとり。
向き合うのが、あたくし。なぜ。
あたくしが握っている、この重い、ものすごくまがまがしい、鉄塊が、何かの武器なんだろうな、と見当はつく、そのなにかで、その・・・どうすればいいんでしょうか。
「殺すか?」
きっと聞き違いだと自分に言い聞かせます。
「よし」
間違いありませんでした~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
この地を支配する青龍の一人、その生殺与奪の権能を与えられた?なぜにしてあたくしに!!
【王城内郭/青龍一行先頭】
わたしは駆け出した。
『任務継続、隊長傾注!』
耳当てから青龍の騎士、騎士長であるソウチョウさんの声。
嫌な予感。
青龍の騎士たちが戸惑っているのがわかる。
お止めしないと!!
「良く狙え」
メイド長さんの沈黙をどう捉えたのかわからない。ご主人様が彼女に構えさせる。恐怖を体験済みな参事さん達はもちろん、城勤めの人達も凍りついていた。
「え!は?」
メイド長さんは理解出来ていない。
ズ(ひっ)バ(ひぃ)ン!!!!!
銃声。
皆が身を竦ませた。取り落とした銃をご主人様が受け止めた。メイド長は貴族を見て、そして地面の穴を見て、叫ぶ。
「殺さないで!!お願い!!!」
・・・卒倒。
わたしはやっとご主人様のもとに跪けた。
まにあいました!
【王城内郭/奉公人たちと、青龍一行の中間】
あたしは少し距離をおいて見物と決め込んだ。
「ご主人様」
あの娘が主を睨み上げる。
「裁下に異を唱えるものではありませぬが、その女は処刑を望んでおりません」
紅い瞳が燃えるようだ。
「今回ばかりはお赦し願います」
青龍の騎士がまるで止めに入らぬ以上、口を挟めるのはあの娘しかいない。占領地の民と違い、あの娘は青龍の貴族と臣下の契りを結んでいるのだから。
「そうか」
ふふん。
あの娘が怒りを表に出すのはいつ振りだろう。
(嬉しい、悔しい、不甲斐ない・・・かな?)
青龍の騎士たちすら戸惑うことを、青龍の貴族、つまりはご主人に実行させるわけにはいかない、か。
うん。
なかなか良い主従っぷり。
悪くない。
あの娘に促され、おそるおそる近づいて来た奉公人達。貴族は抱き留めたメイドを彼等に渡した。
それにしても。
異国の軍が乱暴狼藉に及ぶのは普遍的常識。
それを許さぬ軍も、歴史的に大変珍しい事に、有る。
大陸の民にとって幸運にも最近天下を統一した帝国は軍規に厳しかった。
だが当然事件は起きる(だから軍規が厳しい)。
当然、兵の違背を裁くのは上位者だ。
だが。
青龍では被害者に断罪させるらしい。これは「軍規」うんぬんではない。理解を超えている。
理屈はともかく、居合わせた皆が戸惑ったろう。
あたしは足元の影・・・みたいな図体に話しかけた。
「いつまで寝てる?」
にじりにじり。
「アンタの主人を呼ぼうか?」
首を振りながら、にじりにじり。
(フ~マ~~~レテゴ~ラン~~~~~)
フミ。
(ナニするんですか~!そこ違いま~す!)
服の裾を踏んづけるのは「違う」らしい。
しらんわ。
「ナニしてるのよ」
黒いエビのような蛇のような影は伏せたまま、応えた。
「YOUこそナニしてマスカ」
ほー、ごまかす気らしい。
「なんで抵抗しないの?戦えば勝てたかも。逃げても良かった」
青龍の道化師は顔を伏せたまま。
「質問に質問で返すんじゃ・・・ア~リマセン!」
オマエがな。
「騎士達は処刑を受け入れたけど賛同はしてなかった。逃げても追わなかったんじゃない」
「But Whoever strikes you on your right cheek, turn to him the other also!」
(むしろ,あなたの右のほおを打つ者には,反対側をも向けなさい)
答える気はない、か。
それにしても、本気でソッチとはね。
「まあ、良いわ」
「HA!HA!HA!HA!決心がつきましたネー神の国はウネウネくねったトロトロの隧道の先にあるノデス!!」
無視。
どうしてもコイツからは『青龍』への畏怖を感じない。
・・・あたしが?油断している?・・・・・・おかしいわね。
ともあれ。
「あの娘を傷つけたらアンタを痛めつける。あたしは殴られてなお、頬を差し出すようなことはしないわよ?青龍がどれほど強大でもアンタ自身に快楽とはならない苦痛を与えてあげる」
「HOー!HO!馴れてますね~プラグマティックな脅迫デス」
ニヤリと笑う道化。
ニタリ、ではなかった。
<貴女とはお話する必要がありそうだ>
言葉が変わった。
<おや、魔法とは凄いですね。英語も日本語も伝わると思ったら、エスペラントでも伝わる>
突然、地べたに這いずる姿が滑稽に見えた。
この道化はナンだ?