第82☆
巨大なメインクがニヤリと笑いながら、左手を挙げる。
まるで……
「まるで、招き猫みたい……」
とレイカ。
「左手を上げてるってことは、あいつ、メスッショ!」
とヤクシ。
「えー……あのデブ猫がメス? なんか、イヤだ」
と、マキ。
「マジメにやるニャーーーー!」
「うお!?」
メインクが巨大な手を振り下ろす。
僕やマキたちは、後ろにジャンプしてその攻撃を避ける。
「げっ!」
全力で逃げた僕は、一〇数メートルは後ろにジャンプしたのだが、僕たちが元いた場所の地面はえぐれていた。
深くて、底が見えないくらい。
マジか。
「スラッシュ!」
声のした方を見ると、マキが、大きくなったメインク顔のすぐ横にいて、クナイを振るっていた。
街を切り、先程、メインクを両断したマキのスラッシュが、巨大化したメインクの顔面に当たる。
「……何かしたかニャ?」
メインクは、まるで何事も無かったかのようにマキの方を見る。
「悲しい飴状の雨」
「……」
マキと同じように、マキとは反対側に飛んでいたヤクシがさっきよりも大量の、巨大になったメインクの体がびしょぬれになるほどの量の液体をメインクにかけ、その液体をヤクシの横にいたレイカが凍らせる。
「にゃん!」
が、氷ついたメインクが鳴いたかと思うと、一瞬のうちに、メインクの周りの氷が蒸発した。
「次はこっちの番ニャー……『貸し付ける猫の手』」
「きゃっ!」
「うわ!」
「っ……!」
メインクが、何か技の名前のような物を言うと同時に、マキ達の体が、バレーボールのスパイクのように地面にたたき付けられた。
「借りは返すニャ……受け取りの拒否は出来ないニャン」
マキ達は、地面に這い蹲ったままだ。
よく見ると、マキ達の体の上に、うっすらと巨大な猫の手が見える。
それが、マキ達の体をはたき落とし、地面に押さえつけているのだろう。
「うにゃあ? 攻撃の範囲を、星空12にしたはずだけどニャ?」
メインクが、僕を見ながら、首をかしげてる。
……うん。僕はメインクの巨大な猫の手の攻撃を受けてない。
「……何してるにゃ?」
「……え?」
とりあえず、このまま一人立っていると、危ないと思ったので、僕もやられているフリをしようと、地面にうつ伏せたのだが、あっさりとメインクにバレた。
どうしよう。
そんな事を思いながら、僕はとりあえず立ち上がった。
「にゃあ……お前、もしかして、星空12じゃないのかニャ?」
メインクが、しげしげと僕を見ながら話しかけてくる。
「え、まぁ、ギルドには所属してないけど」
「じゃあ、無関係ってことだよニャア、それは済まない事をしたニャア」
メインクが、その巨大な頭を僕に下げた。
あれ、思ったよりも、悪い奴じゃないのか?
そんな事を思っていると、少し離れたところから、声が聞こえた。
「違う! そいつも星空12の関係者だ! 昨日、僕たちの採取を邪魔していた!」
声が聞こえた方を見ると、……えーっと何とか騎士団の団長さんが、立ち上がって、メインクに叫んでいる。
どうやら、ヤクシのマスターから解放されたようだ。
「おお、…………パラボナアンテナ騎士団、の団長さん。無事だったかニャ。よかったニャ」
「なんだその名前! もう原型さえないぞ! 我々の名前はテンプル騎士団だ! そんな事よりも! そいつも敵だ! さっさと始末しろ!」
コイツ! よけいな事を……
どうやってこの状況を切り抜けるか考えていると、
「ニャー……イヤだニャ」
と、メインクが顔を横に振った。
「なっ!」
団長さんが、驚きの声を上げる。
「コイツが星空12じゃないニャラ、逮捕する理由が無いニャー。団長さんに、この男が、危害を加えた訳でも無いニャ?」
メインクの問いかけに、団長さんは声を詰まらせた。
まぁ、僕はルーズ曰く、何もされてないし、何もしていないらしいからなぁ、この、なんたら騎士団の人に。
心情的には、かなり被害者気分なのだが。
「……い、いい加減にしろ! 屁理屈はいいから、さっさとこの男を殺して、逮捕しろ! この豚猫!」
返事に困った団長さんが、自棄的に叫ぶ。
