表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

聖夜射程

 華やかなお祝いムードが、風に乗せられて耳に届く。

 鈴の音、聖歌隊の歌声、クラッカーのはじける音。

 笑い声、笑い声、笑い声。


「クリスマスねえ……」


 悟庸はざらついた声でひとりごちる。


「気に入らねえな」


 雪が降りしきる。酷い寒さだ。

 だが、寒さにはもう慣れた。痛みも感じない。それを通り越して、無感覚な部位が広まっていく。


 ……こんな祭りなくてもいいじゃないか。そう思う。

 うちの国に、どのみち宗教色ある行事なんて似合わない。安っぽい土壌に、安っぽいメッキを施すようなものだ。


 所詮は、無意味な馬鹿騒ぎでしかない。あるいは、だからこそ、みんな狂ったように浮かれ騒いでいるのだろうか。

 そうでもしないと、正気を保てないとでもいうように。他の暗くて冷たいものから眼を背けるために、熱狂しているのだろうか。

 自分たち負け犬は、楽しむにしても、自分の心を騙して楽しむしかないわけか。


 悟庸の中で怒りの火花が散って、発火した。怒りは膨らんでいく。

 今まで、虚無が膨らむことはあっても、怒りはなかった。何を原料にしているのか分からないが、どんどん広がっていく。


 いや、元からあったのだが、水面下で見えなかったに過ぎないのだろう。


『クリスマスを止めることね――』


 流陽の言葉がリコールされる。


 クリスマスを止める……。


 悟庸は湿ったタバコを吐き捨てた。

 怒りが広がる。激怒しているといってよかった。

 だが、渦巻いているのは、激情にかられての、熱い怒りとは別物の怒りだ。理性に基づく怒りとしか言えないものだ。

 頭の中で計算が進んでいるのに気づく。

 問題を抽出して、どうやって解決するのか、脳が勝手にシミュレーションを描き、止めることもできない。頭は猛スピードで回転していた。流陽との出会いがインスピレーションを呼び起こしたに違いない。


 最も、これは想像ではなく、破壊のアイディアであった。

 こういったものを、進んで頭の中に描ける人間は多くない。だが、悟庸は望めばそういったものを生み出す才を持っていた。

 悟庸には経験のない構造だったが、そうとは思えないほど、そのアイディアはなじみ深かった。




 クリスマス。


 自分たち持たざるモノにとって、自らの惨めさを際だたせる祭り。

 負担でしかない。


 負け組に、祭りなど分相応だ。光も音楽も希望も似合わない。

 自分に合うものがあるとすれば――闇と炎と流血。こんなものだろう。


 クリスマスを止める。

 クリスマスを止めるのだ。こんなものは止めてやる。


 ただ一つ、残念なことがあるとすれば、流陽の笑顔の種が一つ滅してしまうことだ。彼女はあれほどクリスマスを楽しみにしていた。

 だが、流陽の笑顔すら自分にはもったいないのものだった。

 何も持たない自分は、彼女の笑みさえも受け入れる資格はない。


 彼女との幸せな日々のシナリオ?

 つまらない幻想だった。バカな負け犬が舞い上がっただけ。

 弾道弾の打ち上げは、現実的に行われなければならない。


 頭にイメージが湧き起こる。

 あらゆる物に、光と影がある。悟庸は影に立ち、自分が誇るものの影を直視していた。


 ロケット技術も、その始祖はナチスドイツのV号ロケット。イギリスに千発以上も降り注いで、無差別殺戮を行った。そして、その末裔は核弾頭を装備して、世界中に配備されている。冷戦が終わった今なお、最終戦争に備えて、手ぐすねをひいている。





 悟庸は空を見上げている。

 世界がどうであれ、自分の上には自分の空があった。

 俺の空だ。

 悟庸は確信した。





 廃資材倉庫の前に飾られた、クリスマスツリーに手を伸ばす。

 その表面から、モミの葉を模したカモフラージュネットを取り除いた。

 偽装の下から、打ち上げ用コンテナが姿を現した。

 ボタン一つで、点滅していた赤色灯が、明度の強いハロゲンライトに取って替わられた。

 余所から、ちびちび拝借していた電力を一気に流し込む。

 次々と機器を立ち上げていく。

 弾道飛翔体研究部のフル稼働だ。その影の力、真の虚無性を引き出す。

 今回行われるのは、ロケット打ち上げではない。ミサイル打ち上げだ。

 すでに、弾頭先端部のシーカー冷却は済んでいる。

 液体燃料を注入する。炸薬も装填する。

 危険な作業だが、恐れも緊張も感じなかった。あっという間に終わる。




 自分のちっぽけな誇り……。

 クリスマスツリーの下に、自慢の弾道飛翔体を隠していた。いつでも、打ち上げてクリスマスを妨害できるように。

 でっかい音と花火で、浮かれ騒いでいる奴ら、自分より幸せそうな奴らの肝を冷やしてやることを夢想していた。

 実行するつもりのなかった、卑しい嫌がらせ。

 そのはずだった。

 それが、今から飛行目標の迎撃に用いられようとしている。




 悟庸は携帯電話を取り出し、データをミサイルの誘導装置に入力する。

 自作のアプリを用いてミサイル先端のガンカメラと携帯を同期する。同様にミサイルの姿勢制御エンジンのコントロール・プログラムも同期。

 表示されるステータスを走り読んだ。

 All system check.

 Guiding system all green.

 Initiating LASER designation.

 SAM tracking system standing by.

 Missle good to go.


 悟庸のクリスマスツリーの頂点、ミサイル・コンテナのキャップが火薬で吹き飛ばされた。

 ミサイルが露出して、天を睨む。





 俺の空を許可もなく横切ることは許さない。

 そのことを祭りの主役に、分からせてやろう。

 あとは、俺の射程に入るのを待つだけ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