「その1、避けるだけでは逃れられない序章」
オォオオオオオオォォォ。
おどろおどろしい呻き声を上げる化け物。
狙いは間違いなく俺のようで、脇目も振らずに追ってくる。
あー、くそっなんだあれ。ガーゴイルか?サタンか?デーモンか?
校舎横を駆け抜けながら、後方にせまる不可思議の正体を考察するが、さっぱりまとまらない。存在の候補がありすぎる。わかったところで俺に的確な処理ができるとは思えないのだが。
しかし自分でなんとかしないと、いつも通りのお約束的展開が待っているだけだろう。
「とりあえずは、物理攻撃だ」
目についたのは自販機横に備え付けられている空き缶入れだった。
「おりゃああああああ!!」
俺はその缶入れを迫ってくる化け物目がけて蹴り上げる。
うまい具合に直撃コースだ、だが。
「ちっ、ダメか」
化け物はぶつかる缶入れ等ものともしない。
あの屈強そうな体にはやはり効果なしのようだ。
「次、あれはどうだ!?」
道端に見つけた水道に駆け寄った俺は、蛇口をひねる。勢いの良いアーチを描いた水流が化け物に向かっていった。
「……まあ、効かないか」
水は化け物を濡らすだけ。
違うんだ、なにかいろいろな理由付けがあって水が弱点である可能性があったんだ。
といくら心の内で言い訳しても化け物に水をかける姿は間抜けだ。
「だあぁ、次――」
ウォオオオオオオオオオオオオ!!!
「なに!?」
次の手段を講じようとした瞬間。悪魔的な化け物はその邪悪な大口を広げ飛びかかってきた。
脳からの指示を待っていては到底まに合わないその速度。
鋭利な牙が帽子をかする。間一髪、身を低くしたことで俺は避ける事に成功した。
コンクリートを砕く音が頭上に轟く。噛り付かれていたら上半身を丸々もっていかれていただろう。
「っ……痛ってぇ、ちくしょう」
なんとか避けたものの体勢を崩し俺は倒れこんでしまう。
砕けた瓦礫が周囲に飛び散り、壊れた水道管から水しぶきが上がっている。
おかげで全身びしょ濡れだ。凄く冷たい、なんて言っている場合ではない。
標的を仕留め損ねたことに気付いた化け物は、すぐさま瓦礫まみれの口をパックリと開く。近くで見ると牙は動物的な物ではなく、まるで刃物のような形状をしていることが分かる。今さらながらにこの存在は現実的なものではない。
「だからって、俺がビビるとでも思っているのか!見慣れてるんだよ!」
気合い一発、体勢を崩したまま蹴りを食らわすが、当然のように頑丈な肉体に効果はない。
「……くう」
万事休す。
出来る限りをつくしてやられるしかないこの現状。
噛り付かれて、下半身だけの血だらけオブジェになる選択肢しか残されていない。
こうなってくるとここから転がる展開は一つしかない。
「そこの君!もっと身を屈めていろ!」
……ほら来た。勇ましい少女の声を聞いて俺は素直に身を屈めた。
「私が相手だ!!」
疾風のように駆けてきたのは長い髪の少女だった。学生服をきているがうちのものとは違う。この学校の生徒ではないようだ。そしてその手には抜き身の刀が握られている。
少女に気付いた化け物が今までない咆哮を上げた。その威圧感は先ほどまでの比ではない。
この手の輩に襲われる経験は豊富な俺だが、その雄叫びには体の芯から震えあがってしまう。
しかし少女は怯むことなく距離を詰める。そして化け物に向かって一気に刀を突き立てる。
だが鋼のような悪魔の体に刀は刺さらない。やばい、反撃をくらうぞ!?
