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「その7、距離が縮めば行事が進むⅡ」

 

 虚空千咲が俺にこだわる理由。

 それは、運命とか宿命に否定的な俺からしても成程と言えるものだった。

 道を違えた虚空家と時乃家、二つの血族の間には大きな溝が発生しこれまで協力していた妖獣狩りもそれぞれが別々に行うようになっていった。

 そして内戦が激化する一方で、人々の動乱で気性を荒げる獣との戦いも熾烈を極めていく。

 幕府の要人としての活動をしながら妖獣狩りする虚空の一族と、弾圧によって数が減った時乃の一族。

 それぞれ弱体化し、連携も失った。

 この現状を打開しようと立ちあがったのが若くして虚空家当主である虚空 比佐重ひさしげと時乃家当主の娘、時乃雛守ひなもりであった。

 比佐重と雛守は誓いを立てた。自分達が交わることで二つの家系を繋ぎとめようと。けして離れない一つとしようと。

 各血筋の高貴である二人が取り持つ事で溝は次第に修復されていったそうだ。

 そして妖獣との決戦とも呼べる戦いを共闘することとなる。

 だが、結果、虚空家はその戦いに参加することは出来なかった。

 幕府からの妨害を受けたのだ。虚空家がいなければ時乃家が滅びる、それが幕府の目的。

 比佐重率いる虚空家が刺客を退け決戦の地へ赴いた時にはすでにすべて終わっていたという。

 その場には骸しかない。時乃家は妖獣の軍勢と相討ちしていたのだ。雛守もその戦いで命を落とした。時乃家の血は完全に途絶え、比佐重と雛守の誓いが叶うことはなくなってしまった。

 永い間そう思われていた。

 だが時乃家には生き残りが存在したのだという事が最近になって判明したそうだ。


 そしてその子孫がなんとこの俺なのだ。そういう話なのだ。


「また俺にとんでもない設定が加わったな」


 放課後、下校途中である俺は正門へ向かいながらそうぼやく。

 なれているとは言っても俺のご先祖がそんな特殊な人間で、その血がどれほど偉大か力説されるとさすがに面を食らう。時乃家の血をひく俺にも、虚空のように妖気を使うことが出来るはずなのだという。風の扱いに長けていた虚空家に対して時乃家は炎を使い妖魔と戦っていたので、俺にはその素養があるとかいわれても。


 数えきれない程の命の危機に直面してきたというのにそんな力いままで発現したことがない。


 そう考えると本当に子孫なのか疑いたくなってくる。

 力が使えたら使えたで、関係が確定してしまうので困るのだが。


「……ん?」


 正門から外に出た所で道端に縮こまっている背中を見つける。

 しゃがんでいるその者は頭からアンテナが二本生えている。

 こんな人物を俺は一人しか知らない。いや人ではないか。


「ロボ子なにをやってるんだ?」


 俺が声をかけるとそいつはゆっくりとこちらを向いた。


「これは弥様。下校するのですね。では私もお供を」


「いや、いいよ、それよりそんな所で縮こまってなにしてんだ?」


 しゃがみこみなにかを熱心に観ていたように見えたが。


「はい。主に愛玩用として保有される小動物がなにやら微弱音を発しておりましたので観察を」


「小動物……って子猫じゃないか」


 ロボ子の前には、ダンボールに入った小さな猫がちょこんと座っていた。

黒と茶のトラ模様でなかなかイカした子猫だ。


「はい。この時代のこの国ではトップ2に入る愛玩動物の幼少期です。学名は」


「説明しなくていいから、こういうときは子猫って表現しとけばいいんだよ」


「はい。了解しました。その物体の呼称は子猫で固定します」


 俺へ深々と頷き、ロボ子は子猫へ視線を戻す。

 触る訳でもなくただ眺めている。


「それでもう一回聞くけどなにしてたんだ?」


「子猫の観察です」


 じーっと子猫を見つめながらロボが答える。


「……なんでそんなことを?」


「子猫がなぜこのような場所に巣を置くに至ったのか現在の私では理解できないからです。子猫の生活環境に適しているとは思えないこの場所にどのような有利があるのか、見極めが観察目的です」


「有利って……どう見たって捨て猫だろそれ」


「すてねこ?それはステルス機能搭載子猫の略称ですか?」


「そんなハイスペックな子猫がいるかよ。捨て猫は捨て猫だ、捨てられているんだよその猫は」


 俺はダンボールの中にある紙を拾い上げる。


「ほらなこの置き手紙にも書いてある。飼っていた猫が子供をたくさん産んでしまい面倒が見きれない、だってよ。学校の前に置いとけば生徒の誰かが憐れんで拾ってくれると考えたんだろ」


