表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

耐寒待機 1

 天気予報によると降雪確率は45%。

 時折、ちらちらと雪が舞うものの、白化粧にはほど遠かった。アスファルトに、シミを作ったり、ぬかるみを生んだりする程度だ。

 だが、寒さは本格的だった。


 大学都市の、特にうらぶれた一角、廃資材倉庫がある。

 そこを住処にしている、高橋悟庸タカハシ ゴヨウという男がいた。


 廃資材倉庫の隅にある彼の寝床は、極度に貧しい人間の住処特有のモノクロ色。二畳半風呂なし、トイレなしの寝床には、万年床の布団とその周りを彩るカップ麺や、吸い殻のつまった空き缶を除けば、家具らしい家具もなかった。


 その中で、悟庸は、ただ座って壁を睨んでいた。

 油のこびりついた、継ぎの当てた作業服をまとっている。それが格好いいと思って着用しているのではなく、それしか服がないのだ。

 悟庸は、何をするでもなく、無為に座っていた。

 待っているのだ。

 日が射すのを待っている。より暖かい時代がやって来ることを。

 今は寒すぎた。冬眠でもするように、動かずにいるのが得策だ。不必要に動いては、エネルギーを浪費し、餓死してしまう。

 エネルギー利用のコツは、浪費を避け、好機が来たときに一点に集中することである。

 これは、人生でも、ロケット打ち上げでも同じだった。


 今は寒い時代なのである。就職氷河期の上、数多くの業種が絶滅へと一途に転落していっている。


 悟庸も本職の方は客がなく、食い扶持を稼ぐために日雇いの仕事を行っている。だが、ワーキング・プアという属性が標準設定されている身の上、暮らしは楽ではなかった。収入は、ゼロを境に、ちょっと上がっては下がるを繰り返していた。

 いわゆる人生の難易度が、高く設定されているのだ。


 隙間風が高い音を立てて、吹き込んでくる。壁のカレンダーが大きく揺れる。そして、壁とカレンダーは、ちぎれて飛んで行ってしまった。いまや吹き込んでくるのは、隙間風ではなく、普通の風だった。

 悟庸が、トタンの板をスポット溶接して作った寝床だ。強度は大したことなかった。

 雪混じりの風が部屋に吹き込む中、悟庸は不動態化して固まったように動かないまま、目だけ動かす。かつてカレンダーがかかっていた空間を見つめた。


 今日は……12月24日。

 クリスマス・イヴだ。

 痛いほど冷たい風が、遠くの大学都市センター街の方から楽しげな喧噪を運んでくる。街では、形あるものの何もかもがイルミネーションで飾り付けられている。

 くそ寒いにも関わらず、空気は陽気に浮かれていた。


「クリスマスねえ」


 悟庸は無機質な声で独言した。

 世間がどれほど浮かれ騒ごうと、世の中には、クリスマスなど苦痛でしかない人種がいる。

 悟庸は、禍々しささえある雰囲気を立ち上らせながら、壁の大穴を睨んでいた。


「気に入らねえな」


 悟庸は低く呟いた。

 その口調からは、他者となれ合うためにクリスマスを祝うことに対する、絶対的な拒否の意志が感じられる。


 とか何とか言いながら、悟庸の廃資材倉庫の庇のすぐ外には、ちゃんとしたクリスマスツリーが飾ってあった。

 イルミネーションの赤色灯が、八秒周期でゆっくりと点いては消える、を繰り返している。まるで警告のサインだ。

 クリスマスツリーより、発電所や軍事施設に似合いそうな、華やかさも欠片もない代物だった。

 だが、悟庸は気にしなかった。

 貧相なクリスマスツリーこそが、貧乏人の廃資材倉庫には相応というものだ。そう思っていた。

 とにかく、クリスマスツリーは飾っているものの、クリスマスは気に入らない。悟庸はそう表明していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