耐寒待機 1
天気予報によると降雪確率は45%。
時折、ちらちらと雪が舞うものの、白化粧にはほど遠かった。アスファルトに、シミを作ったり、ぬかるみを生んだりする程度だ。
だが、寒さは本格的だった。
大学都市の、特にうらぶれた一角、廃資材倉庫がある。
そこを住処にしている、高橋悟庸という男がいた。
廃資材倉庫の隅にある彼の寝床は、極度に貧しい人間の住処特有のモノクロ色。二畳半風呂なし、トイレなしの寝床には、万年床の布団とその周りを彩るカップ麺や、吸い殻のつまった空き缶を除けば、家具らしい家具もなかった。
その中で、悟庸は、ただ座って壁を睨んでいた。
油のこびりついた、継ぎの当てた作業服をまとっている。それが格好いいと思って着用しているのではなく、それしか服がないのだ。
悟庸は、何をするでもなく、無為に座っていた。
待っているのだ。
日が射すのを待っている。より暖かい時代がやって来ることを。
今は寒すぎた。冬眠でもするように、動かずにいるのが得策だ。不必要に動いては、エネルギーを浪費し、餓死してしまう。
エネルギー利用のコツは、浪費を避け、好機が来たときに一点に集中することである。
これは、人生でも、ロケット打ち上げでも同じだった。
今は寒い時代なのである。就職氷河期の上、数多くの業種が絶滅へと一途に転落していっている。
悟庸も本職の方は客がなく、食い扶持を稼ぐために日雇いの仕事を行っている。だが、ワーキング・プアという属性が標準設定されている身の上、暮らしは楽ではなかった。収入は、ゼロを境に、ちょっと上がっては下がるを繰り返していた。
いわゆる人生の難易度が、高く設定されているのだ。
隙間風が高い音を立てて、吹き込んでくる。壁のカレンダーが大きく揺れる。そして、壁とカレンダーは、ちぎれて飛んで行ってしまった。いまや吹き込んでくるのは、隙間風ではなく、普通の風だった。
悟庸が、トタンの板をスポット溶接して作った寝床だ。強度は大したことなかった。
雪混じりの風が部屋に吹き込む中、悟庸は不動態化して固まったように動かないまま、目だけ動かす。かつてカレンダーがかかっていた空間を見つめた。
今日は……12月24日。
クリスマス・イヴだ。
痛いほど冷たい風が、遠くの大学都市センター街の方から楽しげな喧噪を運んでくる。街では、形あるものの何もかもがイルミネーションで飾り付けられている。
くそ寒いにも関わらず、空気は陽気に浮かれていた。
「クリスマスねえ」
悟庸は無機質な声で独言した。
世間がどれほど浮かれ騒ごうと、世の中には、クリスマスなど苦痛でしかない人種がいる。
悟庸は、禍々しささえある雰囲気を立ち上らせながら、壁の大穴を睨んでいた。
「気に入らねえな」
悟庸は低く呟いた。
その口調からは、他者となれ合うためにクリスマスを祝うことに対する、絶対的な拒否の意志が感じられる。
とか何とか言いながら、悟庸の廃資材倉庫の庇のすぐ外には、ちゃんとしたクリスマスツリーが飾ってあった。
イルミネーションの赤色灯が、八秒周期でゆっくりと点いては消える、を繰り返している。まるで警告のサインだ。
クリスマスツリーより、発電所や軍事施設に似合いそうな、華やかさも欠片もない代物だった。
だが、悟庸は気にしなかった。
貧相なクリスマスツリーこそが、貧乏人の廃資材倉庫には相応というものだ。そう思っていた。
とにかく、クリスマスツリーは飾っているものの、クリスマスは気に入らない。悟庸はそう表明していた。