「捨てられている。廃棄されたのですねこの子猫は」


「そうだ。だからいくら観察しても有利だなんだは分かんないぞ」


「廃棄した者は子猫の生物としての価値よりも維持費の削減を優先させたという訳ですね」


 意外に感傷的なことを言うなと思ったが、表情はなんの感慨もない無表情のままだ。


「可哀そうか?」


「いえ、同情はできません」 


 冷めた様子のロボ子は興味をなくしたのか、視線を子猫から外し立ち上がった。


「どんな存在でも己の価値は己で掴みとらなくてはなりません。他者の評価とは己の価値を写した鏡の向こう側にすぎないのです。この子猫は生存する為に必要な最低限の価値をその手に出来なかった。それだけのことです」


「まだ生まれて間もない子猫にたいしてさすがに厳しすぎるんじゃないか?」


「年端は関係ありません。自分の力のみで生きていけないのなら、他者の力が借りられるような価値を持たなければならなかった。幼少の生物というのは潜在的にその力を持っています。例えば愛らしさ。幼子特有の愛願気質で別種類の生物ですら籠絡できます。そういった能力が不足していたのですこの子猫には。ですので残念ですが子猫に私ができることはありません」


「そうかい。そういう理屈で言うならその子猫に価値を与えてやればいいじゃないか」


「存在としての価値を他者が与えるなどできません」


 まじめな顔をしてロボは反論してくる。なんともこいつは頭でっかちのようだ。


「そんなことないさ。そんなもの簡単に与えられる」


「いいえ、そんなはずはありません。存在の価値はそんな簡単に手に入る物では」


「なにを小難しく考えてんだロボ子。お前のAIはちょっと物事を複雑にしすぎだ、これで解決だろ」


 ダンボールから子猫を抱き上げた俺はミャーミャーとなくそれをロボ子に渡す。


「はい。この子猫はお前が飼え」


「え、え、なぜですか?なぜそのようなことに??」


「この子猫の価値ってやつをお前が認めてやればいいんだよ」


「私が……価値を認める?」


 腕の中で鳴く子猫をロボ子がキョトンとした表情でみつめる。


「ああ、他者の評価は己の価値を写した鏡なんだろ?ならその逆で認められた評価はそいつの価値になるってことじゃないか。だからお前がその子猫の面倒を見ることでそいつに存在の価値を与えてやれよ」


「私が認める……この子猫の価値を。そうすれば子猫は存在の価値を手にすることができるのですね。なるほど。私が評価する立場になることなど想定しておりませんでした。いつも私は評価される側でしたので」


「どうすんだ、飼うのか?」


「……はい。この子猫の価値を私が認めます。面倒を私がみます」


「そうか。ま、せいぜい頑張れよ。子猫を飼うのはなにかと大変だろうからな」


「はい。データ収集ならば得意分野ですお任せください。まずは子猫に必要な物資を確保しなくては寝床やご飯あと、あとは」


 すっかりと長考モードへと移行したロボは絹の繊維や餌の種類についてぶつぶつ呟いていた。

 もう子猫の正しい飼い方で頭はいっぱいのようだ。

 子猫を抱え考え込むろロボ。普段は奇天烈なことしか言わないこいつだがこうやって見ると普通の女の子に見える。まあ頭に生えるアンテナを無視すればの話だが。

 それにしてもこの無表情があんなシビアな考えを持っているとは意外だった。少ない会話の中、知識だけ豊富の典型的な無頓着娘だと思っていたのだが。


 ロボの言った存在と価値について俺は考えてみた。

 俺自身はどうだろうか。俺には存在を裏付けるだけの価値がはたしてあるのか。

 認められたものをことごとく否定しているこの俺に。 


「……」


「ん、なんだ?」


 いつのまにかロボ子が俺のほうへ視線を向けていた。


「弥様なにか心境の変化があったのですか?」


「は?」


「私が知るこれまでの弥様とは明らかに態度が違います。そもそもそちらから声をかけてくださったのも初めてのことです。ましてやこのような有意義な会話をしてくださるとは」


……そうだよ。


「少々驚いておりますが、嬉しくも思います」


 なんで俺はこいつに話かけたんだ。正門の前にしゃがんでいただけじゃないか。

 無視して歩き去ってしまえばよかった。いままでそうしてたじゃないか。


「あ、あのな。勘違いするなよ俺はただ」


「弥様ありがとうございます。子猫大切にします」


「うぐ」


 深々と頭をさげほほ笑むロボ子。初めて見るその笑顔に俺はなにも言えなくなってしまった。

 今回だけだ。こいつとの関わりに首を突っ込むのは終わりだ。


「俺は帰るからな」


 そのまま歩きだす。


「あ、まってください弥様。御一緒します」


 後ろから聞こえてきた言葉に俺は返事をしなかった。


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