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「その6、距離が縮めば行事が進むⅠ」

「ユナイテッドヘルゴランド シリアルナンバー04」


 アンテナの生えた無機質な少女が唐突にそう宣言してくる。

 今は昼食の時間である。俺は机の上にある自家製の握り飯を手に取り頬張る。

中には梅干しが入っていた。


「俺、横文字嫌いなんだ」


 もう一口頬張りながら俺はアンドロイドに返事をした。


「それは失礼しました。ですが記憶データの整理をしていて判明したのですが弥様が私の名称を口にしたことがなかったもので。もしや名前を忘れているのではないかと」


「忘れるどころか、覚えてすらいない」


 二つ目の握り飯に手を伸ばす。中身はシーチキンだ。


「そうなのですか。失礼しました、私としたことが認識を誤っていたようです」


「ああ、まあそういう訳だから。俺に構わず給油にでも戻ってくれ」


「給油?給油とは機械類が稼働するのに必要な油を補給することであると記憶しています。しかし私は体内駆動機関に空気中の酸素を取り込み燃焼させることで稼働しています。人間でいうところの呼吸をすることでエネルギーを補充できるのです。油類は必要ありませんが?」


 まじめな顔で首傾げるロボ少女は返答を待っているようだ。

これと言って俺に言うことはないのでシーチキンオニギリの二口目にいくとしよう。

 としたところで教室の扉が勢いよく開いた。


「あぁ!弥!いつのまに教室に戻って、ってなにを食べているんだ!?」


「ちっ、まいたと思ったのに」


 二つの弁当袋をぶら下げながら近づいてくる虚空の機嫌はよくなさそうだ。弁当を作ってきたと聞いた瞬間に廊下へ逃げれば当然ではある。


「なにってこれは握り飯だ」


「オニギリとも言います。英語で言うとライスボールです」


 人刺し指を立てたロボ娘が偉そうに補足説明をしてくる。


「呼び方などの話をしているのではない!」


 虚空が可愛らしい弁当袋を俺の机にドンと置いた。


「私が弁当を作ってきたと言ったではないか!教本の通りに出来たんだ見てくれ自信作だ!」


 開かれる弁当箱。


「……!?」


 その中身を見て俺は言葉を失う。


「この物体は炭ですか?」


 的確な突っ込みを入れるロボ子。

 確かに弁当箱の中は黒一色。ご飯や卵焼き、ウインナー至るすべてが黒焦げである。


「……虚空、なんだよこれ」


 さすがにインパクトがでか過ぎて突っ込まざるをえない。


「なにかおかしいか?教本にはこうすれば男性の好意をえられると書いてあったのだが」


「……どんな教本だよ」


「こういうドジをすることで男性はキュンとくると載っていたぞ」


「だからどんな教本だよ!ってうわ?」


「知らないのですか弥様」


 叫ぶ俺の眼前にニュっとアンテナ頭が出現。


「私のデータにはあります。ドジっ子萌えと呼ばれる現象です」


「お前はいちいち会話に入ってくるな!」


 偉そうにレクチャーしてくるロボのアンテナを俺は掴む。


「あ、あ、そこは精密箇所です弥様、も、も、もっと慎重に、に、に」


 喘ぐロボを遠ざけ俺は改めて虚空と向き合う。


「とにかくこんな炭は食えないからな」


「ふふ、その心配には及ばない。教本通り作れはしたが、これでは弁当の本来の役割を果たせないのではないかと思ってな」


 そう言って虚空はもう一つの弁当箱を取り出し、蓋をあける。


「普通に作ったのもあるのだ。どうだろうかこれもまた自信作だぞ」


 それは色とりどりのおかずが盛り付けられた手作り弁当であった。

 正直うまそうだ。うまそうだが。二つ並べられた両極端な弁当箱を見るとなんというか。


「難儀な奴だな、お前」


「なにがだ?」


 俺の言葉の意図が分からないのか虚空は首をかしげるのみだ。


「そんなことよりこの卵焼きは我ながら焼き加減が秀逸でな。甘さも絶妙だと思うんだ!」


 目を輝かせた虚空は弁当の解説を始める。もちろん普通のほうだ。


「え、いや俺はもう握り飯を……」


「こっちのウインナーはカニの形にしてみたのだ!なかなか可愛らしくできたのではないかな!?」


「だ、だからもう腹がいっぱ……い……」


 嘘だ。握り飯二つでは腹いっぱいとまではいかない。


