戦果確認 1
クリスマスの朝。
「美味いな、これ」
ミサイル爆発の熱でローストされたトナカイの脚をかじりながら、悟庸は雪の中を歩いていた。
葉をすっかり落とした黒っぽい木が生える森の中へと、どんどん入っていく。新雪の輝く上に、焼けた橇の破片や、トナカイの肉片が散らばっていた。
悟庸がここにいるのは、戦果確認のためだった。
戦果。弾道体、発射1。撃墜1。
ミサイルがサンタさんに命中たのは、運が良かったからだ。
悟庸がゆうべ発射したミサイルは、エチルアルコールを燃料とするちゃちな推進エンジンしか積んでいない代物だった。
液体水素や液体酸素はもちろん、不活性化赤煙硝酸やジメチルヒドラジンといった燃料すら、経済的に手が届かなかった。
炸薬も信管も貧弱だった。
だが、それでも、悟庸はサンタさんを撃ち落としたのだ。
それも、対応可能の極めて限られた低層迎撃でだ。目覚ましい戦果だった。
命中高度から考えて、キャンパス内の敷地である森、三キロ四方にわたって、四散したことだろう。
サンタさんのアプローチ角度は北から。予想通りだ。
サンタさんがノルウェーから来るという情報は公開されていた。
サンタさん……。彼……彼女……その存在は、弾道飛翔体研究部製の地対空ミサイルで叩き落とされた。
サンタさんも粉みじんになったのか、あるいはパラシュートのような備えで生き延びたのか、これから調べるつもりだ。
「クリスマスを止めることなんて、できないと思ったか、流陽?」
悟庸は小さく笑って、シャンペンをラッパ飲みする。
自分は最高だ。
宇宙という、人類の夢を目指してきた。
その自分が、ヤケを起こして、クリスマスという人類の夢を永遠に破壊したのだ。
ここまで墜ちちまったわけだ。
自分の行動を恥じるべきなのだろうか。
……恥じるべきなのだろう。
だが、心は最高に清々しかった。やりたかったことを達成した、あの気分を味わっている。手製エンジンで、初めて第一宇宙速度の出力を出せた気分だ。
流陽と別れるためにはクリスマスを止めるしかなかった。
サンタさんがいなくなれば、うちの国のクリスマスはおしまいだ。宗教がないのだから、お祭りのメインキャラクターであるサンタさんが消えれば、クリスマスなんてないも同然だろう。
自分が自分の力でクリスマスを終わらせたのだ。
ちっぽけな負け犬が、社会を揺るがした。そう言えるだろう。
クリスマスはお流れ。そして、流陽が自分を愛するというシナリオも、永遠に延期だ。
「ん?」
雪の中に携帯電話が落ちている。サンタさんの遺留品なのだろうか?
いや、この携帯には見覚えがあった。
この携帯……流陽のだ。
悟庸は、この冬、初めての寒さを感じる。心臓を氷の手で握られたかのような気がした。呼吸が速くなる。
なぜ?
なぜ、ここに流陽の携帯が?
携帯があるということは、彼女はこの森にいたのか?
それはつまり……。
……ミサイルに撃たれ、墜落したサンタさんの橇に流陽は激突されたのか?
「バカな……ありえない」
しんとした森の中、自分の荒い呼吸の音だけが耳いっぱいに反響していた。
そんなの、万に一つの可能性のはずだ。
クリスマス・イブの晩の夜中、何故そんな時間帯に森に人がいるというのだろう。しかも、それが、あろうことか、流陽だったというのか?
信じがたい。
だが、現実、目の前に流陽の携帯はそこにある。
「流陽……」
気がついたら、恐ろしい寒さに身震いしていた。雪に体が沈み込んでいく気がした。
これは、どういう罰なのだ?
そんな、どこかの国の神話レベルの因果応報が起こりえるだなんて。
報いだというのだろうか? 分別のない行いをしたことに対する。負け犬は負け犬らしく、頭を低くしているべきだったのか。
それに背いたばかりに、こんなことが起こってしまった。
自分は、流陽の機会が失われることを恐れた。それだけなのだ。
そのための手段として、別れようとした。そのために、クリスマスを止めようとした。そのために、ちっぽけなプライドの結晶である自慢のミサイルを打ち上げた。
結果、流陽そのものが失われたのだ。