聞いていて、非常に見苦しい感じで、かなりどん引きなのだが、その団長さんの叫びを聞いて、メインクが、
「……あ?」
凄む。
とたんに、空気が、まるで重金属になったかのような重たさと冷たさになる。
僕は、気づけば背中から汗が吹き出ていた。
「……お前、何か勘違いしてニャイか?」
メインクが、巨大な手で、ひょいと団長さんをつまみ上げる。
「ニャーの下僕の分際で、何命令してるニャ? 下僕なら下僕らしく、言葉や態度に気をつけるべきではないかニャ?」
「だ、誰が下僕だ! 散々ニボシを喰いまくったくせに、偉そうに! お前が僕の下僕だろうが! 餌付けされた豚猫め、ご主人様の……」
「ニャ!」
と言いながら、メインクが団長さんを地面に叩きつける。
メインクが叩きつけた衝撃で、地面が揺れる。
かなり激しい揺れだ。
大量の砂煙が舞い、視界が曇る。
ある程度、舞い上がった砂煙が薄れたころ、そこに団長さんの姿は無かった。
バラバラに砕かれたのだろう。
グロいな。
「まったく……これだから、下等な生き物は困るニャ。自分たちが、どんな立場か、しっかりと認識するべきニャ」
賄賂を貰いまくっていた奴が言う台詞じゃないと思うが、よけいな事はツッコまない。
「さてと……」
メインクは、僕たちを見る。
……このまま、立ち去ってくれないかなぁ。
僕やマキ達を、無罪放免にして。
団長さんに対して、メインクはあまり良い感情を持っていないみたいだし。
「あんなモノでも、下僕は下僕。きっちりカタはつけてやるかニャ」
メインクがゆっくりと左手を上げる。
あ、ダメっぽい。
どうする?
というか、僕はどうなるのだろう?
たたきつぶされるのか?
それとも、マキ達だけ?
とりあえず、自分の身がどうなるか、気になっていると、メインクが手を上げたまま、動きを止めた。
「ニャ? ……ニャニャ!? どうされましたかニャ?……ええ、…………ニャんニャ!?……いえ、……ニャー、わかりましたニャ」
何か大きな独り言を言ったメインクは、会話が終わると、そのまま頭を下にシュンと下げて、シュリュシュリュと小さくなっていった。
「……どうした?」
「ニャー……上司からの命令で、今回の件に関しては、見逃すように言われたニャ」
メインクは、ガクリと肩を落としながら、つぶやく。
「賄賂として煮干しを貰っていたこと怒られたニャー。今後一ヶ月、煮干し茶を飲むことを禁止されたニャー……忙しい仕事の合間の、ささやかな喜びだったのにニャー……」
トボトボと、メインクは肩を落としながら去っていった。
「……終わった?」
「みたいだね」
僕は振り向くと、そこには先ほどまでメインクに押さえつけられていた小学生三人組の姿があった。
「いやー強かったッシュン」
「攻撃が……まったく効かない。相手の攻撃も……見えない」
「さすがケーサツ、だね。強いわー。影の中にいた私まで押さえつけるとは思わなかったよー」
小学生3人組は、ペラペラと、先ほどのメインクについて感想やら情報の確認対策方法なんかを話し合っている。
タフだなー。
さすがトップクラスのプレイヤーたち。
正直、僕は限界だった。
本気になったメインクとの対峙は、恐怖でしか無かった。
ログアウトして、休みたい。
そう思い、僕はマキとその友達に挨拶して帰ることにする。
「じゃあ、マ……ミカ、僕はログアウトするから、またな。ヤクシくんと、レイカちゃん。今日はありがとう。これからも、手のかかる奴だと思うけど、ミカの事よろしくね」
挨拶をすませ、ログアウトするために手動でステータスを操作しようとしたら
「いや、何言っているの? これからが本番だよサク兄」
と、マキに手を取って止められた。
「へ? 本番って?」
「さ、後処理が終わったら、会場に行きましょうか、お客さんも待ってるだろうし」
マキが、流れるように、僕の体にロープをくくりつけていく。
「え? いや? なんだこれ?」
混乱している僕に、笑顔のマキが話しかけてくる。
「お姫様を助けるために、王子様が強敵と戦う。最高のクライマックスだよね。」
訳が分からないまま、僕はマキにどこかへ引きずられていった。