「ほら、食べてみてくれ!」


 口元まで運ばれてくる蟹型。こ、香ばしい匂いだ。嫌がおうでも唾液が、唾液が。


「どうだ、口に合うだろうか?」


「ああ、あむ、これはなかなか……ってつい食べてしまったぁああああ!」


「乱されていますね弥様」


 冷めた表情のアンドロ娘に反論する気もおきない。そのとおりであるからだ。

 結局、断りきれなくなった俺は虚空が作った弁当を食べることとなった。


「私が食べさせてやるのに」


 残念そうな表情をする虚空。


「あーん、は教本には上級者向けだと書いてあったが、私としては全然大丈夫だぞ?」


「いい。さすがにそれはいい!」


 俺はもくもくと自分の手で虚空の弁当をたいらげていく。

 さっさと食べきろうと弁当箱を口へ持っていきガツガツと勢いよく食べる。

 そんな俺を虚空は満足そうに見つめていた。

 本当にロボ娘の言うとおりだ。

 最近、虚空千咲に調子を崩されっぱなしだ。


 周囲が暗くなってもなお続けられた屋上での虚空との会話。

 あの設定説明から一週間が経過していた。

 自分の事情を話せて満足したのか虚空はひにひに俺へのアタックをエスカレートさせていった。登校、下校を共にしてきたり。昼休みになると必ず俺の元へやってきたり。そして今日にいたっては手作り弁当までもってきた。

本来ならファンタジーに関わらないと固く誓った俺がそんなものに口をつける訳がないのだが。


「どうだろう、おいしいかったか?」


「ああ、まあ。美味かった……かな」


 完食したうえにこんな返答をするなんて。

 やばい。また雰囲気に流されている。

 このままの流れでいく訳にはいかない。


「いいか虚空!明日からは作ってこなくて――」


「こちらの炭。食べないのなら私が頂いていいでしょうか」


 アンテナの生えた少女が俺の言葉をさえぎりニュと顔を出してくる。


「なんだよお前、いま大切なことを言うところなんだ邪魔をするな」


「失礼しました。しかしどうやらこの炭は廃棄されるようなので。それではあまりに食品が不遇です。それでしたら私の燃料にして有効活用したほうが得策かと。虚空千咲さんどうでしょうか?」


「ふむ、私はかまわないが、弥が食べたいのならやはり弥に食べてもらいたいしな……?」


「いらん、こんな黒焦げに執着心などない!」


「ならば頂きます」


 ロボ娘は弁当箱の中身である黒物をいっぺんに口へ放り込む。

 噛むにあたり響くバリバリという音が、いかにあの物体が炭であったのかを物語っている。

 無理やり食わされるような展開にならくて本当によかった。


「お前そんなの食べて大丈夫なのか?」


 口内の物体をゴクンと飲みこんだアンテナ少女に俺は思わず聞いてみてしまった。

 一応、自称精密ロボットだからな、壊れて暴走されても困る。


「問題ありません。先ほど説明したように私は体内の駆動機関を燃焼させることでエネルギーを得ています。それは酸素以外でも可能なのです。かなりいい具合です」


 満足そうに腹の辺りを擦っているが。

 炭だからか?炭だからよく燃えるってことなのか?

 これ以上詮索すると、虚空だけでなくこのロボとの関わりまで強めてしまう。触らぬ神に祟りなしだ。


「気にいって貰えたのならよかった。ところで君の名前はなんだったかな」


 やばい。俺の変わりに虚空がロボ子に興味を持ってしまったようだ。


「私はユナイテッドヘルゴランド シリアルナンバー04」


「ふむ、すまない。まだクラスメートの顔と名前が一致しなくてね。名前からして外国の方かな?」


「いえ、から弥様を守る為に遥か未来からやってまいりました。護衛アンドロイドです」


「……ん?…んん?」


 あまりに奇想天外な返答に虚空は目を点にする。

 気持ちは解る。俺の周りに集まる数々のファンタジー要員の中で特に濃い奴だからな。このアンテナ少女は。


「勘違いして頂きたくないのは、弥様が時たま言うロボという表現は適切ではなく、正確にはアンドロイドだということです。戦闘用なので生命活動に最低現必要な機能以外は省略しておりますが、高度な技術で疑似的に有機生命の駆動システムを再現しているのです。つまり構成物質に違いはありますが仕組みは人とほぼ変わりない。ですのでこの時代に存在するロボットなる物と同一視して欲しくないのです」