「巻き上げろ!!」
勇ましい、俺から言わせれば若干恥ずかしい言葉を少女が叫ぶと突如地面から強風が吹き上がった。
爆風の中心にいた化け物は抗うこともできず空中へ投げ出される。俺は帽子を押さえ、砕けた水道にしがみ付くことでなんとか耐える。
刀を構え少女は跳んだ。
およそ人の限界を超えたその跳躍によって化け物を眼前に捉えた少女は、刀を高速で振るう。
化け物を覆っていたガス状の物が形を崩す。
オオ、オォォオオオオオオオ。
悪魔があせり始めたように見える。あのガス状のものがバリアー的な役割をしていたのだろうか。
化け物が鋭い牙を向け少女に噛みつこうとするが。
「覆滅の時だ」
それよりも遥かに速い第二閃、横薙ぎの一撃によって化け物は完全に一刀両断。
「……めちゃくちゃだな」
蒸発するように霧散していく化け物の名残を見上げながら俺は立ち上がる。
刀を使う美少女、これで何度目だ。
「君、怪我はないか」
空中から降り立った少女が駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。助けてくれて感謝する」
俺の言葉に少女はゆっくり首を振る。
「いいや礼には及ばない。私はアレを屠る事を責務としているのだ。むしろ助けが遅れてすまない。私が近くにいながら君にいらぬ危険を与えてしまった」
「そんな事はない、あなたは命の恩人だ。感謝してもしきれない。本当にありがとう」
「……そうか。そう言ってくれるなら素直に感謝の念を受け取ろう。どういたしましてだ」
二コリと笑う少女。さっきまでの勇ましさなど微塵を感じさせない年相応の表情だ。
「ところで、なぜ顔を隠す?」
帽子で顔を覆う俺に少女が当たり前の疑問を投げかけてきた。
あなたと関わりたくないからです。とはさすが言いにくい。
「気にするな、俺はあがり症だ。初対面の人間とは面と向かって喋れないんだ」
「そうなのか?そのわりにはハキハキと話すように思うが」
「帽子のおかげだ。これをとって素顔をさらすとまともにコミュニケーションをとれない」
「ほう。しかし、こんな野球帽一つでは対して変わらないのではないか?もう少しぐらい顔を見せてくれても」
と言って手を伸ばす少女。
やばい、顔を見られたらこの先関わり合いを持つ可能性があがってしまう。
「下手に触るな気をつけろ!鼻血をだしてぶっ倒れるぞ!」
「そ、そうか。ならそのままでいてくれ」
俺の剣幕に少々驚き気味の少女は大人しく手を引っ込めてくれた。
ふう、危なかった。
「……それにしてもあの妖獣少しおかしかったな」
空を見上げながら少女がポツリと呟いた。
「なんか言ったか?」
「いやなんでもない。それより何も聞かないのだな」
「なにがだ?」
「先ほどの不可思議な化け物のことだ。普通だったら気になるものだろう、あのような面妖な存在は常識では考えられない。君のようにいきなり襲われた者は血相を変えて正体を問いただしてくるものだ。恐怖心や好奇心、理由は様々であるが」
「そう……だな、そうかもしれない」
慣れ過ぎてそんな当たり前の反応をすることも忘れていた。
「おかしな反応をするのだな君は。聞かれてもあまり詳しい事は説明出来ないのだがね。私から言う事があるとすれば、普通に生活するものがあのような化け物に出会うことはまずない。一生に一度あるかないかだろう。だから一度経験した君は安心して今まで通りに生活してくれ」
「わかった」
「ははっ、すがすがしい程に物分かりがいいな君は。では私はもう戻る、君もここの生徒だろう?もういい時間だ自分の教室に行くといい。遅刻してしまうぞ」
そう言って少女は歩き去る。
「あっさり退いたな……」
あんならしい出来事の末に出会ったというのに。
命の恩人をそうそう邪険に出来ないからここで関わりが終わるなら願ったり叶ったりではあるが。
……。
「……君も?」
もう姿が見えない少女の残した言葉。
それにただただ言い入れぬ不安が募る俺である。
どんなふうに輝く星の下に生まれたらこんな人生を歩む事になるのか。
俺、日妻弥の日常はだいたいこんな具合であった。魔法やら特殊能力やら、異世界に未来世界、ロボや妖怪、言い並べれば切りがない程のファンタジックな事象の数々。こともあろうかそれらは俺をその中心へとおうとしてくのだから達が悪い。
羨ましいと言う奴もいるだろう。実際その数多のエピソードを話すと目を輝かせて羨ましがる者もいる。確かに俺だってこうなる前は、漫画だって読んだし、ゲームもすれば映画も観る。自分をその話の主人公に置き換えて妄相することもあった。
だから分かりやすくなるように例えてみよう。
好きな食べ物があったとする。それも毎日食べてもあきない程にだ。実際毎日食べてますって物でもいい。
さてその三食食べても飽きない大好きな食べ物をだ、道路を歩いている時、あるいは風呂に入っている時、寝ている時に口の中に放り込まれて、無理やり噛まされて、飲み込まされる。
もう腹はいっぱい、こちらの許容範囲はとっくに超えているというのにお構いなしだ。
それでさて美味しいかと聞かれたら……どう答えるだろうか?