「その序章、歩けばプロローグに当たる」
早朝。
俺は現在、高校に向かう途中である。
「ふぁああああ! あぶない、あぶないですよぉおお! そこのお兄さんどいてぇ!!」
唐突に聞こえてくる警告。それが空から響いてくるものだとわかって俺は頭上を見る。
「あっ、あっ、あぶないですぅううう!」
さっそく来たか。
そこには少女の姿があった。目算で空中頭上5メートル程にまで迫っている。もっか落下中であり、着地の座標はピンポイントで、俺が現在いる場所と一致している。
反射神経に自信がある俺は体をヒョイと捻る。
「きゃあああああああああ」
俺が避けたことによって少女は地面に直接叩きつけられたようだ。どこから落ちてきたのか知らないが落下のさい響かせた轟音からして人が生きていられる衝撃ではないように思う。
「いたたたたぁ」
だが少女は腰のあたりを摩る程度ですましていた。
俺は被っていた真っ黒い野球帽子で顔を隠す。
あえてここで落下してきた者の容姿の説明をするならは整った顔立ちをした美少女だった。着ているものから察するに魔法少女的な類。
「ううう、魔法力がなくなっちゃうなんて、なんでいきなり。あれれ?ステッキは?ステッキ?ステッキがないよ!」
一人言であろうか、少女がそんなことを口走る。ああ、やはり魔法少女的なもののようだ。
物語の冒頭といえば?と聞かれたらどのような事柄が思い浮かぶであろうか。ジャンルによって様々なバリエーションがあるとは思うがまず一番ポピュラーなところは、ヒロインとの出会いであると言えるだろう。
そんな訳で魔法少女の意識がこちらに向く前にその場を後にした。出会いなければ事もない。
尚も登校中である俺は学校近くの桜並木に差し掛かる。
「ん……?」
道路を挟んだ向かい側にもあるたくさんの桜の木。
その中でひと際大きい木の根元がぼんやりと光っていることに気がついた。
「またか」
俺はため息交じりに帽子を深く被りなおした。
そうしているうちに光は次第に強く大きくなっていき、輝く黄金の扉へと姿を変えていった。
『まさかあなた様にはこの扉が見えるのですか?』
俺が歩みを止めず黄金の扉を盗み見ていると、頭の中に神秘的な女性の声がこだました。
『なんという奇跡でしょう私の力が弱まり、いつ消えてしまってもおかしくないこの異世界への扉を感知できる人間が現れるなんて、扉が見えるということは私の声も聞こえていますね?聞いてくださいこの扉はある世界へと繋がっています――』
俺はそのまま立ち止まらず自然に視線を前方に戻す。
「……今の珍しい鳥だったな」
わざとらしく俺はそう口にする。そんなヘンテコな扉は見えていませんよ、今見ていたのは桜の木にとまっていた鳥ですよというアピールだ。
先ほどの続きになるが、物語の冒頭で思い浮かぶものでヒロインとの出会い以外だと、異なる世界への迷い込みがあるだろう。住む世界が変わってしまえば、嫌がおうにも物語ははじまる。つまり異世界への誘いもポピュラーなプロローグなのだ。
『え、あのお待ちくだ――』
聞こえない、聞こえない。帽子の鍔をつまみながら俺はその場を通り過ぎていく。
「……いやー、あれは特別天然記念物の雷鳥だったな、朝から良いものを見た」
もちろん呟いていることは適当である。
神秘的な声は遠ざかると共に聞こえなくなっていった。まったく陳腐な展開だらけだ。
正門の前まで来た俺は異変に気付き周り見渡す。人っ子一人、誰もいない。
自宅から学校への道筋は徒歩15分程の距離である。だが時間のロスが度々発生するので俺は一時間前には家を出ることにしていた。しかし今日は時間を取られることが比較的なかったので早くついてしまったようだ。嫌な予感がふつふつと込み上げてくる。
「まずいな、こんなシチュエーションを見逃す訳が……」
ウオォオオオオオオオ。
それは魔界の底から響いてくるような呻き。
……案の定だ。
目の前に現れたのは黒いガスのような物を纏った不気味な存在。
頭はどす黒いヤギのようで、体は人型だが漆黒の体毛に覆われ背中からコウモリのような羽が生えている。
それは悪魔の典型的な容姿そのままである。
俺は呆れるしかない。
「グアガァアアアアアア!!」
口から鋭利な牙をむき出しにして、その化け物は叫び声を荒げる。
このまま威嚇されるだけで済まないのは明らかだ。
「久々にきたか」
登校の最中に出くわした先の二つとはレベルが違う話の運び。
俺をファンタジーエピソードに引きずり込もうとする、強烈な展開の幕が開く。