「わ、弥、この者はなにかアニメや漫画の話をしているのだろうか?」

 お前が言うな。


「こいつの発言を真にうけなくていい。未来からの次元侵略者なんてのに襲われたことはないし。確証のない空想話として片づければいいさ。ロボだってのも自称だしな」


「ですからロボではなくアンドロイドです」


 どうしてもそこは譲れないようだ。アンテナが生えている時点で人間でないのは確かだがな。


「モテモテであるなぁワタル。さすがの我も妬けてしまうぞぉ?」


「最悪だ」


 さらにやっかいな奴が会話に参加してきてしまった。

 見ため少女のヴァンパイヤ真祖。パチトート13世。


「我が話かけたらいつも愛想なく返すというに、手作りの料理を馳走になったように見えるなぁ」


 纏わりついてくる吸血鬼。唇の隙間から覗く長く尖った八重歯が実に恐ろしい。


「くっつくな!暑苦しい!」


「あぁん」


 引き剥がすと容姿に似つかわしくない甘い声をあげるパチトート。

 嫉妬しているとかではなく、こいつは俺をおちょくりたいだけだ。


「ハァイ、賑やかね弥ちゃん!」


 そしてさらに現れたのは魔術研究家の少女。


「いい加減にしろ!もう増えるな!」


「あらあら、ご立腹ね。女の子に囲まれてなにが不満なのかしら。けど残念、私は弥ちゃんにお客さんが来てることを教えにきたのよ」


「客?」


「ほら、あそこ」


 魔術研究家の少女が指さした先、教室の扉には一人の少女がいた。

申し訳なさそうに手を振っているそいつは。


「桜田!?」


 俺は目の前の連中をかき分け桜田に駆け寄った。


「どうした、このクラスに来るなんて珍しいな」


「ははは、そうだね。けどもしかして邪魔しちゃったかな?集まってお話しているみたいだったよね」


「いやいいんだ。なんの意味のない会話に巻き込まれて困っていたところだったからな。なにか用事か?」


「うん。図書委員のことなんだけどね。吾妻くん明日の放課後ってなにか予定あるかな?」


「ないけど、どうして?」


「明日、司書さんに急用ができたらしくて、図書委員が残らないといけなくなったの。本当は前倒しにして次の順番の人が残ればいろいろと分かりやすいのだけど。その人達も都合が悪いらしくて。出来ればだけど明日また放課後残ってくらないかな。もちろん私も付き合うからさ」


 人生は嫌な事だけじゃない。そんな陳腐に言葉もいまならば受け入れられる。


「もちろん!」


 俺は考える間も開けずに返事をした。断る理由がない。

 良い意味で天に神様は本当にいるのではないかと思うサプライズだ。


「ありがとう吾妻くん」


 桜田が嬉しそうに笑う

 司書と、都合の悪かった図書委員には感謝してもしきれない。本来なら一カ月先までお預けだった図書委員の活動がこんなに早く回ってこようとは。

 代役が見つかったことを司書に知らせに行く桜田とはそこで別れ、俺は自分の席に戻る事にした。


「それにしても明日か、ついてるな!」


「嬉しそうだな弥」


 自分の席に戻ると不機嫌そうな虚空が待ち構えていた。他の奴らはもういないようだ

 俺は構わず自分の椅子に座る。


「あの者は誰だ?随分と仲が良さそうに見えたが」


「お前には関係ないだろう」


「ま、まさか付き合ってはいないよな?そういう者はいないと弥は言ったよな?」


 心配にそう問いかけてくる虚空。


「いいからお前も席に戻れよ。昼休みも終わりだ」


「……そうだな。分かった」


 答える気がないと分かったようで虚空は素直に自分の席に戻っていった。

 ようやく周りが静かになった。


「……」


 机の上には空になった弁当箱が置かれたままになっていた。

 さっき食べた弁当の味を思い出す。甘い卵焼きに形の整ったウインナー。

どれもこれも美味かった。

 共働きの両親はそれぞれ単身赴任中というベタな理由でいない。なのでこんな立派な手作り弁当は久しぶり食べた。

 席に戻った虚空を見ると、もくもくと次の授業の準備をしていた。目に涙を溜ながらだ。

 俺は立ちあがる。立ちあがってしまった。

 あぁ、クソっ。今しようとしてる事をすると絶対あとで後悔するぞ。


「……弥?」


 突然現れた俺に虚空が驚く。


「これ、忘れものだ」


 俺は空の弁当箱を虚空の机の上に放り投げた。


「あ、わざわざ、すまないな」


「……」 


「……ん?」


 なにもいわないで見つめる俺を不思議に思ったのか、虚空が首をかしげる。


「うまかったよ。弁当」


「え……なんて?」


 キョトンとする虚空。

 あぁあああ、ちゃんと聞いとけ!!


「だから弁当うまかったって言ったんだよ!ありがとな!」


 それだけ言い捨てると、俺は虚空の返事を待たずに自分の席にもどった。

 がらにもないことをして顔から火がでそうだ。だがわざわざ弁当を作ってくれた訳だから礼を言わなければさすがに失礼だろう。それだけの事だ。


「弥!」


 ひときわ大きい声で俺の名を呼ぶ虚空。


「な、なんだよ。でかい声出しやがって」


 教室中の奴がなにごとかと俺に注目してるだろ。

 しかたなく俺は振りむいた。

 虚空はまたもその瞳に涙を溜めていた。


「明日またお弁当を作ってくるからな!」


 だが笑っていた。


「きっともっと美味く作れる!」


 それも心底、嬉しそうにだ。

 

「だからまた食べてくれ!」


 嬉しくても悲しくてもこいつは泣くのだろう。

 涙もろい奴だ。


「黒焦げじゃなければな」


 俺は視線をそらしそう答えた。

 まったく、本当に調子が狂う。

 

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